第160話 参戦、最強の母!

「諦めてたまるかあぁぁっ!」


 今まさに、リーシアが憤怒の凶手に貫かれようとした時、ヒロの叫びに呼応するかのように、南の森の中から憤怒に向かって槍が投げ出された!


「クッ!」


「ひゃぁ〜!」


 憤怒が一瞬早く槍の投擲に気がつき、攻撃の手を止め後ろへと飛び退くと、闘気をまとった槍が素っ頓狂な声を上げるリーシアのすぐ脇の地面に深々と突き刺さった!

 

「なぜ槍がっ!」


【シークレットスキルのロック条件が解除されました。ユニークスキル『ブレイブ』を発動します】


 ヒロの頭の中で鳴り響く謎のシステム音と共に、ヒロは右腕に溜めチャージ始めていた。

 いつもの溜めとは異なる力……心から湧き上がる勇気が拳に宿る!


 憤怒が槍の回避に気を取られた隙に、ヒロがBダッシュで空中に飛び退いた憤怒にタイミングを合わせ、フック気味の突き上げるようなアッパーを繰り出していた。


 オークヒーローとの戦いでは、力に振り回されて制御するだけで手一杯だった力がスムーズに扱える。

 

「リーシアから離れろ!」


 拳に収束した金色の光が、憤怒の脇腹を捉えた!


 憤怒はとっさにリーシアに放とうとした凶々しいオーラを脇腹の防御へと回すが……凄まじい衝撃が体を貫き肋骨あばらを数本砕く!


「馬鹿な⁈」


 ヒロが渾身の力で拳を振り抜くと、憤怒は宙を舞い、地面に叩きつけられながら転がり距離を離される。

 

 ニ度、三度と地面を転がり、ようやく止まった憤怒が脇腹を押さえ、よろめきながら立ち上がると……倒れた少女の盾になるかの如く立ちはだかるヒロの顔を苦々しい顔で睨んでいた。


「我がオーラを貫いただと? それに我を邪魔するもの!」

  

