第147話 成すべきこと

「さあ? 準備はいいかしら?」


 冒険者ギルドのマスター、ナターシャが触林を前に、後ろに控える英雄たちに問いかける。


「「「「「おう!」」」」


 ナターシャは振り向かずに、戦場に轟く声を聞く。


 目の前には触林が広がり、最初の頃よりも触手の範囲を拡大し、短期間で半径20メートルにも及ぶ規模にまで

広がりを見せていた。


「私たちの役目は、彼女をあの触林の中心部に送り届ける簡単なお仕事よ! たった20メートルを切り開くだけで、私たちは英雄になれる上、永遠に語り継がれる伝説になる! こんな美味しい話はないわよ?」


「まったくだ! これで子供に自慢話ができる! 俺は英雄なんだってな!」


「俺も親に胸を張って言える! オレは世界を救ったって!」


 最後に残った兵士と冒険者たち……この内、何人が生き残れるかは分からない。だが覚悟を決めた彼らの顔に、恐れはなかった。


 ただ守りたい……自分の大事なものを守るため、彼らは命を掛けて挑む。


 そんな彼らにナターシャは緊張をほぐすため、軽口で皆の覚悟を確認していた。


「ならば結構! さあ野郎ども! 英雄になる時だ! 行くぞ!」


「「「「「おう!」」」」


 ナターシャの掛け声に、討伐隊の前衛が後衛職を置いて一斉に走り出す。


「魔導隊! 弓隊! 撃て!」


 生き残った魔法使い四名と弓を持った兵士四十名が、遠距離からファイヤーボールと弓矢を触林の外縁に集中して放つ。


 降り注ぐ攻撃が触手にダメージを与え、数本の触手が横たわる。


 あらかじめヒロとリーシアは、闘気をまとわず手薄な箇所に当たりつけ、ナターシャに突入場所を伝えていた。


 普通の武器と魔法でも、触手を倒せることが分かり、突入する討伐隊の士気はいや応なしに上がる!


「いける! 恐れるな! 俺たちでも触手にダメージは与えられる!」


「怯むな! 俺たち道を切り開くだけだ! 後衛と連携するぞ! 前に進め! 道を作れ!」


 武器を手にした兵士と冒険者たちが、次々と穴の空いた触林に突入し触手を切り倒す。

 

 だが、触手もただ黙って切り倒されはしない。触林に踏み込んだ討伐隊に四方から襲い掛かる。


 一人、二人と兵士が触手の餌食となるが、仲間の屍を超え彼らは道を作る。


 触手の攻撃を耐えている間に、他の者が触手を切り倒す……地味だが確実に彼らは道を作り続ける。


 だがそんな討伐隊の前に、ひときわ大きく、太い触手が立ち塞がった。


 太さだけで通常の三倍はあろうかと言う触手に、討伐隊が果敢に斬り掛かるが……。


「クッ! 剣が通らない! グァッ!」


 攻撃が通らず、触手の一振りで兵士が数人吹き飛ばされ、飛ばされた先で触手たちの餌食となる。


「まずいヒロ! 加勢しないと!」


(ダメですリーシア。今はまだ、あなたの戦う時ではありません)


 モニター越しに戦況を見るヒロが、今にも飛び出さんとしている聖女ヤンキーを静止していた。


「だけどよ!」


「もう時間がないんです。コントローラースキルを使用してから、すでに20分……残り時間は10分しかありません」


 モニターに映る時間も600秒を切っていた。


「今はみんなを信じて……耐えてください」


「クッ! わかったよ!」


 聖女は目を閉じて精神を集中する。

 外界からの情報を遮断し来るべき時のために、彼女は牙を研ぎ澄ます。必ず憤怒を葬るために……。

 

 だが、非情にも触手の動きが討伐隊を圧倒しだし、最初の勢いに怯みが出始め頃、戦場に新たなる追い風が吹いた!


「前を開けろ! そいつは俺たちがる!」


 補給を受けた殲滅の刃、ポテト三兄弟が真新しい弓を手に、矢をつがえながら触手へと走り込んでいた!


「行くぞ! ジャーマン! フライド! エクストリームアタックだ!」


「「ああ!」」


「スパイラルアロー!」


 長兄マッシュが目の前の触手に向かって、高速回転により貫通力を高めた渾身の矢を放つ!


 シンシアの【祝福ブレス】によって高められた身体能力から放たれる矢が、触手に命中する。


「ツインアロー!」


 後ろを走っていた次男のジャーマンが、マッシュの肩を飛び越え、頭上から威力を高めた矢を二本同時に放ち、追加のダメージを与える。


 ひときわ太い触手が先頭のマッシュに向かって振るわれようとした瞬間、マッシュがその場にしゃがみ込む!


「させないよ! アローレイン!」


 マッシュがしゃがむ事で空いた射線に、末っ子フライドの大技が放たれる!


 魔力を込めた光の矢が触手の放たれた軌道に撃ち込まれ、魔力の光が膨れ上がると爆発して無数の光矢が触手を襲う!


