第148話 限界を超えろ

 詠唱のイメージを固定した魔力が聖女ヤンキーの体から世界に解き放たれた時、世界に魔法が発現した!


 憤怒を中心に、直径五メートルの巨大な魔法陣が大地に浮かび上がる。


 魔法陣から、まゆばいばかりの光が溢れ出すと、中にいる生きとし生けるものを光で包み込み、全てを癒やし始める。


 そして全ての傷を癒した光りは……とどまることを知らず、さらなる回復を促す!


 体力を削り過剰な回復の果てに、細胞が分裂回数の限界を超え次々と死滅していく。


「ヌガアァァァッ!」


 回復を終えた瞬間に走る激痛……正常な細胞が、死滅した細胞を拒絶する痛みに、憤怒が声を上げていた。


 魔法陣の中にあった触手が、全て黒いちりに変わる。憤怒を中心に触手のない空間ができあがると、そこへリーシアが着地した。


 エリアヒール……広範囲の傷つき倒れしものを癒す奇跡のみわざが憤怒に襲い掛かった!


 苦しみに声を上げる憤怒は、リーシアの姿を見るや否や、後ろに生える触林に逃げようとするが……すでにリーシアが震脚を踏み、大地を駆けていた。


「逃すかよ! 決着ケリをつけてやる! ヒロ!」


(リーシア! やりますよ!)


 ヒロの手にしたコントローラーに、複雑な技コマンドを入力する。


 慣れ親しんだコマンド入力に、ヒロの体は意識しなくても、体が勝手にコマンドを入力していた。


じん六王ろくおうりゅう絶技六式!」


 憤怒を逃すまいと震脚を踏んだリーシアが地を駆け、強烈なハイキックが憤怒の顔にクリーンヒットした!


 振り切った足を軸足に、流れるような動きで移行したリーシアの後ろ回し蹴りが炸裂する!


 コマのように体を回転させ威力が高まった連続蹴りに、憤怒が怯む。


「まだまだー!」


 リーシアの攻撃は止まらない。


 蹴り出した足の勢いを止めず、着地と同時に震脚を踏む事で発生した力の波が、体の中を駆け巡る。


 腰の捻りで増幅され、丹田で練られた気と合わさった力が、肩から腕へ……そして拳に集約され打ち出された!


 寸勁の技術を取り入れた、突き上げるようなフック気味の肝臓打ちリバーブローが、憤怒の右脇腹の骨を粉砕し、勁の力が体を内部から破壊する!

 

「グッ、ほ、滅びよ!」


 憤怒が距離を取るため、苦し紛れの拳を振るうが……リーシアは後ろには逃げず、さらに半歩前に震脚を踏み

憤怒の攻撃をかい潜る。


 大柄なオークヒーローと小柄な少女、懐に入られればどちらが有利かなど明白だった。


 ひじをくの字に曲げ、体の関節と筋肉を締めたリーシアが、体当たりするかの如く憤怒の鳩尾へ肘鉄を入れる!


 短距離で爆発的な威力を発揮する寸勁が、カウンター気味に入り、当たり負けした憤怒がバランスを崩した。


 凶暴な獣の目をした聖女ヤンキーが、すかさず前傾姿勢で片膝を折りながら一歩前へと踏み出す……頭を下げた状態から震脚を踏むと、全身のバネを使って伸び上がるかの如く、憤怒に向かって拳を突き上げていた。


 カモシカのように柔軟な筋肉から、一瞬で解き放たれたアッパーカットが、無防備な憤怒のアゴを的確に打ち砕く!


 凶悪な連続技に、憤怒も動きを止まってしまう。

 

 このままではマズイと憤怒が凶々しオーラを体にまとい、防御に徹するが……リーシアは逃さない!


洒落しゃらくせい!」


 リーシアが五度目の震脚を踏んだ瞬間、リーシアの体が悲鳴を上げた!


 度重なる震脚の連続使用に、骨が軋み、筋肉が痛みを発して彼女に警告を告げる。


「それがどうした!」


 だが、聖女ヤンキーは止まらない!


 痛みを無理やりねじ伏せると、体の骨と筋肉を締め、硬い岩と化し、肩から空中にいる憤怒に激突した!


