第111話 土下座の誓い!

「だ、だけど、ありなのか? あの勝ち方は……」


「相手の注意を引いて勝つって……決闘でいいのか?」


「アリアさんが裸って……嘘だとしても見に行っちゃうよな」


「神聖な闘いに今のはないわ……」


「ないな!」


「もう一回じゃないか?」


「やり直せえ!」


「今のは無効だ!」


「卑怯な手を使うな!」


 広場に巻き起こるブーイングの嵐!


 神聖な決闘に卑怯な手で勝利したと、オーク達から避難の声が上がる。

 

「我が負けたのか?」


 呆然とするカイザーに、ヒロがショートソードを鞘に収めながら説明する。


「僕の勝ちです。カイザー、アナタの敗因は絶対防御スキルを過信した事です」


「なに?」


「アナタは絶対防御スキルが、あらゆる物理攻撃を弾く事を知っている。だからアナタは小石で絶対防御スキルを破ると言った僕の言葉に、何の警戒もなく乗ってしまった。ドラゴンの攻撃すら弾く自分に、小石など何の問題もないとね」


「むう……」


「投擲した小石を見た時、アナタは避けるべきだったんですよ……でもしなかった。当然です。僕が絶対防御スキルを小石ひとつで破ると宣言した以上、アナタは避けるわけにはいかなかった……戦士の誇りが避ける事を許すはずがない」


「そうか……あの石を拾った時から我はもう、お前の術中にはまっていたのか……」


 頷くヒロが話を続ける。


「アナタの絶対防御スキルは、息を止めている間だけ発動するパッシブスキルです。要は意識しなくても条件さえ合えば発動し続けるスキルですね。ですが、防御できない部分がありました」


「口の中か?」


「そうです。ヒントは僕達にイーモ料理を振る舞い、アナタがアリアさんにあ〜んをしてもらっている時でした」


 カイザーの妻アリアが、ヒロたちに料理を振る舞った時のことを思い出しながら静かに耳を傾けていた。


「普通、あ〜んなんてされたら呼吸を止めるものですが、アナタはアリアさんに叩きつけられたイーモ料理にムセ返っていた。絶対防御スキルが発動しているにもかかわらずにです。だから僕は仮説を立てました。絶対防御スキルは、体の皮膚や表面にしか発動せず、体の内部では発動していないんじゃないかと……結果は予想通りでした」


「……聞きたい事がある。あの最後に我が感じた殺気は、お前が出したものなのか?」


「ええ、あれは僕が出したもので間違いありませんよ。あの技を教わった人から見たら、まだまだ甘いと言われましたがね」


 カイザーはヒロの言葉に驚愕する。自分ですら出す事ができないであろう殺気を、この目の前に立つ人族の雄が出したことに……どれだけの修羅場をくぐり抜ければ、あのとてつもない殺気に辿り着けるのか、カイザーには皆目見当もつかない。


 少なくとも、あのレベルに達するには何百何千も命を捨て、死線をくぐり抜かなければ、辿り着けないだろうとカイザーは感じた。


 そして……。



「フッフッフッフッ、ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」


 急に笑い出すカイザーに、ヒロと周りでブーイングを上げていたオーク達が面を食らってしまう。

 負けて悔しがるどころか、何が晴々とした表情で笑うカイザーにヒロが話し掛ける。


「な、なにか面白いとこがありましたか?」


「いや、久しぶりに負けたのでな! 悔しいより、楽しいと思う我がいたことに、笑いが止まらなくなった! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」


 仕切りに笑うカイザーの目は喜びに満ちていた。それはオーク一族が助かる道に辿り着いた事だけではなく、久しく味わった事がない、敗北と言う苦い味を噛み締める自分へ嘲笑だった。最強と自惚れていた自分への……。


「オークの者よ! 聞け! 我はこの戦士ヒロに本気で戦い、負けた! 卑怯と罵る者よ! 我は全力を持って挑んだ戦士ヒロを卑怯などとは思わない! むしろ最強に挑んだ、その勇気を我は称賛する!」


 カイザーが、さっきまでヤジを飛ばしていたオークの戦士を見ると、皆が萎縮する。


「戦士ヒロを卑怯者と呼ぶ者よ!ならば我の前に立ち、我に挑んでみよ! だが挑むからには覚悟を持て! やるからには命を賭けよ! 戦士ヒロはそれを成し我に勝利した! いま一度いおう! 卑怯と罵る者よ! ならば我に挑んでみよ!」


 カイザーの言葉に、誰も声を上げる者は誰もいない……カイザーの強さは、誰もが認めるものだからだった。そのカイザーが全力を持って破れたと宣言したのだ。もはやその場に、ヒロを卑怯と罵る者などいなかった。


「異論はあるまい! 戦士ヒロよ! お前はオーク族において最強の称号を得た! 我らは強さこそが全て! 種族など関係ない! 我らはお前を仲間と認めよう! さあ酒を持て! 宴だ! 新たなる仲間の誕生を祝おうぞ!」


 その言葉に、オーク達が喜びの声を上げヒロを称賛する。


「うおおお! 宴だ! 戦士ヒロよ! 卑怯と罵ってすまなかった! 我はお前を歓迎するぞ!」


「酒だ! 酒を持ってこい! 新たなる仲間、戦士ヒロを祝おうぞ!」


「すっげえ! ヒロ! 本当に父上に勝っちゃったよ!」


 息子シーザーが母アリアの横で勝利したヒロと、敗北したが清々しい顔の父を見て驚愕の声を上げていた。


 あの最強と言われた父とヒロの戦いを見たシーザーは、手に汗握る戦いに興奮していた。


 牢屋内で色々な事を教えてくれたヒロが、父を打ち負かす程の強さを持っているとはつゆ知らず、普段の接し方からは想像もできないヒロの強さに、憧れを抱いたのだった。

 

 騒ぐオーク達の輪から、リーシアがヒロに近づいてくる。


「ヒロ……ヒヤヒヤしましたよ」


「リーシア、心配を掛けてすみません」


「いえ、ヒロを心配はしてませんでした」


「え?」


「ヒロが勝てると言いましたからね。むしろやり過ぎて、おかしな事にならないかとヒヤヒヤでした」


「お、おかしな事って……」


「身に覚えがないとでも?」


「いえ……有りすぎてどれかわかりません……」


「でしょう? 途中オーク達の雰囲気を見て、あっ? また何かやらかすかもって思ったら……オーク達の方が心配になりましたよ」


 ヒロの心配よりも、オーク達の心配をしだすリーシア……もはや、どちらの味方なのか分からない!


「ええ! リーシアは僕の心配より、オーク達を心配していたと?」


「です! ヒロの策略にはまる、オークの皆さんが可哀想でした」


「策略って……作戦と言って欲しいですね。リーシアはどっちの味方だったんですか?」


「え〜と……」


 立てた指を顎にやり、首を傾げリーシアが悩み出す。


「本気で悩まないでください!」


 ヒロがリーシアに突っ込むと、片目を開けて笑顔で答えるリーシア。


「フッフッフッ、何にせよ、無事に勝てて良かったです」


「リーシアありがとうございます」


 リーシアがヒロの無事を喜んでいると、周りにいたオークの戦士達が集まりだしヒロを称賛する。


「戦士ヒロよ、卑怯者呼ばわりして、すまなかったな!」


「ヒロよ! 我らは強きお前を歓迎するぞ!」


 オークの戦士達がヒロの強さを認め、皆から声を掛けられる中、シーザーとアリアがヒロの元へやってきた。


「ヒロ強かったんだな! ビックリした! 今度、俺にさっきの技を教えてよ!」


「ヒロさん、無事でよかった」


「アリアさん、シーザー君、ありがとうございます」


「うむ、アリアよ、心配を掛けたな許せ」


「ええ……ヒロさんの無事を祈りましたが、別にアナタは心配なんかしてませんよ?」


「な、なぜだアリア?」


 アリアが少しトゲがある言い方で、カイザーに答える……何かおかしな空気をヒロが感じる。


「私が裸になって応援していると聞いて、あんなだらしない顔を向ける夫を持った記憶はありませんから! 恥ずかしい!」


 アリアはあの時、顔から火が噴き出るくらい恥ずかしい思いをさせられていた……それはヒロの裸発言に対してではなく、夫の行動にであった。


 最強と言われたおとこの悲しいサガを、アリアはどうにも許す事ができなかった。


 ヒロの手前、アリアの顔は笑顔ではあったが、カイザーには、その笑顔が恐ろしいものに見えていた。まるで般若の顔を隠す、仮面を被った恐ろしい笑顔に……。


「ま、待て! あれはヒロの見事な策だったのだ! 決してお前が皆の前では肌を晒した姿が見たくて、戦いを忘れたのでは無くてだな!」


「あなた? 言いわけなんていらないわ……あとで話がありますから!」


「……す、すまん! 許してくれ!」


 カイザーが皆の面前で、突然正座したと思うと、アリアに向かって土下座を炸裂させる!


 小刻みに震えるカイザーの体……一体何がカイザーをそこまでさせるのか……カイザーとアリア以外に知る者は誰もない。


 最強と呼ばれた雄の許しを乞う姿に、ヒロだけは何か既視感デジャブーを感じ得なかった。


 そしてその既視感のわけを、ヒロはすぐに知る事になる。


「ヒロ? オークヒーローはなぜ、アリアさんに土下座しているのですか?」


 オークの言葉が分からないリーシアが、ヒロに状況が分からないため、小声で尋ねてきた。


「僕の策で、アリアさんが裸で応援しているって言葉に、カイザーがだらしない顔で振り向き、その所為でアリアさんが恥ずかしい思いをした事に対して、土下座してます」


「ヒロ……では、アナタも土下座してください」


「え? リーシア……だ、誰にです?」


「勿論、アリアさんにです!」


「ええ? 僕がですか?」


 『なぜ自分が?』と、疑問の顔をするヒロに、リーシアが答える。


「当然です! オークヒーローが土下座する理由を作ったのはヒロですよ? 勝つためとはいえ、女性であるアリアさんに恥ずかしい思いをさせて、平然としている人と私はパーティーを組んだ覚えはありません!」


「で、ですがあれは作戦であって、致し方ないことだと……」


「腹キッ「アリアさん、すみませんでした!」」

 

 リーシアが『腹キックしますよ』と言い終わる前に、すでに土下座に入るヒロ……もはやその土下座は、神業的領域に入りつつあり、見事なスピードと美しさを兼ね揃えた土下座だった。


 見る者を魅了する土下座を前に、アリアとリーシアが立ち並ぶ。


 最強と、最強を打ち破った二人の雄。その二人が震えながら土下座し、許しを乞う二人の雌……オークの民が理解した。真の最強は誰なのかを!


 族長を超える存在……総長ヘッドが誕生した瞬間だった!


 土下座する二人を他所よそに、雌のオーク達が次々と広場へ、酒や料理を運び出し始めた。


 ちょっとしたお祭り騒ぎに、オークの子供たちが大ハシャギしている。


 日が沈み闇に包まれるオーク村……村を上げての宴に大人も子供も関係無く皆が飲み食いし、宴が終わるまで、それぞれが思いおもいに時を過ごしていった。


 そして皆が家路に着き、誰も居なくなった広場で……二人の雄だけが土下座の姿勢のまま、酒をチビチビしている。


「むう……我らはいつまでこの格好なのだ?」


「僕が聞きたいです。土下座しながら飲み食いなんて人生初ですよ」

 