 憤怒が視線を槍が飛来した方へ向けると。


「シーザー!」


「若!」


 南の森から、背中に女性のオークを背負った男のオークが、横たわるリーシア元へと草原を駆け抜ける。


 二人のオークがリーシアの傍に立ち少女の顔を覗くと、憤怒から目が話せないヒロの代わりに、リーシアが視界に映った二人を見て声を上げた。


「アリアさん! っと、ムラクさん?」


 自分の顔を覗く女性のオークを見て、リーシアの顔は再会に喜びながらもすぐに憂いた表情を浮かべてしまった。


「待ってくだされ! なんで拙者だけ疑問形なんです⁈ 拙者の名前まで忘れたんですか⁈」


 リーシアの顔のすぐ横に突き刺さった槍を抜き、ムラクは自分の存在感の薄さを嘆きながら、憤怒に向けて槍を構えた。


「いえ、アリアさんは雰囲気や着てるもので分かりますが、男のオークはみんな同じ格好で区別がつかないんです。他意はありませんよ」


「ほ、ほんとでしょうね! 今の素っ気ない表情は、拙者の存在感についてでは、ないのですね⁈」


「え〜と〜……はい……」


「今の間はなんですか? うわ〜ん」


 槍を片手で構えながらも空いた手でムラクは涙を拭う。


「リーシアさん、大丈夫ですか⁉︎」


 アリアがリーシア傍にひざをつき、その手をやさしく握る。


「はい。体が動かせないですが何とか……アリアさん、心配してくれてありがといございます。って、アレ? なんで私、二人の言葉が理解できるんですか?」


「そう言えば、ヒロさんと話すことはできましたが、リーシアさんとは話せないはずでしたが?」


 ナチュラルにオークと話すリーシア……だが、そんな理由を探す時間を憤怒は与えてはくれなかった。


「おまえは、ヤツとコイツの……フッフッフッフッ」


 憤怒がアリアの顔を見るなり、声を殺して笑い出す。


「何がおかしい?」


 憤怒に警戒するヒロが、地面に落ちたミスリルロングソードの位置を確認しながら質問する。


「フッハッハッハッハッハッ! これが笑わずにいられるか。愚かなる豚よ、自らの子供を助けるために、わざわざここまでやって来たのか?」


 リーシアはアリアの握る手に力が籠るのを感じていた。


「ええ、そうよ。その子を救うために、私たちはあなたを追って来たわ。それの何がおかしいの⁈」


 アリアの目に怒りの色が灯る。


「だからさ……だからこそ笑いが止まらないのだ。お前は我を倒せば、この依代を助けられると思っているのだろう?」


「見た所、もうお主は力を使い果たしている。疲弊したお主では、もはやヒロ殿と拙者の二人を相手に戦えるとは思えんが?」


「ムラクさん……」


「ヒロ殿、ここは二人で攻めるのが得策。こう見えても拙者、カイザー殿から手解きを受け多少なりとも闘気を扱えます。足手まといにはなりませんぞ!」


「ム、ムラクさん、そこまでがんばらなくても、存在感はありますから……リーシアとアリアさんを頼みます」


「ヒロ殿! 拙者、普通に話しているだけですから! なんで存在感の話になるんですか! 拙者って常に存在感を気にしてる者に思われてます⁈ 分かりましたよ! もう喋りませんよ! お二人を守りますよ! うわ〜ん!」


 ヒロの言葉に嘆くムラク……だが、若手NO.1と言うだけはあり、憤怒の行動に合わせてすぐに動ける構えを崩さず、二人を守る。


「クックックッ、愚かな豚よ……教えてやる。きさまらは勘違いしているのさ。我を倒したところで、この宿主は助からん。我の継承条件は宿主の死なのだからな……たとえ神であろうと、このシステムは覆らないのさ! 無駄な努力だったな! あはっはっはっはっはっはっ!」


「知っています。紋章を宿した者よりも強い者に倒されるか、倒された際に自分の直系の子孫に取り憑くのでしょう?」


「ほう? それを知ってわざわざここまで来たと言うのか? どうやっても助からんと知ってもなお?」


「ええ、私がここに来た理由は、シーザーの体に取り憑いたあなたをこの手で止めるためよ。これ以上シーザーの体で悲劇を生み出させない……」


「はっはっはっはっ! 我を止める? 非力なお前がか?」


「夫から聞いているわ。あの人が子供の頃、声に導かれ森の中心部であたなを見つけ……そこで見たことがない魔物の死体に宿る紋章に触れて、あなたを右腕に宿したと」


(見たことがない魔物の死体? 依代を変えて取り憑くはずの憤怒がなぜ死体に?)


「その話とあなたの話を聞いて確信したわ。あなたは直系の子孫がいない状況で、自分より弱い者に倒された場合、相手に取り憑けずに死体へ留まるしかなくなるのね」


「……」


 笑う憤怒の顔から愉悦が消えると、刺すような視線でアリアを睨む。


「子供のシーザーに子孫はいない。あなたは自分より強い者にしか取り憑けないのでしょう? あなたより遥かに弱い私に倒されたら、あなたは死体に留まることしか出来ないんじゃないかしら?」


(そうか、自分より弱い相手には乗り移れないのか……憤怒の継承条件には、自分より弱い相手に倒された場合なんて想定されていない? だとすると……)


「だからヒロさん、手を貸してください。その子は……シーザーは私が殺します」


「アリアさん! ダメです!」


 声を上げて反対するリーシア……彼女の手を握るアリアは微かに震えていた。


「リーシアさん。いいの……このままあの憤怒を野放しにすれば、もっと沢山の者が悲しみで涙する。そんな思いをするのは、もう私たちだけで十分……シーザーも分かってくれます」


「自らの手で子を殺すためにここまで来たか? 見上げた母親だな!」


 するとアリアはリーシアを握る手を離し立ち上がると、腰から小さなナイフを取り出して両手で構える。


「これ以上、誰にも涙は流させない。私たち親子の命であなたを止めます!」


 へっぴり腰で明らかに素人構えのアリア……だが突き刺すような殺気を込めた憤怒の視線を浴びも、彼女の手足は震えてすらいない……決意を決めた彼女の目に怯えや迷いはなく。シーザーをまっすぐに見据えていた。


「いいだろう。おまえの覚悟に免じて、そこの男と一緒に戦ってやる。掛かって来い」


「ムラク、リーシアさんを頼みます。ヒロさん……力を貸してください」


「奥方……分かりました。命にかけてリーシア殿をお守りいたす」


「ヒロ! 止めさせてください!」


「……」


 返答がないヒロ……すでに彼は、脳内でこの状況を打破する方法の思考を始めていた。


 集中しろ!