 勁と気を練り込んだ一撃に、ダンプカーに跳ね飛ばされたかのように、憤怒が後ろに吹き飛ばされる。

  

「愚かなり!」


 ダメージを負いつつも、リーシアとの距離を取れることに憤怒が歓喜する。


 覇神六王流、絶技六式……流れるような連続技が続く技の威力を倍増し六連撃で放たれる奥義。

 人が放てる限界の技であり、これ以上はない絶技……だが!


「リーシア!」


「ヒロ! やれ!」


 リーシアの声に、本来ならば不可能な七撃目のコマンドを入力し、ヒロは無理やり技をつなげる……絶技六式を超える七式が発動した!


 限界を超えた動きに、少女の体が悲鳴をあげる!


「こなくそ! 根性だあぁぁぁっ!」


 足に走る激痛を、気合と根性で説き伏せた聖女ヤンキーが飛ぶ! 


 震脚から生み出された力を推進力に、先に飛ばされた憤怒に追いつくと……ひざ蹴りが憤怒の顔面にめり込んだ!

 

 衝撃でさらに吹き飛ばされる憤怒に、膝蹴りのために折り畳んでいたリーシアの足が真っすぐに伸ばされ、膝がめり込んだ顔へ、凶悪な鉤爪が打ち込まれる!


「覇神六王流! 連凰脚れんおうきゃく!」


 気を練り込み、闘気をまとった凶悪な蹴りが、完璧に憤怒を捉えた。


 凄まじい勢いで地面に叩きつけられる憤怒。


 二度と三度と地面をバウンドしながら転がり止まる。


「や、やったの⁈」


 討伐隊の面々が、ピクリとも動かない憤怒を見てそうつぶやくと、リーシアが憤怒へ向かってゆっくりと歩き出した。


「神よ、我ら迷える者に救いの手を、

   傷つき倒れし者に、慈愛の光を与えたまえ」


 その口から紡がれる詠唱に合わせてリーシアの右手が神聖な光で包まれ、それを見たヒロがコマンド入力のタイミングを計る。


 そして憤怒の前にまで近づいた時!


「人よ、滅びよ! 人に災いあれ!」


 憤怒が声を上げながら、突如立ち上がり、その左腕から生やした触手がリーシアを襲う!


「ダメだ! 避けろ!」


 それを見ていた討伐隊の一人が声を上げた。


(やはり! リーシア!)


 ヒロにとっては予想通りの展開であり、彼の思考はもはや、未来予知に近い領域にまで及んでいた。


「彼の者に癒しの光を! ヒール!」


 力ある言葉と共に、右ストレートを打ち出すリーシア!


 詠唱により最大の威力を発揮し、コマンド入力でさらに威力が増したヒールを宿した拳が……まばゆい輝きを放つ!


 迫る触手の先端にヒールの光が触れた瞬間、触手が黒い塵へと変わり、その拳がオークヒーローの右腕に宿る憤怒の紋章へと叩き込まれる!


「罪深き者よ! 自分の罪に懺悔しろ!」


 拳からヒールの力と共に、練り上げられた暗勁が皮膚を通り抜け、体内で爆発する。

 

「ヌガアァァァ! 我は滅びぬ! 人を滅ぼすまで我は滅びぬ! 滅べ! 滅べ! 人よ滅びよされ! おまえたち……滅ぶ……我は母の……救……」


 憤怒の紋章が宿る右腕がヒールの光で黒く変色すると、憤怒の声がついに途絶え、ゆっくりとオークヒーローの体が後ろへと倒れ込む。


「こ、今度こそやったのか?」


 その場にいた者たちが、固唾を飲んで聖女ヤンキーと憤怒の様子をうかがう。


 すると……一面に生えていた触手たちが一斉に動きを止め、頭を垂れるが如くその触手をグッタリとさせ、動かなくなる。


〈レベルが上がりました〉


 名前 リーシア 

 性別 女

 年齢 15

 職業 聖女ヤンキー


 レベル :??? → ???


