第108話 再戦、希望 vs 絶望
「いいか? この技のコツは、相手の注意をどれだけ引きつけておくかが肝だからな」
ひとつ目の仮面を着け、局部にモザイクを入れたすっぽんぽん……サイプロプスがヒロにアドバイスを口にする。
だが、謎の空間で殺され続け、心が疲弊しきったヒロに、そのアドバイスが聞こえていない……サイプロプスの足元で、すでにヒロは事切れていたからだった。
「む、また死んだか? この歳だと、こんなものか……仕方がない」
サイプロプスが『パチリ』と、指を鳴らす……すると足元で死んでいたはずのヒロが、目を開けて飛び上がる。
「なんだ今の技は? すっぽんぽんが、確かに目の前に居たのに突然……」
ヒロは狐に化かされたかのように、サイプロプスを見る。
「俺のとっておきは避けられんだろ? 相手が格上なら、なおさら騙されるのさ」
顔の表情は見えないが、仮面に空いた口元が不敵な笑みを浮かべていた。
「この技はフェイントなのさ。高レベルな者同士の戦いでは、気配や殺気に敏感に反応できなければ死ぬ」
「そうか! あれは!」
「理解したか? なまじ敏感に反応する高レベルな奴ほど、この技に引っ掛かる」
「確かに、戦いの最中にアレをやられたら、間違いなく隙ができる……」
「そうだ。コイツは戦いの最中、強制的に隙を作る技なのさ。さあ理解したのなら構えろ、技を教えてやる」
サイプロプスの言葉にヒロが反応し、再びショートソードを構える。
「いいか? この技に必要なのは殺気だ」
「殺気?」
「そうだ。せめて、コレくらいの殺気が出せないとな」
するとヒロに対峙していたサイプロプスの体から突如、おぞましい程の冷たい殺気が生まれ、ヒロが身構える。
対峙しているだけだと言うのに、ヒロの本能が一刻も早く、この場から逃げ出したい衝動に駆られるが、ギリギリの所でヒロは踏み止まる。
「ほう、よく耐えたな? いいぞ! 教える手間が一つ省けた」
「こ、この殺気を出せるようになれと? どうやって?」
「こうやってだ!」
サイプロプスは言い終わる前に、剣を一閃してヒロの首を跳ね飛ばす。
切り抜いた方向にヒロの生首が飛び、自分の首を跳ねたサイプロプスの姿を脳裏に刻み込み、ヒロは絶命する……。
再び『パチリ』と指を鳴らすサイプロプス。
ヒロの首なし死体が光ったかと思うと、ヒロが何事もなかったかのように横たわり、意識を取り戻した。
「いきなり殺すな! 説明しろ!」
「やれやれ……殺気なんて教えてどうなるもんでもない。コイツを出せるようになるには、殺し続けるか……殺され続けて覚えるしかない。殺されたくなければ、俺を憎め。さあ、俺を憎んで殺気の出し方を覚えろ!」
「そんな無茶なやり方!」
だが、サイプロプスはヒロの言葉を無視して、手に持った剣で斬り掛かってきた。
ヒロも負けずに、ショートソードで斬り返す。
「無茶でも何でも構わん。リーシアと二人で生き残りたいのなら、つべこべ言わずに殺され続け、殺気を自在に出せるようになれ!」
「畜生、殺される痛みがどんだけか、分かっているのかよ!」
ヒロが吼え、それを聞いたサイプロプスが動きを突如止めると……今までとは比べ物にならない濃密な殺気がヒロに絡みつく。
「殺される痛み? 知っているさ……死ぬより痛い痛みがある事を俺は知っているさ! 見せてやろう! コレが絶望の果てを見た男の殺気だ! はいだらあああああ!」
殺気がヒロの心を鷲掴みにする。物理的には存在しない心を、サイプロプスの殺気が確かに鷲掴みにしていた。
ヒロは流れ出る汗が拭うこともできず、ただ立ち尽くしていた。
「甘えるなよ小僧! こんな生温い環境で教えてもらう、ありがたみを噛み締めろ!」
「……」
ヒロはうめき声ひとつ出せず、呼吸すら止められていた。
どれ程の人生を生きれば、こんな暗い殺意を出せるようになるのか? 死より辛い痛み……ヒロはサイプロプスの悲しみに触れ言葉を失っていた。
「分かったか? では、死んでこい!」
サイプロプスの一言で、ヒロの心が殺気に握り潰される!
ヒロはその場で倒れ込み絶命する。
「やれやれ……年甲斐もなく殺気を撒き散らすなんてな……こんなんじゃあの世に行った時に、アイツに言われちまうな『バカですか?』って……ふっふっふっはっはっはっ!」
サイプロプスが口元を綻ばせて笑っていた。だが……仮面に隠された瞳から流れ出る涙に、気づく者は誰も居ない。
「さあ! 甦れヒーロー! 誰から認められなくていい! 地獄へ堕ちようが構わない! お前を鍛え上げ、必ずたどり着いて見せる! そのために俺は鬼となろう!
蘇るヒロと謎の男サイプロプス……二人の死闘はいつ終わるともなく続くのだった。
…………
オーク村に夕日の赤い光が差し込んでくる。
村の中央にオーク達が集まり、中心にいる者たちに皆が注目していた。
輪の中心には、族長であるオークヒーロー、カイザーとその家族、妻アリアと息子シーザーの姿もあった。
その対面には、人族であるヒロとリーシアが立ち並ぶ。
オークと人……それぞれの陣営に分かれ対峙する中心に、戦士ムラクが立ち、声を上げた。
「時は来た! オーク族の者たちよ! 活目せよ、これより命を賭けた決闘を執り行う!」
「馬鹿が! 我らが長に挑むなど無駄な事を」
「大人しく捕まっておけ」
「いや! いま殺してしまえ!」
「雌は、オランとこの息子の嫁にくんろ」
「人族が我らに戦いを挑むなど片腹痛いわ」
「人族が族長に挑むだと? 無駄な事を……もしカイザーに勝てるなら戦士として認めてやるよ。勝てるならな!」
周りを囲むオーク達の心良くない声が、ヒロ達に浴びせられる。
「この決闘の結果が、いかなる結末を向え様とも勝者には必ず賞賛を持って答えよう。たとえそれが人族であってもだ。この結果に異議を唱える事はまかりならん。戦士の誇りと命に掛けてオーク族は勝者に従う。良いな皆の者!」
「オーク族の強さを人族に見せつけてやれ」
「手加減は無用だぞ」
「馬鹿な人族だ。大人しく捕まっておけばよかったものを」
「息子の仇よ。お前たちなんか、死ぬばいいのよ!」
ムラクの宣言に、若いオーク達がヒロ達を殺せと声を上げる。中には雌のオークが身内を殺された怒りで、ヒロ達に憎悪の目を向ける者もまでいた。
「ヒロ、この感じ……」
オークの言葉が分からないリーシアは、かつて感じた事がある感情の渦の中で、悪意に晒されるヒロを心配していた。
「大丈夫です。カイザーを応援する声が多いですね。もともとココは敵地ですから……仕方がありません」
リーシアはヒロの優しさに何も言う事が出来なかった。この人は全ての悪意を自分一人で受け入れる気でいる事を、彼女は気づいていた……そんな男の心を支えられず、少女は落ち込んでいた。
「両者前へ」
ムラクの言葉に、ヒロとカイザーが互いに武器を持ち、前へ歩き出す……ヒロは返却されたショートソードを、カイザーはハルバートを手に対峙する。
リーシアとアリア、シーザーの三人は後ろに下がり、最前列で二人の戦いを見守る。
「両者とも準備はいいな? 始めろ!」
ムラクの開始の言葉と同時に、オーク達の熱気が広場を覆う。うるさくすら感じる熱狂の中で二人の漢は静かだった。
対峙する二人に、もう交わす言葉はいらなかった……成すべき事が明確になった以上、漢達に言葉など無用だった。
漢達の闘気が高まり、ヒリついた空気が二人の間でぶつかり合う。
どちらともなく、二人は自らの武器を構える。
カイザーがハルバードを後ろに振りかぶり、力を溜める。
一撃で仕留めに来る必殺の構えに、ヒロは臆せずショートソードを中段に置き、相手が動くのを待つ。
どれ位そうしていただろうか……互いに攻撃のタイミングを計り、微動だにしない。周りで見ていたオーク達も息を殺し二人の動く時を待つ……そして――
「はいだらあ!」
――ヒロが発した意味不明の言葉に、カイザーが反応して先に動いてしまった。
剛腕の一撃がヒロを襲う。
〈希望と絶望……二人が合間見えた時、再び時が動きだした〉
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