 全ての光矢が触手に突き刺さり、そのまま触手は地面に地響きを立てながら横たわる。


「良し! 怯むな! 畳みかけろ! 解体の嬢ちゃん!」


「ああ! そのぬめり……素敵です! さあ、その中身をさらけ出しなさい!」


 マッシュの掛け声に、後ろに控えていたギルド職員、狂気の解体屋、ライムが躍り出る!


 戦場で拾った名も知れぬ巨大で無骨な剣を肩に担ぎ、倒された触手を跳躍したライムが、触手の群れの中に飛び込む。

 

「スラッシュ!」


 手にした大剣を一閃すると、着地地点にいた触手が数本まとめて切り払われた!


 着地と同時に周りにいた触手が一斉にライムに殺到するが、ライムが興奮気味に連続で無骨な剣を振るう。


「このプリプリと心地よい弾力、切り裂いた時の感触……最高よ!」


 一斬りするごとに顔が赤くなり、恍惚の表情を浮かべるグラマラスダイナマイトボディーのお姉さん……ライムにとって、そこは地獄ではなく天国だった!


「ああ、あんなに一杯! ここはパラダイスよ!」


 触手を斬る感触に酔いしれるライムが、ガンガン道を切り開く!


「ライムちゃんを援護して! 道の維持を忘れないで! 腕に自信がない子は道の維持に努めなさい!」


「道の維持は私たちがやるよ!」


 水の調べ、戦士ケイトと僧侶シンシアが声を上げる。


 ケイトとシンシアは道を維持する遊撃隊として、守りの薄い場所に群がる触手の対処にあたる。


 ケイトのバスターソードが触手を切り裂き、傷ついた討伐隊メンバーを、シンシアがヒールで癒やす。


 応急処置的な動きで、道の維持を続けた。


 ナターシャの指示のもと、触林を切り開く者と道を維持する者で討伐隊が分たれて数分……。


 中心部まで残り10メートルを切ったところでついにライムの突破力に限り見えた。


 中心に行くほど触手が太くなり、手ごわさとその数を増やしていくためだった。


 ライムの腕で切り裂けないことはないが、多勢に無勢……手数でライムが押し負ける。


「そろそろ私たちの出番かしらね? 一気に道を開くわよ!」


 ナターシャが横にいたオク次郎を見ると、オーク達が槍を手に闘志を燃やす。


ブヒブヒ出番だべ〜? ブヒブヒブヒヒヒ待ちくたびれたべ〜」


 そしてナターシャを先頭に、異形なる者たちが走り始めた!


「ライム下がりなさい!」


「ギルドマスター!」


 ナターシャが振るう罪人の剣シナーソードが、ムチのようにしなり、ライムの周りにいた触手を全て切り裂く!


 怯んだ触手をオーク戦士たちが、手に持つ槍で一掃する。


ブヒさあブヒーここがブヒーブヒブヒブヒーオラ達の死に場所だべ!」


「「「「「ブヒーブヒージークポーク!」」」」」

 

 オク次郎と残りし古参オーク戦士10名が、命を捨てて道を切り開く!


 次々と襲い来る触手の群れを、先頭のオク次郎が槍で攻撃を受け流す。


 オークが振るう槍とは思えぬほどの澱みのない槍捌きに、ナターシャを始め、それを見た討伐隊の面々が感嘆の声を上げていた。


「な、なんだ⁈ あの動きは……本当にオークなのか?」


 驚く人を他所よそに、オーク達が一気に触手の群れを突き進む!


 一人二人と、古参オークが触手の刺し貫かれ命を落とすが、残ったオークたちは振り返らず突き進む。


 ただ道を切り開く。それは未来への道。家族を守る死の行進。彼らは止まらない……集団戦で力を発揮するオークの種族特性が、彼らの力を底上げする。

 

 中心部まで残り5メートル……たった十人でここまでの道を切り開いたオーク達は、もうオク次郎一人となっていた。


ブヒーブヒヒここまでだべ〜、ブヒーブヒブヒヒオラで最後だべか……ブヒーブヒヒブヒなら見せてやるべ〜、ブヒヒブヒブヒヒブヒこれが最強を目指したブヒーブヒヒオラの技だべ!」


 突如オク次郎から発っせられた闘気に、触手たちが怯み動きを止めてしまう。


 槍に闘気をまとわせたオク次郎が、槍を悠然と構える。


 ただならぬ殺気に、触手たちが一斉にオクタへと殺到する。


 オク次郎は迫る触手を見ながら笑っていた。

 