 HP:210/735 UP

 MP: 35/457 UP


 筋力:755 UP

 体力:745 UP

 敏捷:452 UP

 知力:515 UP

 器用:603 UP

 幸運:463 UP


 固有スキル 殺しのライセンス

       聖女の癒し

       天賦の才

       Bダッシュ LV 4→LV 5

       二段ジャンプ LV 3→LV 4

       溜め攻撃 LV 3→LV 4

       コマンド入力

       オートマッピング LV2

       言語習得 LV2

       絆 LV 5

       暴れ馬召喚(限定)NEW

   

 所持スキル 近接格闘術 LV 8 →LV 9

       発勁 LV 8 →LV 9

       震脚 LV 8 → LV 9

       回避 LV 6 →LV 7

       回復魔法(滅)LV 10

       女神の祝福 【呪い】LV 10

       身体操作 LV4 → LV 5

       剣術 LV 4

       投擲術 LV 3

       気配察知 LV 2

       空間把握 LV 2

       見切り LV 2 →LV 3


 その場にいた者たちのレベルが一斉に上がり、レベルアップのシステム音が一斉に皆の頭の中に響き渡る。


「やった……やったぞ!」


「勝った……勝ったぞ……俺たちが勝ったぞ!」


「おれは守れたんだ! アイツらを! 守ったんだ!」


 皆が手を掲げ歓喜の声を次々と上げていた。


 ヒロもステータス画面で、レベルを上がったことを確認する……レベルアップ、それは憤怒を倒した証明だった。


 そんな喜びに沸く雰囲気の中で、リーシアが倒れたオークヒーローを見つめ、独り言を呟いていることにナターシャが気づくが、距離が離れすぎていて彼女の声は聞こえない。


 その表情は固く、真剣なリーシアの顔を見て、ただならぬ雰囲気を感じたナターシャは、彼女に向かって歩き出す。


(リーシア、最後の詰めです)


「ああ、時間が経ち過ぎちまった。間に合うかな?」


(ダメ元です。成功率は低いでしょうが……やってみましょう。コントロールスキルの使用時間も残り30秒。詠唱イメージは前に話した通りにお願いします。覚悟はいいですねリーシア?)


