第101話 オーク流、蒸し料理!

 蒸し料理……お湯を沸騰させ、蒸気の熱を使って食材を加熱した料理の総称である。


 蒸気により食材を加熱することで、食材を乾燥させずに調理でき、食材はスープがない状態でもふっくらしっとりとなる。沸点である100°C以上に蒸気の温度が上がらないため、栄養が損なわれず形も崩れない。素材の味を活かした調理に向いた調理方法である。


 調理途中で味付けができないため、あらかじめ下味をつけるか、食べる前にタレをつけて食べることが多い。


 蒸し料理は、鳥肉や魚介類など、淡白な味わいのものに向いており、臭みの強い肉やアクの強い野菜にはあまり向いていない。


 蒸す準備に手間が掛かる分、食材の旨みを殺さないヘルシーな調理……それが蒸し料理だ!



「ヒ、ヒロ、これが蒸し料理ですか?」


「た、たしかに……蒸し料理ですね」



 二人の目の前に置かれた蒸し料理の数々に、ヒロとリーシアの顔が引きつる。



「さあ、腕によりを掛けて作りましたから、いっぱい召し上がってくださいね」



 アリアが笑顔でヒロ達の前に、山盛りの料理が乗った皿が置かれていく。



「二人にお礼がしたくて、俺も一緒に作ったんだ!」



 シーザーもお手伝いをしたらしく、自慢げにヒロにアピールする。



「そうですか、シーザー君ありがとう」



 へへっと照れながら頭を掻くシーザー……横にいたカイザーが胡座あぐらをかき、『さあ食うぞ』と無言で大皿に盛られた蒸し料理に手を伸ばしていた。



「あなた! ヒロさん達が先です! はしたない!」


「す、すまん……」



 手を叩かれるカイザー……渋々手を引っ込める。



「父上も沢山食材を取ってきてくれたんだ!」


 父親の失態をフォローしようとする息子……息子に庇われる父親の図式に、ヒロの中でオークヒーローの株価が急落して行く。強さは一級品でも、他の部分の残念感が際立ちすぎて、駄目オヤジのイメージからヒロは脱却できない。


 最強の駄目オヤジ……カイザーが誕生した瞬間だった。



「さあ、ヒロさん、リーシアさん、シーザーを助けて頂いた、お二人へのお礼です。遠慮なさらずにどうぞ」



 アリアが再度ヒロ達に料理を薦めてくる。



「ヒロ……お先にどうぞ。感想を聞かせてください」


「いえ、ここはリーシアから……シーザー君を一晩中、癒していてお腹が減ったでしょう?」


「いえ! むしろダイエット中ですから……ヒロに譲ります」


「リーシア……無理なダイエットは体に悪いですよ。僕からしたらリーシアは痩せている方ですから……だから胸に栄養が「腹キッ」すみませんでした!」



 高速の謝罪を入れるヒロ……相手が言い終わる前に、謝罪を入れる高等謝罪技が炸裂していた。一級謝罪士としての道をヒロは着実に歩みだした!


 気を取り直し、カイザー親子が作ってくれた料理を見つめるヒロ……その目は、お皿に置かれた食材を凝視していた。


 白いプックリとした肉厚な食材が山盛りに盛られている。


 焼き焦げた跡がなく、蒸したことで食材の縮みもない。湯気が立ち昇る様子から、これが蒸し料理なのは明白であった。


 食材の形を損なうことなく、原型をしっかり保った蒸し料理に、ヒロとリーシアは顔を引きつらせていた。


 その訳は……明らかに芋虫がお皿に山盛りにされていたからである!



「アリアさん、この料理は……」


「はい。オーク族が、お祝いやお礼をする時に食べる虫料理です。虫は小さいですし獲るのに手間が掛かるので、普段は食べません。特別なお祝いやお礼として振る舞います」



 蒸し料理には違いないが、虫を蒸した料理とは……ヒロの予想を超えた料理が目の前に現れた!



「な、なるほど……虫の蒸し料理ですか……僕の国では馴染みがない食材ですね。無論、食べる人はいますが僕は初めて食べます」


「まあ……もしお口に合わなければ無理に食べなくて大丈夫ですよ。残してください。種族が違いますから致し方ありません……」



 アリアが残念そうに話、顔の表情を暗くする。



「えええ、母上のイーモ料理は美味しいよ」


「うむ、無理を言うなシーザー、種族が違えば食べ物も違う。こいつらが悪いわけではない。オーク族の中でもイーモを苦手とする者がいる。お前もマンピーが食べられないだろう?」


「うん……マンピーは苦いし、あんなの食べられないよ」


「それと一緒だ。だから無理を言うな。むしろこいつらが食べられない分、我らの食べる量が多くなるのだぞ?」


「そうか! さすが父上! ヒロ無理に食べなくていいよ? 代わりに僕たちが食べるから!」


「あなた達! ヒロさん達に失礼よ! 謝りなさい!」


「ごめんなさい……」


「すまん……」

 


 食い意地が張った父子おやこにアリアの雷が落ちる。



「ヒロさん、無理しなくていいですよ。果物もありますから、良ければそちらを……」



 腕によりを掛けた料理を食べてもらえないが、仕方がないと肩を落とし、他のものを勧めるアリア。



「いえ、いただきます。食べ慣れない食材ですが、食べてみないと分かりませんし……」



 ヒロは皿に盛られたイーモの蒸し料理を、手掴みで一つ摘む……摘んだ感触は剥き身のエビの様だった。適度な固さと弾力で食感は良さそうに感じる。

 


