第152話 人馬一体!

 憤怒は、ただひたすらに南の森を走っていた。


 小さきオークの幼体の意識を乗っ取り、憎き人の気配が集まる場所に向かってしゃ二無二にむにに走る。


 憤怒の中から止まる事なく湧き立つ憎しみの怒りが、彼を駆り立てる。



「人よ、許さまじ。我が母を蝕む愚かな人よ、母を苦しめる元凶よ、滅べ、滅べ、滅べ! お前たちは生きるだけで悪! 存在自体が邪! 人よ、一人残らず死滅せよ!」



 憤怒の叫びが、思念となって南の森に広がっていく。


 憎しみの思念が近くにいた魔物たちを狂わす。自らの意思を失くした瞳が赤く染まると、狂気に駆られた魔物たちが、憤怒の後に続き暴走を始めた。


 一匹、二匹と数を増やしながら走る憤怒……気がつけば数十の魔物を抱える集団暴走……スタンピードが発生していた。



「ヒロ、まずいぜ」


(コレは予想外です。オークヒーローの眷属強加スキルがない以上、オークを狂化できまいと油断しました。まさか周りの魔物を狂化して、スタンピードを起こすなんて……リーシア、プラン変更です。コチラから仕掛けるにしても、まずあのスタンピードを止めないと)


「だよな……ヒロ、あと何分だ?」



 ヒロはモニターに映るリーシアとの、残りコネクト時間をチラ見する。


 残り600秒弱……厳しい現実がヒロ達に叩きつけられる。だが……ヒロは諦めない。



(幸い、E級以上の魔物はいなそうです。後ろから順に片付けていくしかありません。バイクの操作は僕が、リーシアは攻撃をお願いします。残り10分……5分以内に雑魚を片付けますよ)

 

「いよっしゃ、いくぜ相棒!」



 リーシアの声に、バイクのエンジンが回転数を上げ咆哮を上げる。


 アクセルを回すと、それに合わせて加速する……だがリーシアの手はあろうことか、ハンドルから手が離れていた。背筋を伸ばし両腕を組んでバイクに跨るヤンキー……アクセルとハンドルから手を離し、フットペダルを操作すらしていないのに、バイクは走り続けた。



(これが人馬一体のスキル効果ですか? リーシアが馬に触れている限り、自分の体を動かすが如く意思の力で操作するスキル……便利この上ないですね)




【人馬一体】

 異世界のユニークスキル。

 文字通り、人と馬が心を交わすことで一体となるスキル。人と馬、双方の信頼度によりステータスにボーナスが発生。

 馬を騎乗者の手足のように扱えるようになり、馬の体を通して、騎乗者の持つスキルや技を発動可能。




 ヒロがコントローラーで操作すると、リーシアを介さず、バイクが一人でギアのシフトをチェンジし、ステアリングを切る。


 リーシアはバイクの動きに合わせて体重移動を行いバランスを保っていた。


 文字通り、人馬一体と化した聖女ヤンキーが最後尾を走る一団……イノーシの群れに追い着く。


 体の中を巡る気を循環させ、腕に闘気をまとわせた少女が拳を構える。

 先頭を走る最速のイノーシに、バイクで追いつき併走すると、リーシアが上半身の動きだけで拳をイノーシの背に向けて打ち放つ。


 狂気に駆られたイノーシは、突然の攻撃にバランスを崩し、そのまま足をもつれさせ転倒すると……そこへ後続の集団が突っ込み、盛大なクラッシュが起こった。



「やったぜ、ヒロ次だ!」


(お次は森林狼フォレストウルフですよ)



 再びアクセル全開で加速するバイク……十数頭の森林狼に後ろから近づいた時、狼たちがリーシアを囲むようバラけて走る。



(そいつらは連携に長けています。気をつけて!)



 ヒロが忠告するや否や、前を走っていた狼が急に飛び上がりリーシアに、その鋭い牙を突き立てようと牙を剥く。



「ウゼェ」



 リーシアは口を開けて迫る狼の顔に手を伸ばし、横に軽く跳ね除ける。

 力の流れに逆らわず攻撃を受け流す柔の拳が、攻撃を逸らすと……そのままバランスを崩された狼は、背中から地面に落と叩き落とされる。



「ギャン」



 狼が痛みに吠えながら遠ざかる。



「グオォォン」



 仲間をられた怒りから、周りを囲む狼たちが集団で少女にヤキを入れようと追いすがる。


 そして一際大きな体躯の狼が、バイクに近づき体当たりをぶちかまそうと並走する。



「ウオォォォォン」



 巨大な狼が吠えていた!……通常の狼が1メートル前後の大きさに対し、そいつは体長2メートルを超えていた。

 間違いなく群れのボスとおぼしき巨狼が、体当たりをかます。



「舐めんな」



 リーシアが左足で横蹴りを行うが、巨狼はビクともせず構わずバイクにぶつかってくる。



(リーシア、ハンドルに掴まって!)