 遠き日のカイザーとオクタと自分……戦いの中、なぜか最強を目指し誓い合った時を思い出し笑っていた。


 そしてオクタの槍が放たれ時、正面にいた触手が数本、まとめて刺し貫かれ横たえる。


 オク次郎もまた他の触手に貫かれながらも、手にする槍を振るい触手を断ち切りと、そのまま地面へと膝をつき倒れ込んでいた。


 ナターシャがオク次郎に駆け寄ろうと近づくと……。


ブヒーおらに〜、ブヒーブヒ構うなだべ〜!」


 言葉は分からないが、オク次郎の目はそう語っていた。ナターシャは、その目を見て罪人の剣シナーソードを持つ手に力を入れ、その横を走り抜ける。


「見事よ! 名もなきオーク……戦士として賛辞を送るわ。あとは任せなさい! 最後の道は私が作る!」


 ナターシャに残された魔力が、剣の柄を通して鞭上になった連結刃に流し込まれる。


 魔力で編まれたワイヤーが血の色より赤く鮮やかに輝き、連結刃が鈍い銀色の光をほのかに灯す。


 ナターシャの動きに警戒した触手たちが集まり、盾と矛になると、その矛をナターシャに向かって打ち出すため、一斉にその鎌首をもたげた。


「人よ、滅びよ!」


 憤怒の声が戦場に響いた瞬間、ナターシャに向かって触手が凶器となって打ち出される。


「簡単に滅びてたまるもんですか! 人間を舐めるな!」


 振り下ろされた剣の動きに連動して、鞭状の剣が直線上にいた触手たちを全て切り裂き、放たれた矛と盾を破壊し尽くす……そしてナターシャの一撃が、ついに戦場へ一本の道を開け放った。


 穴の先には憤怒に体を乗っ取られたオークヒーローが立ち、反対の穴の先には聖女ヤンキーが腕を組み仁王立ちしていた。


 空いた道に触手が集まり憤怒の姿を隠そうとするが、生き残った討伐隊、そしてナターシャが穴を塞がせまいと中心に向かって走り出す。


 それぞれが目的のため、自分の成すべきことを言われるまでもなく動いていた。皆が聖女の通り道を、命懸けで守死する!


 そして聖女の役目は、シャバ僧にトドメを刺すこと!


 聖女が目を閉じたまま、ゆっくりと歩き出すと……その口から歌い上げるかのような呪文の詠唱が紡ぎ出される。


「天上満たす聖なる光よ」


 美しい声と旋律が戦場に響き渡る。


「我ら迷える者に慈悲なる光を」


 聖女は頭の中でイメージを思い描き、魔力と共に世界にイメージを浸透させてゆく。


 戦場に作られた道を聖女は悠然と歩く……その姿は戦場において、まるで死とは無縁だと言わんばかりに堂に入っていた。


 その時、聖女の横から突如、触手が生え歩みを止めようとするが、少女は目を閉じたまま前にステップを繰り出し、難なく回避してしまう。


(体のコントロールは僕が請け負います。リーシアは詠唱と最後のキーワードだけに集中してください)


 ヒロの声は聞こえているはずだが、聖女はイメージを維持するために、返事すら返せなかった。


「傷つき倒れし者に、立ち上がる力を」


 次々と湧く触手の攻撃をヒロは全て避けて前に進む。

 リーシアは体をヒロに任せて詠唱とイメージの維持にだけ集中していた。

 

 他人に体をコントロールされる……普通ならありえない命懸けの状況に、不安で呪文の詠唱どころではないはずだが、聖女は集中を乱さない。


 それは共に歩くと誓ったヒロへの信頼……死すらも受け入れる決意の現れだった。


「全ての罪深き者たちに、癒やしの光を与えたまえ」


 そして最後の詠唱の一文を読み上げると、聖女の体が薄っすらと光を放ち始める。


 その歩く姿を見た者は、聖女の放つ神聖な雰囲気に飲まれ、戦いの中で一瞬、我を忘れてしまうほどの美しさに目を奪われた。


(リーシア! 行きますよ! Bダッシュ!)


 ヒロが憤怒の向かって、震脚とBダッシュのコマンドを連続で入力すると、少女の姿が掻き消えた!


 命懸けで皆が切り開いた道を、一気に駆け抜ける聖女! 


 だが……憤怒も道の存在に気づいていた。


 何かが、自分に向かって近づく気配を本能的に悟り、あらかじめ待機させていた触手を地面から生やすと、盾代わりにする。


「無駄だ! 愚かなる人よ! 我が母の痛み、償うがいい!」


 数十本の凶々しいオーラをまとわせた強固な触手が、切り開かれた道を再び塞ぎ、聖女に襲い掛かる。

 

(そうだろうと思ってましたよ! 見事に引っ掛かってくれましたね! この命懸けの道……コレこそがお前に奥の手を打たせ、丸裸にする罠だったんですよ!)


 ヒロが立ち塞がる触手の直前で、二段ジャンプのコマンドを入れる。


 目を閉じた聖女が触手を飛び越え、憤怒の真上に跳躍する。


(リーシア! 今です!)


 聖女が目を開き、憤怒に向かって腕を突き出す!


「神よ、我らに奇跡の光を! エリアヒール!」


 地面に直径5メートルを超える巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 すると魔法陣から神秘の光が立ち上り、触手たちを包み込むと……次の瞬間!


「ヌガアァァァッ!」


 憤怒が苦しみに声を上げていた。


〈聖女の癒やしが戦場を包み込んだ時、絶望が憤怒を襲う!〉

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