第76話 ヒロとリーシアの蘇生講座! Let's revive(蘇生してみよう)」
夜の闇の中、南の森の奥深くで死闘に決着はついた。
遠巻きに戦い見ていたオーク達が、再び静寂に包まれた森の中で、一人
「おさ〜、もう近づいても大丈夫か?」
「うむ。もうこいつらに戦う力はない。大丈夫だ」
カイザーがそう告げると、次々とオーク達が姿を現し集まり出した。
「うわ……ウソだろ? ボスがダメージ受けてる!」
「
二匹のオークがカイザーの傷を見て、倒れ伏すヒロとリーシアに驚きの声を上げていた。
「村の反対で起こった火事は消したぞ」
「ボス、傷の手当てしないと! 早く家に戻ろう〜」
「
「いや、そいつらは岩肌にできた洞窟に、見張りを立てて入れておけ」
「生かしておく? 手当てする?」
「手当ては不要だ。ここで死ねなら、それがそいつらの運命だ。まだ他に定めがあるのなら、勝手に生き残るだろう」
「ん〜、わかっただ〜。じゃあ、そのまま洞窟に入れておくだ〜」
カイザーは、他のオークに指示を出してハルバードを担ぐと、そのまま傷の手当てのために、村の中央にある建物に向かって歩き出した。
集まったオーク達は、意識を失ったヒロとリーシアを数匹で担ぎ、最近オーク村の近くに出来た、小さな洞窟へと運び込む。
「しっかしコイツらマジですげ〜な、
「んだな、村で一番のカイザーどんに、真っ正面からぶつかってまだ生きてるなんて化け物だ」
「いまの内に殺しといた方がよくないべ?」
「ばか! オレ達は野蛮な人族とは違うんだ! 命を無駄に刈るなんてしちゃならねえ!」
「分かっているべ。冗談だべさ……本気にするなさ」
「無駄口は叩くな〜、さっさと運ぶべ〜」
「おうさ」
「えっさ! ほいさ! えっさ! ほいさ!」
オーク達に持ち上げられ、オーク村の
「よいさっと! ふ〜、重かったべ」
「んだな〜、それにしても、こっちの雌はメンコイの〜、うちの
「お前の息子って確か生まれて二ヵ月だべ?」
「んだ〜、もういい大人だって言うのに家に閉じこもって、外で狩りをしないんだ〜」
「ゴサクのとこの娘もだべ? 家から出てこないって悩んでいたべ〜、今の若い奴らの考えはわからないべ」
「んだ〜。でも見捨てる事はできないだ〜。家族だからな〜。嫁さんでも貰えば変わるかも知れんかと思ったが〜。倅に嫁ぐなんて、この子がかわいそうだ〜」
「そのうちに家の外に出てくるべ。さあ、見張りは若い者に任せてオレ達も寝るべ。一晩中、村の警備をしていて疲れたべさ」
「おらが、若い奴さに見張りするよう言っとくだ〜」
「頼むべ、さあ寝るべ、寝るべ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オーク達に洞窟に入れられて数時間が経過したが……まだ朝日は昇らない。一切の光なく暗闇が支配する洞窟の中で、少女が目を覚ます。
「ん……こ、こは……」
意識がハッキリとしない中、ボンヤリとした頭の中に、ヒロの顔が浮かびリーシアは覚醒する。
「そうです! ヒロ!」
リーシアが痛みを堪え、構えながら立ち上がる。
真っ暗闇の中、オークが近くにいないかリーシアは周りの気配を探る……自分以外の気配は感じられず、とりあえずオークに殺されていないことに安堵する。
目が暗闇に慣れておらず、周りが見えないリーシアは、まずは目を閉じ視力を断つ。
五感の一つを封ずる事で、他の感覚を研ぎ澄まし、一時的にリーシアは他の感覚を底上げしていた。
肌の触覚が感じる空気の流れから、今いる場所が密閉された空間である事を読み取る。
聴覚が、他の生き物の息づかいや体の発する音がないかを探る。
そしてリーシアの嗅覚が、自分のすぐ傍で、むせ返る程の大量の血が流れている事を嗅ぎ分ける。