 言うや否やヒロがバイクを横に倒し、走行ラインを変えて体当たりを回避する。



「チッ、やっぱ震脚が踏めねーと当たり負けする。けど、バイクの上じゃ……」



 小柄で軽いリーシアが、大型の魔物と戦える理由、それは震脚にあった。

 大地を踏みしめる際に発する力を、体の中で増幅し打ち出すことで、はじめて自分より大きな魔物と戦えるのである。


 バイクの上で戦う以上、大地を踏みしめることはできない……いまの彼女はパワーにおいて、見た目通りの力しか発揮できないのである。



(憤怒とり合う前に消耗したくありませんでしたが、しのごの言っている場合じゃありませんね。リーシア、気を練り込んで闘気を)


「やっぱ、それしかね~か。仕方ねえ」



 さらに厳しい戦いになるが、今はスタンピードの数を減らすため、消耗覚悟で気を練り出した時……暴れ馬バイクのエンジンが高らかな音を上げた。


 俺に任せろと言わんばかりにいななくと、前輪を何度も浮かせ地面に打ちつけながら走る。



「おまえ……そうか、おまえならやれるっていうのか?」



 人馬一体の感覚だけでなく、心もつながった少女に暴れ馬バイクの考えが伝わってくる。



「分かったぜ。ヒロバイクのコントロールをコッチにくれ」


(何か策が? コントロールを渡しますよ)



 コントロールがリーシアに戻り、バイクと再び感覚を共有すると、地面から伝わる大地の固さをタイヤ越しに感じる。



「いくぜ相棒!」



 何かを仕掛けてくる気配に、並走する巨狼が勘づき再び横から体当たりをかまそうと近づくと……アクセルを全開にしたバイクの前輪が跳ね起きる。


 時速100キロを超える速度を維持したまま、森の中でのウィリー……200キロを超える車体の前輪が地面に叩きつけられた時、地面を揺るがす衝撃が生まれた。


 タイヤから伝わる地面の感触……バイクが震脚を踏み、生まれた力が少女の体を駆け上がる。


 小柄で体重の軽い女性では不可能な力の波が、体の捻りにより力が増幅され、腕へと収束していく。


 聖女ヤンキーの拳は、再びバイクに体当たりしようと横から近づく巨狼の前足へ打ち出される。


 体の中で増幅された力が爆発し、巨狼の前足があらぬ方向へ折れ曲がり転倒する……そして後続を走る狼を道連れにリーシアの視界から消えていった。



「やったぜ! へへ、この調子で頼むぜ♪」



 ガソリンタンクを軽くなでる少女に、バイクが軽快なエンジン音で答える。



(どうやら力を温存して、スタンピードを止められそうですね。リーシアにお任せしますので、この調子でドンドン行きましょう)


「残りをやるぜ」



 リーシアがバイクを操り、狼たちを一匹ずつ片付けていくが……十数匹を倒したとこで、またもや憤怒の思念が森に発せられ、新たなる狂える魔物が暴走に加わる。



(クッ、時間が足りない。魔物を倒す事は問題ありませんが、数が多すぎる……このままでは憤怒に戦いを挑む前に、コントローラースキルがタイムリミットを迎えてしまいます)



 体のコントロールを明け渡したヒロは、モニター越しに戦況を分析し、劣勢を覆す策を思考していた時、それ現れた。



「クエェェェェェェ!」



 聞き覚えがある鳴き声……モニター画面の端に映る新たなる魔物を見た時、戦況はさらに悪化した。


 黒い体に赤いトサカ、頭から首に掛けては鮮やかな青色のダチョウに近い魔物……かつてヒロとリーシアが苦労の末、倒したランナーバードが目に狂気を宿して暴走していた!



「ゲッ! あれってまさか……ランナーバードか⁈」


(よりにもよって、Dランクのランナーバード⁈ 時速50キロを超える僕らに追いつくなんて……かつて僕らが仕留めた奴よりも、明らかに格上です。気をつけて)



 突然の珍入者の乱入に、ヒロが情報修正を加えプランを練り直すが、ランナーバードは待ってくれない。


 高らかに威嚇の声を上げると、並走しながらバイクとの間を詰めて来る。

 

 時間を稼ぐため、ステアリングをランナーバードの反対にきるリーシア……だがそこには生き残った狼たちが群れを成し、ライン変更を拒んでいた。


 震脚を踏み、狼たちの包囲を突破しようとバイクの前輪を上げた時、ランナーバードが体当たりを仕掛ける。


 バランスを崩して横によろめいたバイクが、反対にいた狼に、ぶつかるように接触した。


 狼ともども転倒を覚悟したヒロとリーシア……だが、不思議な事になぜかバイクは転倒せず、接触した狼が前回りに空中で2回転して転倒する。



「な、何だありゃ? いくら何でも、あの吹き飛び方はおかしいだろ?」



 本来ならバランスを崩したリーシアも転倒するはずだったが、なぜかリーシアは体勢を持ち直し、狼が不自然な転倒を起こしていた。



(なんだ? 明らかにおかしい……今の転倒は不自然過ぎます。一体なにが……)



 ランナーバードが、攻撃を避けられた事に腹を立て、再びバイクに体当たりすべく距離を詰めてくる。



(リーシア!)