 なんだ? 追い詰められていた憤怒から焦りが消えている? 確実に追い詰められていたはずなのになぜ?


 集中しろ!

 いつから焦りが消えた? アリアさん達が現れてから? いや話している途中からか?


 集中しろ!

 そうだ。奴はアリアさんとシーザー君が母子と分かった時から、焦りが消えた……」


 集中しろ!

 奴は何かを隠している? 奴の言ったことを鵜呑みにするな。真実を隠し嘘を吐いている可能性を考慮しろ!


 集中しろ!

 仮説を立てて検証しろ! あらゆる可能性を考えろ! 無駄だと思っても否定するな! ナン十万回だろうが思考を止めるな! おまえに出来ることはそれだけなのだから!


 そして思考の果てで、彼は真実の答えに辿り着く!


「アリアさん僕がアイツを押さえ込みます。合図をしたら止めをお願いします」


「はい。よろしくお願いします」


「ヒロ!」


 リーシアが動かせない体で声を荒らげていた。


「リーシア、僕を信じろ! Bダッシュ!」


 その言葉と同時に、ヒロが憤怒の向かってとび出した。


「むう!」


 近距離からのダッシュに回避が間に合わないと判断した憤怒が腕を上げ攻撃をガードしようとするが……ヒロの右手が下から突き上げるアッパーのようにガードした腕に当たる。


 あまりの威力に憤怒の腕は上に流され、無防備な状態となる憤怒に、すかさず半歩前に足を踏み出したヒロが震脚を踏む!


 草原の柔らかな地面に足跡を残し、勁の力が体を駆け上がる。腕をくの字に曲げたヒロの肘が、無防備な憤怒の体に吸い込まれるように綺麗に入る。体当たりに近い一撃が、トラックに正面からぶつかったかの如く憤怒を後方へと跳ね飛ばす!


「なんでヒロが震脚を……覇王六王流の技がつかえるんですか⁈」


 ヒロの動きにリーシアが目を見開いていた。


「コントローラースキルの恩恵みたいです。合体が解けても、リーシアのスキルがいくつか僕のスキル欄に表示されていました」


「ええ? ほ、本当ですか? あっ! まさかアリアさん達の言葉が分かるのも?」


「僕の言語習得スキルがリーシアのスキル欄にあるのかもしれません。おかげで見様見真似ですが、覇神六王流の技も使えるみたいです」


 跳ね飛ばされた憤怒が、すぐに起き上がりヒロを睨んだ。


「まあ威力は低いみたいですが……ブレイブチェンジでステータスが書き変わってこれですから、世の中そう都合良くは行かないですね」


「ヒロ……私がそこまでのレベルになるのに何年掛かったと思います? 五年も掛かりましたから! ヒロと出会ってまだニヶ月ですよね?……ちょっとヘコみます。そして師父、ごめんなさい」


 師父に教えを受けていた時も、こんな気持ちだったのかと、心の中で改めてゼスにリーシアは謝る。


「おのれ! 人如きがまだ我に楯突くか! 許さん! 許さん! 許さん!」


 すると右腕にある憤怒の紋章に、禍々しい黒いオーラが集め出すと……。


「人を憎め! 我が怒りを受け入れよ! 滅べ! 滅べ! 滅び去れ!」


 その言葉と共に、腕を横に振った憤怒を中心に思念波

が周りに放たれた。


「これは狂化⁈ マズイ! アリアさん!」


 後ろを振り向く勇者の目に、狂化が始まったアリアの目が……理知的だった瞳を赤い狂気に満ちた色に染め上がってゆく。


「に、憎い、全てが……憎い! 死ね! 死ね! 愚かな人よ、滅び去れ!」


〈希望の前に、最狂の母が現れた!〉

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