第114話 希望の光
『ケイトさん、マズイ事なりました。オーク族にスタンピードの兆候が見られます。彼らは飢えています。増え過ぎたオーク達が飢えて凶暴化を始めました。子供に食べさせる食料も乏しく、どんどん子を産み続けるオーク達は、もはや歯止めが効きません。死んだ仲間の死体さえも食べ、爆発的に数を増やしています。討伐を急いで下さい。このままでは取り返しのつかない事態を招く恐れがあります』
「コレがヒロからのメール内容です」
アルムの町の冒険者ギルド内、ギルドマスターの執務室の椅子に座るナターシャは、ヒロに助けられた冒険者ケイトからの報告を静かに聞いていた。
囚われのヒロとクランを組むケイトは、現在ヒロと連絡を取れる唯一の存在であり、ヒロを通してオークの情報を手に入れられる連絡役でもあった。
「もう時間がなさそうですな」
ナターシャの横に立つ副ギルドマスターが悲観して呟く。
「人員はどれくらい集まったの?」
「現在アルムの冒険者ギルドにて、緊急クエストに参加したパーティーは50組、約110名。近隣の町に、協力要請で駆けつけた応援が約200名。砦から王国軍が約1000名の総勢約1310名が集まってます」
「戦力的には厳しいわね。眷属強化で能力が底上げされたオーク600匹なら
「Sランクは無理としても、せめて現役のAランク冒険者が数十名は欲しい所ですな」
数はどうにかなっても、問題は質だった。
伝承にあるオークヒーローの強さが本当で有れば、勇者がいない人族が勝つには、勇者に匹敵するだけの力を持った者が必要になる。おそらくSランク、ないしAランク数十名の冒険者がいなければ、勝つ事は難しい。
伝承は誇張されて伝わるものだが、少なくともユニークモンスターを犠牲なしで倒す事はできないだろう。
「希望があるとすれば、ヒロと言いたいところだけど……」
「なぜ、ヒロの名前が出てくるんだい?」
ナターシャの何気ない呟きを聞いたケイトが、命の恩人であるヒロの名を聞き逃さなかった。
「ヒロの予想外の行動に希望があると思ったのよ。あの子には、何かを感じるわ。そしてそれに惹かれたリーシア……二人の出会いが運命なら、この戦いに何か意味があるのかも知れないわね」
「運命?」
「まあ、私の勘だから気にしないでちょうだい。ヒロの情報を聞く限り、もうオーク達の繁殖は止まらないわ。早期に殲滅しなければスタンピードを加速させ、取り返しのつかない状況に陥る」
「そうなればオークの村に最も近い、このアルムの町が真っ先に襲われる可能性が高いわけですな?」
「そう言う事ね。だからこそ近隣の町や砦から援軍を要請して、一気に勝負を決めたかったけど……人の欲が出てしまったわね」
スタンピードが起きれば、被害はアルムの町一つに収まるはずがない。それも伝説にあるオークヒーローを交えたとなれば……もはや被害は予想できない。
今までの人族の歴史で、二度現れたオークヒーローは、いずれも大陸全土を巻き込んだ戦いへと発展し、滅ぼされた国は両手の指では足りない程である。
大陸全土の国が手を取り合わなければならない強敵……オークヒーローの出現に、あらゆる人々が様子見を決め込んでいた。
人を動かすにもお金がいる。命とお金、どちらが大事かと言われれば、命を取る人間が大半だろう。
だがそれは自分の命が掛かっている場合である。自分に関係ない命は、お金より軽い。命よりお金を取った結果、今回のオークヒーロー討伐クエストに参加する者は少なかった。
王国もまずは様子見と、最低限の兵力をアルムの町に向かわせただけで、援軍の追加は期待できない。
アルム周辺の町にも援軍を要請したが、最低限の人数が派遣されただけであった。
それはオークの戦力を測るための試金石として、アルムの町を犠牲にするが如くの対応だった。
人は自分の命が掛かっていない時、他人の命よりお金を優先する……残酷な結果だった。
「この戦力でやるしかないわ……これ以上粘っても援軍は見込めないばかりか、これだけの戦力を維持するにもお金が掛かり過ぎるわ」
「ですな、食料や消耗品の費用は、アルムの町が負担してますからな、領主様もさぞ頭が痛いでしょう?」
「ええ、国王に援軍と援助を願いでたけど、城塞都市ラングリッドの駐留軍1000人を派遣して頂いただけで、それ以上は取り合ってくれなかったそうよ」
「獣人族との国境の問題でしょうな。下手に兵力を集めたら即戦争に発展するくらい情勢が悪化してますから」
「痛い所ね。人類宣言を発動しても、勇者がいないこの時代に、どれだけの国が動くか分からないしね。下手したら援軍で招いた国が、手を組むフリして、そのまま首都を強襲するかもしれないわね」
「獅子身中の虫と言ったとこです……大陸全土が滅びるかも知れないと言うのに」