すぐそばにある大量の血……戦いの中で嗅ぎ慣れた鉄が錆びたような匂いに、リーシアの心の中に嫌な予感が
「えっと……ま、まさかですよね? まさかヒロのわけが……きっとヒロが倒したオークの死体とかですよ」
リーシアが心の不安を打ち消すかの如く、ワザと声を出して否定する。だが、否定しようとすればするほど、リーシアの心の不安は大きくなっていく。
「きっと、ヒロだけがうまく逃げて、私が一人捕まってしまっただけです! 私もドジですね。ヒロが……」
考えてはいけない答えに、声を出して否定を続けるリーシア……だが、彼女がいくら否定の考えを巡らしても、最終的には同じ結論に達する。
「そんな事、あるわけないです。あのヒロが……」
どれくらいそうしていただろうか……夜目を利かすため、目を閉じ、他の五感を研ぎ澄ましていたリーシアがつい決意する。
目蓋の裏で、暗闇に慣らした目をゆっくりと開いていく……ゆっくりと……ゆっくりと……そしてリーシアの視界にある男の姿が飛び込んできた。
目蓋を開き切ったリーシアの目に、横たわったヒロの姿が見えてしまった。
「ま、またですかヒロ……また私を驚かそうとして……じょ、冗談にもほどがあります」
何も返答しないヒロに話し掛けながら、リーシアが近づく……その顔の頬には涙が流れ出していた。
「ウソです! ヒロが……ヒロがこんなところで死んでいるわけないです! いつもみたいに馬鹿な事をしているだけです! 今なら冗談で許してあげますから、早く起きて下さい……ねえ? 起きてヒロ!」
だがヒロは起き上がる事はない……リーシアの叫びは虚しく暗闇の中に消えていく。
血塗れで横たわるヒロの隣で、ペタンと座り込んでしまったリーシアの顔は、涙でグシャグシャになっていた。
「もうイヤです……もう自分のせいで人が死ねとこなんて見たくないのに……なんで……」
するとリーシアが、冷たくなったヒロの手を取り、自分の額に当てながらヒロに謝まりだした。
「ヒロ……ごめんなさい。あなたを助けられなくて……私はやっぱり生きているべきではなかったのかもしれません。魔女の子供だから……あの時、母様と一緒に殺されていればヒロは死ななくて済んだのかも知れないのに……私なんかが生き残って……もう、私にはどうすればいいか分かりません」
リーシアの目は暗く沈み、何かに懺悔するかのように、ヒロの手を握り祈る……ヒロが安らかな眠りにつけるようにと。
まだほんのり温かなヒロの手に、リーシアの涙が零れ落ちる。そして少女はあることに気がつく……。
「……ほんのり? ……温かな⁈ ……手! なんでまだ温かいんですか!」
ほんの少しだけある温もりに気がついたリーシアは、ヒロ胸に耳を当てるが心音は聞こえない。
確かに心肺は停止している……たが、停止してからまだそれほど時間が経ってはいない事に、リーシアは気がついた!
「まだ……まだ間に合います! ヒロ!絶対に死なせませんよ!」
仰向けになったヒロの心臓のある位置に、膝立ちになったリーシアが両手を重ねて置く。
「ヒロ……いきますよ!
リーシアが目を閉じ、へその下にある丹田に意識を集中する。丹田で発した気が体の中を高速に巡回し増幅する……限界まで練り上げた気がリーシアの体の中を駆け巡り、腕から掌へと流れる。
心臓に流し込まれた気が、ヒロの血管を伝わって体の中で気の流れを作り出す。
心臓から流れ出る気は、まるで血液が流れるが如く体の中に浸透していき、体の隅々にまで気が満たされた時、全ての気がつながり、リーシアと同調する。
「ヒロ……お願いです。生き返ってください!
リーシアの手から爆発的な気の本流がヒロの心臓にぶつけられ、その衝撃で止まっていた血流が少しだけ動くが、すくにまた止まってしまう。
一度では終わらず、リーシアは何度も心臓に気を打ち込み続け、その度にヒロの手足が飛び跳ねる!