「ああ、分かってる。これはオレとヒロのワガママ……後ろ指を指されようと構いやしない。全ては救えないけど、救える命が一つでもあるのなら……オレは後悔しないぜ!」


 リーシアが顔をほころばせながらヒロの問に答えると、詠唱を始める。それは母カトレアに教わった詠唱ではなく、ヒロと二人で考えた回復魔法の詠唱だった。


「神よ、迷える哀れな者に苦痛なき安らぎを

  願わくは慈悲の光にて死せる肉体を癒したまえ

   死に行く者にせめて傷なき旅立ちを許したまえ」


 ヒロがヒールコマンドをコントローラーに入力する。


「ヒール!」


 ナターシャがリーシアのすぐそばに近づいた時、リーシアの口からヒールの言葉が紡がれ、かざした手から回復の光が緩やかにオークヒーローの体全体に降り注ぐ。


 すると、黒く変色した場所以外の傷が癒され消えていった……。


「な、何をしているの!」


 それを見たナターシャが血相を変えてリーシアの手首を握り、その手を掴み上げる。


「まさかソイツは生きているの⁈」


 なぜリーシアがオークヒーローを回復していたのかは分からないが、もし生きているとしたら大変な事になる。


 理由を聞くよりも先に、ナターシャは回復を止めさせていた。


「ああ、大丈夫だよ。ナターシャの姉御。コイツは完全に死んでいる。これは……高値でオークヒーローを売るために、少しでも傷をなくせないか試しているだけだよ」


 リーシアが感情のこもらない言葉でナターシャに説明する。


「そ、そうなの? リーシアちゃん、手荒な真似して、ごめんなさいね」


 掴んでいた手を離し謝るナターシャ。


「いや、別に謝ってくれなくてもいいよ。おっ、時間だ」


 するとリーシアの体が光り始め、一瞬目が開けてられないほどの光を放つと、そこにはヒロとリーシアの二人が立っていた。


「ヒロ……」


「ええ、いま回収します」


 ヒロがリーシアの声に応え、腰に吊るしていたアイテム袋を手にすると、オークヒーローの死体に袋の口が触れ、横たわる巨体が瞬時に消え去る。


 ヒロがアイテム袋のメニュー画面を見ると、画面にオークヒーローの死体が追加されていた。


「これで良し。あとは……リーシア」


「分かっています。ナターシャさん、ケイトさん達を呼んでください。女性が何人かいると助かります。お願いします」


「え? 突然なお願いね? ……まあ、いいわよ。今ケイトとシンシア、ライムを呼んでくるわ」


 リーシアからの突然なお願いに、疑問を持ちながらもナターシャは三人を呼びにその場を離れた。


 その間に、ヒロとリーシアが服以外の防具を外し、素肌の見える部分を見回していた。


「カイザーの取り憑いていた場所には、憤怒の紋章はないですね」


「私もです。やはり他の場所でしょうか?」


「そうであってほしいですが……」


 二人は互いに両腕の袖をまくり、互いに肌を見せ合っていると……ナターシャが三人の女性を連れて戻ってきた。


「ヒロ、連れてきたわよって! 二人ともなんで防具を

ぬいでいるの? ハッ! ま、まさか……オークヒーローと言う強敵を倒した興奮が二人を……ダメよ! こんな所では絶対にダメ! せめて町に帰るまでは我慢しなさい!」


「まさか……こんなとこで? 時と場合を考えて盛ってほしいね」


「やはり二人は……ヒロさん、2号さんでもいいですから、私も!」


「どうでもいいから、早くオークヒーローを解体させてぇぇぇぇっ!」


 ヒロとリーシアの姿を見て、妄想が爆発する四人。


「ナターシャさんはヒロをお願いします。ケイトさん達は、私を囲って周りから見えないようにしてください」


 リーシアが四人の言葉を無視して、真剣な顔付きでお願いして来た。


「ん? なにか事情がありそうね。三人とも茶化さずに言う通りにしましょう。ヒロどうすればいいの?」


「今から僕らが裸になるので、自分の目で見れない背中に奇妙なあざがないか、確かめてください」


「奇妙な痣? ……いいわよ。じゃあ、私が脱がしてあげるわ!」


 ナターシャが手をワシャワシャしながらヒロに近づき、ヒロが後ずさる!


「いえ! 自分で脱げますから、大丈夫です!」


「あらそう? 残念ね。」


 どこまで冗談であるのか分からないナターシャの発言に、内心汗を掻きまくるヒロ……さっさと終わらそうとナターシャを壁代わりにし、着ていた服とズボンをヒロが脱ぎ始めた。


 服の下に隠された、自分の目で見れる範囲の素肌を確認するが、痣はどこにもない。


「ナターシャさん。背中はどうですか?」


「ヒロ、意外にいい筋肉を しているわね♪ とくに背中に痣はないわよ。あとは……お尻かしら? パンツも脱ぎなさい! さあ、早く!」


 ナターシャの目が怪しく光る。


「え? そこは自分で……」


「何を言っているの! あなた達にとって大事なんでしょ! 恥ずかしがっている場合じゃないわ⁈」


 真剣なナターシャの顔と謎の意気込みに、ヒロは流された。


「わ、分かりました」


 ヒロがパンツに手を掛け、ズリ下ろす!


「あら? 可愛いお尻ね♪」


 食い入るようにヒロのお尻を見るナターシャ……痣を確かめているはずが違うものを確かめられていた!


「ナターシャさん、痣は?」


「どこにも無いわね」


 ナターシャからの答えは、憤怒の紋章がヒロに継承されていない事を告げていた。


「とすると、憤怒はリーシアに⁈」


 ヒロがリーシアの方へ耳を傾ける。


「はあ〜、リーシア……肌がキレイね。きめ細かで、うらやましいわ」


「リ、リーシアさん……着痩せするタイプですか? 胸とか形がキレイですね」


「この辺の筋肉とかいいわ。どんな鍛え方すればこんな完璧な筋肉が……」


「皆さん、私の体の感想はいいですから、奇妙な形をした痣がないか確認してください」


 ケイト達三人が壁となり、リーシアのアラレもない姿を隠しながら、体の隅々すみずみまで見回し感想を述べていた。


「ん〜、見たところ痣らしい物はないね」


「キレイな肌です」


「問題ないわ」


 三人はリーシアの体に痣がないことを同時に告げる。


「すると痣はヒロに? ヒロ! 私には痣がありませんでした!」


 リーシアの声がヒロの耳にも届く。


 ヒロはパンツを上げ、服を着て防具を再び装備し、同じく服と防具を装備したリーシアと合流する。


 互いに痣がないと分かると、二人はその顔を暗く曇らせる。


「リーシア、恐れていた状況になってしまったかもしれません。僕とリーシアの二人に痣がないと言う事は……」


「ヒロ、憤怒の紋章がオークヒーローの子……シーザー君に継承されたと言う事ですね」


〈絶望を超える者との戦いは、まだ終わらない!〉

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