「クッ!」



 リーシアがアクセルを吹かし前に出ようとすると、ランナーバードが突如飛び上がり、鋭い鉤爪で少女に飛び蹴りを繰り出す。


 とっさに体をバイクごと地面に寝かせ、リーシアがハンドルを逆に切る。車体を倒し、空を飛ぶランナーバードの下をくぐり抜け、鉤爪の攻撃をやり過ごす。


 速度を維持したまま車体をギリギリまで寝かせ、後輪を滑らせてバランスを取る。

 進入スライド……車で言うブレーキングドリフトで、攻撃をかい潜っていた。


 体勢を立て直すため車体を起こそうとした時、60キロを越すスピードで着地を決めたランナーバードが間髪入れず、体当たりしてくる。

 


「持ち直せ!」



 ほんの少し前に出ていたランナーバードの体当たりに、バイクがよろめき転倒寸前になるが、リーシアが絶妙な体重移動で危機を回避する。

 速度が落ち、憤怒と大きく離されてしまうが、最悪の事態だけは避けられた。



「ふ~、危っぶね~、もうちょっとで派手に転ぶとこだったぜ。しかしあれは厄介だな……どうするヒロ?」


(待ってください。今の動き……さっきと何が違う?)



 リーシアの問い掛けに、ヒロは頭のスイッチをオンにし深い思考の海へと潜り込む。


 集中しろ!

 狼と接触した時のことを思い出せ。あの時の不自然な転倒を……。


 集中しろ!

 ランナーバードと接触した時、特に僕とリーシアは何かしたわけじゃない……狼の時も……何が違う?


 集中しろ!

 サイズ? ぶつかるタイミング? ぶつかる場所? 思い出せ! 思い出せ! 思い出せ! 思い出せ!


 集中しろ!

 あの狼の不自然な転び方……そうだ、不自然過ぎたんだ。なんで横からぶつかったのに縦に前転してクラッシュするんだ。しかも縦に2回転も……物理法則的にありえないだろう。


 集中しろ!

 待てよ? あの転び方どこかで見た記憶が……どこだ? 僕はアレをどこで見た?


 集中しろ!

 あんな変な転び方、現実であったならばどこで見た? 思い出せ、思い出せ、思い出せ、記憶を掘り起こせ!


 集中しろ!

 あんなゲームみたいな転倒、現実で見たことがあるなら忘れるはずが……ん? ゲーム?



(……あ~!)


「うわ! な、なんだよ。急に大声を上げて?」


(思い出しました。さっきの狼の不自然な転倒……そうですよ! あれは元祖バイクゲー『エキサイティングバイク』の転倒グラフィックだ)


「エキサイティングバイク? グ、グラフィック?」


(なるほど、そういうことですか。リーシアの暴れ馬召喚がバイクなのも、その所為せいか? むしろこのバイクを見た時に気づかなかったなんて……ゲーマーとしてまだまだでした。恥かしい限りです)


「ヒロ、オメー何言ってんだ?」


(フッフッフッフッ、リーシア、あのスタンピードの攻略法がわかりましたよ。体のコントロールを僕へ。3分以内にアレを全て片付けてやります!)



 自信満々にコントローラーを握り、不敵な笑いを浮かべるヒロ……すると突如として目の前に現れた小さなモニター画面が出現し、そこに表示された文字を見たゲーマーは――



(うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!)



――絶叫した!



「うっせぇ、なんだよ突然?」


(やった! やったあ! やったああああああ!)



 ヒロの上げる歓喜の声は止まらない。リーシアは思わずハンドルから両手を離し、耳を塞ぎそうになる。



「ヒロ、どうしたんだよ?」


(ああ……どれだけ……どれだけ、この時を待ち望んだことか……ついに……ついにやりました)



 もはや少女の声などヒロには聞こえていない…… リーシアの頭の中で狂喜乱舞すると、指を目頭に置き、今度は涙を流し泣きはじめた。



(もう無理だと思っていました。なのに……こんな……嬉しすぎて涙が止まりません)


「お、おい……ヒロ? だ、大丈夫か?」



 あまりのハシャギッぷりに聖女ヤンキーが心配するほど、ヒロの言動がおかしくなっていた。


(大丈夫です。大丈夫ですとも! さあ、やりましょう。誰も僕の邪魔はさせません。この至福の時を邪魔する奴は、一人残らず抹殺してやりますよ。ああ、この時を、僕は待っていたあぁぁぁぁぁぁ!)



 モニター画面に映し出された文字を見て大興奮のヒロ……モニター画面には、エキサイティングバイク(異世界版)の文字が映っていたのであった。




〈希望がゲームを手にした時、無敵の勇者ゲーマーが降臨する〉

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