「ヒロの勇気に敬意を表します」



 リーシアはヒロのカイザー親子の気遣いを無駄にしないよう、蒸し料理に手をつけるヒロを称賛した。



「い、いただきます!」



 目を瞑って口の中にイーモを放り込みヒロ! すると……。



「う……」


「ヒ、ヒロ大丈夫ですか!」



 呻くヒロに、リーシアが何かあったのかと声を掛ける。



「う……美味いです! これは……ありです!」



 一口食べて、虫への抵抗感がなくなったのか、さらに盛られたイーモを手掴みで再び摘み、二匹目を口にする。今度はゆっくりと味わいながらイーモをモグモグと食べる。



「美味しいですか?」


「はい! 濃厚でクリーミーな味でありながら、エビみたいな食感がたまりませんね。蒸し焼きにより、身はプリプリとして瑞々しく、とても美味しいです」



 そう言うと三匹目を口にするヒロ……その顔は満足げで、お世辞ではないことを物語っていた。



「リーシアも食べてみてください。きっと気に入りますよ」


「わ、分かりました。では私も……」



 意を決して、リーシアもイーモの蒸し焼きにチャレンジする。恐るおそるイーモを摘む少女……顔の前に現れたイーモを凝視すると思わず息を飲み、人生初体験の虫の蒸し料理にリーシアは挑む。



「ヒロといると初体験だらけで、気が休まる暇がありません……女は度胸です!」



 目を瞑り、パクッとイーモを囓るリーシア!ヒロの様に一口で食べる、はしたない食べ方ではなく、上品に食べていた。口の中に溢れるイーモの濃厚でいながら、クリーミーな味にリーシアの目が『カッ』と開きその顔がほころぶ。


「こ、これは……美味しいですね♪」


 今まで食べた事がない味に、リーシアも舌鼓を打っていた。固唾を飲んでリーシアが食べる姿を見守るアリアに、ヒロが代わりに答える。



「リーシアも美味しいって言ってますよ」


「まあ! お口に合って良かったわ」



 そのまま二口三口と、イーモを口に運ぶリーシア。すぐに一匹を平らげてしまった。



「母上の料理は最強だからな」


「うむ、アリアの料理は無敵だ」


「まあ、二人共ありがとう。さあ、みんなで冷めないうちに食べましょう」



 するとカイザーとシーザーが競うように山盛りのイーモ料理に手を伸ばすと……両手に一匹ずつ持って交互に食べ始める。



「父上! そんなに食べないで! 僕の分が!」


「シーザー、食は戦いだ! 戦いに情けは無用!」


「あなた達……」



 カイザーとシーザーの口一杯に頬張る姿にアリアは呆れる。


 ヒロは、そんなカイザー父子おやこを見て、やはり似ているな~と思い、自分の父と母を思い出していた。

 カイザー親子の様にワイワイガヤガヤしながら家族でご飯を食べていた頃を……もう叶わない夢。



「ヒロ、ヒロ! こっちの果物の果実を掛けて一緒に食べると、さらに味が引き立って美味しいですよ。はい、あ~ん♪」



 リーシアが、イーモに黄色い果実の汁をしぼり、ヒロに食べさせようと口元に近づけてくる。


 ヒロは一瞬だけ迷うが、リーシアの好意に甘えた。口を開けたヒロにリーシアの持つイーモが近づき……口に放り込まれる!



「ゲホッ!」

 


 ヒロのノドちんこへダイレクトにイーモが激突する。結構なスピードで放り込まれた結果、ヒロは激しく咳き込んでいた。



「あ! ヒ、ヒロ! だ、大丈夫ですか? つい力加減が……慣れないことは、やるものではないですね」


 謝るリーシア……未だヒロは咳き込み立ち上がれない。



「リ、リーシアゴホッ、大丈夫ですがゴホゴホッ、あ~んの時は、口の中に食べ物を投げないでください」


「ヒロ……ごめんなさい」



 そんなヒロとリーシアを見たカイザーが、二人を見て笑う。



 それは馬鹿にした笑いではなく、昔の自分たちを見ているようで、微笑ましい姿に笑っていた。それを見たアリアは……。



「あなた……あ~ん♪」


「むう、あ、あ~ん」



 突然、妻アリアの『あ~ん』に戸惑うも、昔を懐かしみ、アリアもやりたくなったのだと思うカイザー……子供の前で恥かしいが、妻が『あ~ん』をしているのだ、男として受けないわけにはいかない。


 カイザーの口に近づくイーモ! 目を瞑ってイーモが口に入るのを待つカイザー……そして口に入れようとした瞬間、アリアがイーモを振り被り、思いっきり口の中にあるノドちんこに向かって投げつけた!


 綺麗なフォームから放たれたイーモが、吸い寄せられるように、のどちんこにストライクする! 



「グハッ! ゴホッ! ゴホッ! な、なにをゴホッ!」


「若い者たちの恋路を笑うなど、雄として恥ずかしくないのですか! あたなはいつもいつも! 少し反省しなさい!」



 鬼の形相で仁王立ちするアリアに、シーザーは震え上がり、足元では最強のオークヒーローが喉の痛みにのたうち回る。


 オーク族最強……それが誰なのかを、ヒロとリーシアは知るのだった。



〈絶望が希望を笑った時、最強の母が降臨した!〉

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