気をぶつけること十数回……まだヒロの鼓動は戻らない。
だが、リーシアは諦めない。たとえヒロの心臓が破裂しようとも絶対に生き返らせる……少女の強い意志が、心臓に打ち込む絶妙な気のコントロールを飛躍的に向上させる。
「お願い……ヒロ死なないで!」
リーシアの願いと思いを込めた一撃をがヒロの心臓に打ち込まれると……ヒロの胸に置いたリーシアの手に、『トクン、トクン』と、心臓の鼓動が伝わってきた。
すると気の流れを補助に、止まっていた血流も一緒に流れ始め、ヒロの体内で血流が復活した。
「やりました! ヒロの心臓がまた動き出しました!」
弱々しいが、確かに動き出した心臓の鼓動に、リーシアが歓喜の声を上げていた。
とりあえず、蘇生に成功したリーシア……だが、まだ予断を許さない状況に、少女は次の行動に移る。
いくら心臓が動いたとしても、この胸から腹にできた傷を放っておけば、また心臓が止まってしまう。まずは根本的な傷の治療が最優先だった。
いまリーシアが持つ有効な治療手段は、腰に差したポーションを傷に掛けるか、飲ませるか……後者の方が傷が早く治癒されて効果も高くなる。
気を失っている者にポーションを無駄なく飲ませるには……リーシアはヒロと口づけするシーンを想像して顔を赤らめるが、迷っている暇はなかった。顔を軽く叩き、リーシアは意を決する。
腰のベルトに差していた最後のポーションを手に取り、フタを開ける。そしてリーシアはポーションの中身を口に含むと、そのままヒロの口に合わせて、口移しにポーションを飲ませていた。
なかなか離れない唇……少し時間が掛かったがうまくヒロがポーションを飲んでくれた。
「相変わらず、ポーシュンは不味いですね……甘いポーションとかないものでしょうか? 初めてがポーション味っていうのはどうなんでしょう……」
リーシアが照れ隠しに、ポーションの不味さを強調してファーストキスの事を誤魔化が……それがセカンドキスである事を、彼女はまだ知らない。
ポーションを飲ませ終わったリーシアは、次にヒロの破れた服を脱がし、ヒロの胸の傷に当てがい、キツく縛った。
それは血流が戻ることで、再び流れ出した血を止めるための止血だった。
とりあえずの応急処置を終えたリーシアは、その手をそっとヒロの胸に置き体温を確かめる。
「やっぱり冷たいです。脈はあっても体温が低すぎます。このままでは、また心臓が止まりかねません。なんとかして温めないと……」
だが手持ちのアイテムは、ほとんどをヒロの持つアイテム袋の中に入れてしまっており、リーシアでは取り出すことができない。
毛布一枚ない状況でヒロの体を温める方法は一つしかなかった。
「こういう場合の対処方法は、知っていますが……」
頭の中で、ヒロを温める方法を思い描くリーシアの顔が妄想で赤くなり、無駄に彼女の体温が高くなる。
裸で抱き合うヒロとリーシア……現実でそれをやるのは、少女にとってハードルが高すぎた。
妄想しただけで、恥ずかしくなり顔を伏せてしまいそうになるリーシア……この手の話に耐性がない彼女は、腕を組んで『ウンウン』悩み始めてしまった。
ヒロの命と乙女の恥じらいを天秤にかけ……リーシアは悩む。
「さ、流石にそれは……ですが他に方法が思いつきません。緊急事態ですし……し、仕方がありません。ここまで来たら絶対に死なすわけにはいきません!」
リーシアは決断するや否や、すぐさま傷ついた愛用の防具一式を脱ぎ、シャツとキュロットスカートの姿でヒロの横に立つ。
「こ、これは人命救助です! 恥ずかしくはないです! ヒロ……この借りは大きいですからね?」
リーシアは顔を赤くしながら、キュロットスカートを脱ぎ、シャツに手を掛けるとそこで手が止まる。
「ええ〜い! 女は度胸です!」
その掛け声と共に、一気にシャツを脱ぐとリーシアが下の下着一枚のあられもない姿になり、そのまま横たわるヒロの背中に、ピッタリとその体を密着させた。
「ひえ〜、つ、冷たいすぎです……こ、これは私の方が凍りつきそうですよ」
リーシアが少しでもヒロの体温を上げようと『ギュッ』と力を込めて体を密着させる。
ヒロの背中にリーシアの胸が、これでもかと押しつけられていた。
普段のヒロならば、背中に当たるグレープフルーツの感触にドキマギして喜んでいただろうに……意識がないことが悔やまれた。
「こんなものでも、ないよりはマシですね」
想像以上に冷たいヒロの身体に、リーシアは着ていた服を毛布代わりにすると、ヒロに固く抱きつき、自分の体温をヒロに分け与えるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どの位そうしていただろうか……暗闇の中に日の光が差し込み始め、少しずつ周りが明るくなっていく。
ヒロの治療を優先したため、自分のいる場所の確認もできていないリーシアは、光が差し込む方向にオークが見張りとして立っている姿を見る。
どうやらオーク達に捕まり、この逃げ場のない狭い洞窟に囚われてしまったようだ。
「やっぱり捕まっていましたか……」
少しずつだが、ヒロの体温が上がってきている。このままヒロが回復すれば事態は好転するはずである。
今はただ、ヒロの回復をひたすらに待つしかない。
リーシアはヒロの温かさを感じながら
〈少女の献身が、勇者の一命を取り止めた!〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます