第110話 打ち放て、気殺刃!
「ヒロ、試しに一回投げてみますね」
「リーシアお願いします!」
ヒロの合図に地面に屈んだリーシアが、手頃な大きさの石を軽く下から投げ出す。
放物線を描いてゆっくりと飛ぶ石に狙いを定めたヒロが、手に持った小石を投げつけた!
投術スキルで補正された小石がヒロの手から放たれ、リーシアの投げた石に空中でぶつかり跳ね飛ばす。
「いけそうですね。それじゃ、投げる方向とスピードをランダムにして投げてください。そうしないと鍛錬になりませんから」
「分かりました。では行きますよ〜!」
リーシアが緩急をつけて、地面に置いた石を次々と放り投げる。
連続で投げられる石に、ヒロは左手に持ったいくつもの小石を腰だめに構え、まるで忍者が手裏剣を投げるように投擲して当てていく。
ヒロは右手に二個の小石を持つと、腕を下から上に振り上げた時と、上げた腕を振り下ろした際に、一個ずつ小石を投げていた。
空中で次々とぶつかり合う石と小石。
寸分違わずリーシアの投げた石に当て続けるヒロ……途中リーシアが意地悪で、投げるフリをして投げなかったり、二個同時に別々の方向に石を投げたりしていた。
ヒロはイレギャラーな対応に対処できず、撃ち漏らしが発生していた。
たが、失敗の度に原因を追求し、修正を繰り返すヒロの投擲技術がドンドン上がり、途中からリーシアのイレギャラーな石の動きにも、瞬時に対応できるようになっていた。
洞窟の牢屋内で、ヒロは黙々と石を撃ち落とし鍛錬に励み続ける。休みなく続けた鍛錬が二時間を経過した時、ついに待望のシステム音声がヒロの頭の中に流れた。
〈投擲スキルのレベルが上がりました〉
「ふ〜、リーシア、ようやく投擲レベルが上がりました。少し休憩しましょう」
ヒロが額に掻いた汗を拭いながら、切りの良い所で休憩を提案する。
「分かりました。しかしヒロ……本当にスキルレベルが上がったんですか? たった二時間でスキルレベルが上がるなんて、にわかに信じられません」
リーシアの疑問も、もっともな話だった。
通常スキルレベルを上げるには、戦いにより相手の命を刈り取るか、長い鍛錬による反復で経験を積むしかない。
前者は命を落とす危険性が……後者は安全にレベルを上げられる代わりに、莫大な時間が必要になる。
鍛錬によるスキルレベルは、普通なら1レベル上げるだけでも一年の鍛錬を必要とする……それをヒロはたったの二時間で成してしまった。
スキルレベルがまだ低い事を差し引いても、異常なレベルアップスピードに、リーシアは自分の耳を疑った程である。
「ステータスオープン」
名前
性別 男
年齢 6才(24才)
職業 プログラマー
レベル :11
HP:220/220(+100)
MP:170/170(+100)
筋力:150(+100)
体力:170(+100)
敏捷:150(+100)
知力:170(+100)
器用:160(+100)
幸運:145(+100)
固有スキル デバック LV2
言語習得 LV2
Bダッシュ LV3
2段ジャンプ LV2
溜め攻撃 LV2
オートマッピング LV1
ブレイブ LV1 (ロック)
コントローラーLV1
不死鳥の魂
所持スキル 女神の絆 LV2
女神の祝福 【呪い】LV10
身体操作 LV4
剣術 LV3
投擲術 LV2 → LV3 (LVアップ)
気配察知 LV2
空間把握 LV2
見切り LV1
回避 LV1
【投擲術】 LV3
手に持つアイテムを投げる際、威力・命中率・射程にプラス補正
レベルにより技を習得可能
LV 1 パワースロー
LV 2 ダブルスロー
LV 3 スナイプスロー
確認のため、ヒロはスキルをチェックする。
【スナイプスロー】
アイテム投擲時、命中率、射程にプラス補正。
通常よりさらに精密な投擲が可能になる。
「確かに投擲術のスキルレベルが、2から3に上がってますね。おっ! スナイプスローと言う技を覚えました。これはカイザーとの一戦に使えそうです!」
「スキルレベルの上がり方がおかしすぎです! 本当にヒロはデタラメですね……」
今さらながらヒロの常識はずれな異常さに、リーシアが驚いていた。
「おそらく経験値取得にプラス補正があるスキルのおかげかな?」
「そんなスキルが……ヒロが羨ましいです」
カイザーと夕刻の決闘を約束したヒロ……決闘に備え、今できる事を成すべく、リーシアと共に鍛錬に明け暮れていた。
「それにしても、投擲スキルのレベルを上げて、一体何をするつもりですか?」
「もちろん、オークヒーローに勝つための準備ですよ」
「ですが、いくら投擲スキルを上げても、あの絶対防御スキルを破るのは難しいと思いますよ?」
「分かっています。これであのスキルを突破出来るとは思ってません。これはスキルを封じるために必要な鍛錬なんです」
「スキルを封じる?」
「まあ見ていてください。この世にクリアー出来ないゲームはありません。カイザーとの決闘……必ず
そう言い放つヒロに、リーシアは一抹の不安を覚えつつも、二人は約束の時間まで、さらなる鍛錬に励むのだった。
…………
「アリアさん、ダメです! いくら応援で興奮したからと言って、何で裸になるんですか⁈ みんなが見ていますよ。お願いですから何か着てください。目のやり場に困ります。もう戦うどころじゃありませんよ」
「なんだと! アリア!」
戦いの最中、カイザーの後ろに視線を向けチラチラと目を覆ったフリをして、指の間からガン見するヒロ……カイザーは妻アリアが裸になって応援する姿を想像し、『バカな!』と否定しつつも、顔を赤らめて後ろを振り向こうとする。
当然、隙を晒す事になるが、息を止めている限り、あらゆる物理攻撃を弾く絶対防御スキルがあれば、問題なしと過信するカイザー。
だが……その過信こそがヒロの罠だった。
脳内のスイッチをONにして、ヒロが加速した世界に入る。
極限の集中の果て、思考が加速した世界では、ヒロ以外の者がゆっくりと少しずつ動く。全てがスローモーションの世界で、ヒロがスキルを発動する。
「スナイプスロー!」
カイザーが口を開き、後ろに振り向こうとした瞬間、ヒロの手に収まっていた小石が、魔弾となって放たれた。
投擲スキルで加速した魔弾は、スローモーションの世界であっても、普通に投げるよりも早いスピードでカイザーに迫る。
「カイザー、あなたの敗因は絶対防御スキルの特性と弱点を考察しなかった事です。全ての部位を防御している訳ではない事をあなたは知らない。スキルを過信しすぎですよ!」
放たれた魔弾がカイザーの顔へ迫る。
一瞬ヒロから視線を離したカイザーが、投げられた物がタダの石だと見抜く。
あらかじめ息を止めていたカイザーは、スピードと威力はあるが、タダの石を投げただけど悟ると、避けるまでもないと絶対防御で弾こうとする。
「やはり石だと侮りましたね」
魔弾がカイザーに向けて放たれ、顔に当たるかと思われた瞬間、カイザーは口の中に飛び込む小石を見た。
「なんだとグッ!」
あろう事か、ヒロの放った魔弾が顔ではなく、カイザーの開け放たれた口の中に飛び込み、口の奥にあった喉ちんこに命中する。
一瞬のことで訳が分からず、口に飛び込む小石が防げなかったカイザー……次の瞬間、激しい痛みが彼を襲い、肺の奥から強制的に空気と小石が、咳と共に体の外へ吐き出された。
「コボッ、ゴホッ、ゴホッ、マズイゴホッ!」
カイザーが激しく咳き込む。
咳が止まらないカイザーは、絶対防御が発動できない事を瞬時に悟り、次に来るであろうヒロの攻撃を警戒する。
カイザーがヒロの気配を探ると、すでにヒロが動いている事を察知した。
ヒロは小石を投擲すると共に、カイザーの右側から剣を鞘から抜き放ちながら、すぐそばにまで接近していた。
咳き込んでも手放さなかった愛用のハルバードには、まだ闘気が満ちている。そのまま振るえば必殺の一撃を叩き込める。
カイザーはハルバードを、ヒロが迫る右側へ横に振るうだけで、簡単にヒロを迎撃できるはずだった……だが!
「
「なっ!」
カイザーがハルバードを振るおうとしたその時、左手後方から、凄まじい殺気と気配が突如現れ、カイザーを背後から襲う。
生存本能が、この一撃を喰らえば確実に死ぬと警告し、回避か迎撃しろと叫んでいた。
カイザーは本能に逆らわず迫るヒロを無視し、左手後方から迫る殺気の対処を優先した。
闘いにおいて、直感に従う重要性を戦士は熟知している。一流であればある程、直感や本能に逆らわず行動する事こそが、生き残る秘訣であると……戦いの勘が告げていた!
突如、左手後方に現れた殺気と気配に反応して、カイザーが必殺のハルバードを振るう!
最悪、背後から迫る攻撃を相殺するだけでも構わなかった。意識するよりも早く、カイザーの体は動いていた!
ただ生きたいと言う本能が体を突き動かし、必殺の一撃を左手後方に解き放つ!
だがカイザーは、ハルバードを振り切った空間を見て、目を見張った!
なぜなら……そこには何もなかったからだった。
何もない空間に渾身の一撃を打ち込んでしまい、カイザーは呆然とする。
「なにがゴホッ!」
「僕の勝ちです!」
ヒロの声が、カイザーのすぐ後ろから聞こえ、振り向くと……その首筋には銀光をまとったショートソードが添えられ、切先に触れた首筋から一筋の血が流れ出ていた。
首筋から流れ出る血が、その気になればお前を殺せていたと語りかける。
その姿を見た周りのオーク達が、狐に化かされたみたいに唖然とし、言葉を失ったままヒロとカイザーの二人を見ていた。
そして……立会者のムラクが声を上げる。
「しょ、勝者、ヒロ殿!」
ムラクから
「な、何が起きたんだ? 族長が負けたのか?」
「信じられん……族長が血を流しているなんて」
「か、勝っちまっただ! 本当に勝っちまっただ!」
「だ、だけどありなのか? あの勝ち方は……」
「相手の注意を引いて勝つって……決闘でいいのか?」
「アリアさんが裸って……嘘だとしても見に行っちゃうよな」
「神聖な闘いに今のはないわ……」
「ないな!」
「もう一回じゃないか?」
「やり直せえ!」
「今のは無効だ!」
「卑怯な手を使うな!」
そして巻き起こるブーイングの嵐!
「ヒロ……やはりやらかしましたね。ばかですか? まったく……」
リーシアは、コメカミに右手の指を添えため息をつくが、その顔はヒロの無事を喜んでいるのだった。
〈絶望に勝利した希望に、非難の風が吹きつける!〉
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