人の業の深さに、ため息をつく副ギルドマスター。
「王国も私たちで様子見するつもりでしょう。アルムの町を犠牲にしてオーク達の脅威度を測るつもりなのよ……最悪アルムの町が滅びるのを想定してね」
「そ、そんな! それじゃあ私たちに死ねと言っているのと、同じ事じゃないですか!」
話を聞いていたケイトは、怒りを込めた声を上げていた。
その問いに、ナターシャは冷静に答える。
「そうよ。王国も周辺の町も……アルムの犠牲を、
「酷い、それじゃあ町の人は……この町で生まれた人はどうすれば……」
「他の町に逃す事はできないでしょうな……町一つの住人を受け入れてくれるだけの町などまずないでしょう。分散して受け入れてもらったとしても、難民ですからな……どんな仕打ちを受けるか分かりません」
副ギルドマスターの言葉に、ナターシャが決断する。
「やるしかないわ……今ある戦力でオークヒーローを倒し、オークを殲滅するしか、私達に未来はない! 領主に通達を! 各ギルドマスターと町の有力者達を集めて! 総力戦よ! 拒否権はないわ! 町には厳戒態勢を敷いて、戦える者は全て投入するわよ! 副ギルドマスターは町の防衛にあたりなさい!」
「いいんですか? 領主に相談もなしに決めてしまって?」
ケイトは領主の決定ならいざ知らず、地位が高いとはいえ、冒険者ギルドのギルドマスターが領主を差し置いて総力戦を決めてしまった事に疑問を挟む。
「フッフッフッ、あなたは私の名前は知らないのね」
不敵な笑いを浮かべるナターシャ。
「名前ですか? ナターシャさんじゃ?」
「それは
「ア、アルム・ストレイム!」
ケイトはその名前を聞いて驚く。それもそのはずである。アルムの町と同じ家名を持つ者は、領主とその家族しか存在しないからだった。つまり……。
「アルムの町の領主は私のパパなのよ。だから大丈夫よ。私の言う事は何でも聞いてくれるから!」
副ギルドマスターが、ヤレヤレと言いたげな顔でナターシャに声を掛ける。
「分かりました。各位に通達しましょう。ところでギルドマスターは、どう動きますかな?」
「私も討って出るわ! 戦力は多いに越したことはないからね! すぐに全員に出立の準備を! 時間は掛けられないわ! 一両日中に戦力をまとめてオーク村に発つわよ!」
ナターシャの決定に、慌ただしく部屋を駆け出していく副ギルドマスターとケイト。
部屋の中に一人残されたナターシャは、父に会うため、いつもの正装である一張羅のボンテージスーツに着替えながら考えていた。
オークヒーローとの戦いの行く末を……そして戦いのカギを握る男、人族の希望となり得る光、勇者ヒロとリーシアの安否を思うのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジークポーク!」「ジークポーク!」「ジークポーク!」
オーク村に響き渡るジークポークの声。
オークの皆が、挨拶がわりにジークポークを口にしていた。
「同志諸君! さあ今日も頑張ろう! 明日の未来のために! 少しでも人族を欺き、逃げる同志の時間を稼ぎましょう! 命を掛けて人族をここに釘付けにしようじゃないか! ジークポーク!」
「ジークポーク!」「ジークポーク!」「ジークポーク!」
「さあ! 今日中にこの辺り一帯の木を切り倒し、村の中心に砦を作ろう! 森のアチコチに罠を作り人族を迎え討とう! 立ち上がれポークの諸君! 僕は同志のためならば、人族の敵になったって構わない! 共に行こう! みんなが幸せになれる世界へ! ジークポーク!」
「ジークポーク! 我らが同志ヒロよ、我らを導いてくれ!」
「ジークポーク! 同志ヒロよ! あなたこそ私たちの光!」
「ジークポーク! ヒロ! アナタこそがオーク族の勇者!」
「ジークポーク! さあ、共に行こう! 未来へ!」
「ジークポーク!」「ジークポーク!」「ジークポーク!」
「ジークポーク!」「ジークポーク!」「ジークポーク!」
「ジークポーク!」「ジークポーク!」「ジークポーク!」
広場でオーク達の前に立ち、指示を与えるヒロ……エクソダス計画成功の未来に向かって、オーク達が一致団結する。
そんなオーク達を導くヒロは、いつからかポーク族の希望の光り……ポーク勇者として讃えられていた……ポーク勇者ヒロの誕生が、村をさらなる熱狂へと駆り立てるのだった!
「……ヒロ、これって、もう完全に洗脳してますよね? 何考えているんですか! やり過ぎです! あとで腹キックです!」
やり過ぎる男、ヒロに腹キックが確定したのだった。
〈人族の希望は、ポーク族の希望の光へとチェンジしていた!〉
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