 土下座くらいではアリアに許してもらえず、許すまでその格好のままでいるよう命じられたカイザー……原因を作ったヒロもリーシアから同じ沙汰を言い渡された。


 アリアとリーシアの二人は、互いの雄について筆談で話し合い意気投合……ヒロとカイザーを置いて家に帰ってしまった。置き去りのヒロとカイザー……誰も居ない広場で、律儀に土下座の格好のまま、前に置かれていた酒と料理を食べる二人。


「カイザー……奥さんの尻に引かれ過ぎなのでは?」


「ヒロ……お前もな。言葉は分からずともあの娘、アリアと同じ雰囲気だったぞ」


「種族が違っても、女性に頭が上がらないのは同じみたいですね」


「かもしれん。我は戦う事しかできんからな。我が帰る家を守ってくれるアリアには頭が上がらず、怒らすと手がつけられん。土下座で許してくれるなら、いくらでもやろう」


「僕も同じですね。リーシアは命の恩人ですし、怒らせると怖いですから……謝って気が済むなら土下座なんて易いものです」


 ヒロとカイザーはシミジミとしながら酒を飲み交わす……土下座しながら!


「とりあえず村の者は、一部を除いてお前たち二人を受け入れてくれた。若い連中の中には、お前の強さに惹かれた者もいたぞ」


「これでエクソダス計画に賛同してくれる人が出ますかね?」


「おそらくいるだろう。我らオーク族は強い者に従うのが掟だからな……半数以上は賛同してくれるだろう。


 つまみの肉を食べながら酒で飲み込むカイザー。

 オークの酒は果実を発酵させ、原液を水で薄めて飲む。カクテルみたいにフルーティーなお酒だったが、水で割らないと度数がかなりキツい。その原液を水で割らずにグイグイ口に流し込むカイザー。


 当然ヒロも100%度数で飲む事に……。


「これでエクソダス計画も大きく前進します」


「……村に残る者も今日の宴で楽しんでいた……ヒロ、これもお前の計画通りなのか? 皆と最後の思い出を作らせ、死に行く者に最後の手向けと、覚悟を持たせるために……」


「……軽蔑しましたか?」


「いや……やはり、お前もまた修羅の道を歩くか……」


 手に持った酒をグイッと一気に飲み干すヒロ……カイザーが空いた器に酒を注いでいた。


「分かっているつもりでしたが、やはり気分は良くないですね。少しでも粘って殺されてくれるように宴を開いたなんて……でも、どうしてもこれは必要でした」

 

 自分で考え実行するエクソダス計画……犠牲なくして成功しない事を、ヒロも重々承知していた。


 だが、だからと言って……はいそうですかと割り切れる程、ヒロの心は冷静クールになれなかった。リーシアに気付かれないよう、心の奥底に隠した想いは、ヒロの中で燻る続けていた。


 共に戦い同じ苦しみを持つカイザーは、ヒロの悩みに気がついていた。そして若さ故に、やり場のない感情の消化の仕方が分からないヒロに、言葉を掛ける。


「戦士ヒロよ、飲め! そして想いを一緒に飲み込み、無駄にするな! 死に逝く者の想いと共に生きるのだ! それだけが生かされる者に課せられた使命なのだからな!」


 カイザーが自分の持つ器を傾け注がれた酒を一気に飲み干すと、ヒロもそれに続き一口で器の中身を空にする。


 喉を通る、焼けつく様な熱い酒が胃の中に流れ込み、ヒロの心に燻る感情も共に洗い流されていく。

 

「それで良い。想いはお前と共にある」


「カイザー、僕は誓います! エクソダス計画……必ず成功させて見せます!」


「無論だ! 我が友よ! そのために、我らが命……存分に使うがいい! 我はここに誓う! 我らオーク族は種族が違えど、ヒロ! お前と共に戦い、笑いながら喜んで死んで逝く事を!」


 交わされる漢同士の誓い……空に浮かぶ月だけが、ただ静かにその誓いへ立ち会うのだった。



〈土下座する二人の漢の誓いが成された時、エクソダス計画は最後の局面を迎えようとしていた!〉

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