勇者ですか？ いいえ……バグキャラです！

第74話 ヒロと……いけない右手

「さて、そろそろ時間か……それじゃあ最後におさらいだ。成果を見せてみろ！」

「……」

　サイプロプスが剣を上段に構えると、ヒロは脱力したまま肩の力を抜き、ショートソードをダラリと下げると無気力に立ち構えた。

　一瞬の沈黙……次の瞬間、サイプロプスの目に見えない神速の一撃が、ヒロの真正面に振り下ろされる！

　およそ視認して避けるなど、不可能に近い剣撃をヒロはショートソードを頭上に掲げて受け止めていた。

　そして剣先をほんの少し地面に向けて傾けると、サイプロプスの攻撃を横に流してしまう。

　最小の動きでサイプロプスの剣をヒロは回避していた。ヒロはそのまま一歩前へ踏み出し、剣の柄でサイプロプスに突きを繰り出す。

　柄をかわすため、左に避けるサイプロプス……だが避ける方向をコントロールしていたヒロの突きが、右上から斜め左下へ振り下ろす袈裟斬りに変化してサイプロプスを追撃する！

　サイプロプスが横に攻撃を避けようとするが、一瞬だけ体が硬直したかと思うと急に後ろに飛び去り、剣の間合いから脱しようとする。

「Bダッシュ！」

　ヒロが Bダッシュでサイプロプスを追い掛ける。Bダッシュの加速スピードで先に飛んだサイプロプスにヒロが追いつく。

　ヒロはショートソードを横に振り抜いて、サイプロプスの後方に着地して止まった。

　ヒロの攻撃はサイプロプスの剣で防がれ、惜しくも攻撃を当てる事ができなかった。

「ふむ、まあ良いだろう。合格だ！」

「ふ〜、何千回死んだか、分からなくなるくらい殺されて、ようやくか……」

　サイプロプスに一撃を加えたヒロの瞳に光はなく、働き過ぎて疲れ果てたナマケモノのような目をしていた。

「今の攻撃は、なかなかイイ線いっていたぞ。空中に逃げた奴は、次の選択肢が狭まるからな。跳ぶ方向もうまく誘導できていた」

　サイプロプスがヒロを褒めるが……ヒロはスッポンポンの言葉を間に受ける程、純粋ではなかった。

「良くいうな……最後の一撃も余裕で防いでいたクセに……褒められた気がしないぞ」

「フッフッフッ、自分と相手の実力を正確に測る力も身に付いたようだな」

「あれだけ殺されればな……」

　呆れた口調で答えるヒロに、サイプロプスが笑いながら話しを続けた。

「クックックックッ、およそ考え得る斬撃で殺しまくったからな……だが、覚えたのだろう？　全ての斬撃の返し方と対処方法を」

「ああ、死ぬ気で覚えさせられたからな！　おかげで大抵の斬撃は初見でも対処できそうだよ」

「死んで覚えるなんて、中々できない経験だぞ？　感謝しろ」

「何を偉そうに……こっちは死ぬ時の痛みと恐怖で、廃人になる寸前だったんだぞ！」

「だが、いい経験ができただろう？　戦いにやり直しは効かない。命の取り合いだからな……負ければそこまでだ。だから負けない立ち回りをしろ。戦いとは勝った負けたじゃない。生きるか死ぬかだ。生き残った奴が勝者なのさ」

　サイプロプスが、無茶な鍛錬方法に不満を垂れるヒロに忠告する。

「分かっている。体の芯にまで攻撃を叩き込まれたおかげで、相手の攻撃を見ていなくても、体が勝手に反応して動くようになった……これで不意打ちで死ぬ可能性が減ると思う……ありがとう」

「礼は要らぬ。俺の目的のために、おまえを鍛えているのだからな。そろそろ時間か……」

　そう語るサイプロプスの輪郭がボヤけ始める……そしてヒロも……どうやら別れの時が訪れたようだ。

「最後に言っておく。俺が教えてやったとっておきだが、使い過ぎるなよ。種がバレれば効果は薄くなる。だが、格上相手なら絶対にハメられる！　禁じ手の投げハメに近い……うまく使えよ」

「ああ、分かっている。精々（せいぜい）しぶとく生き抜いてやるよ」

「その意気だ……生き残れよ！　ではまた会おう！」

「できれば、次は服を着て来てくれ……お願いだから」

　呆れ口調のヒロに、消えゆくモザイクスッポンポンが最後の言葉を掛けて消えて行く。

「あっ！　言い忘れていたが、現実世界のお前は死に掛けているから、気合を入れて行けよ。気を抜いて戻ったら、死ねからな！」

「え？　ど、どういう事？　ちょっと、ちょっと待って！」

「現実で死んだら、この世界で経験した意味がなくなるぞ……と言う訳でサラバだ！」

「待てよ！　ちきしょう！　何が『と言う訳』だ！　詳しく説明しろ！　ごらあああああぁぁぁぁぁぁぁ！」

　そしてヒロは目醒める……夢と現実の狭間から……新たなる力を宿した魂が再びガイヤの世界へと舞い戻った！

…………

「説明しろ！　ごらあああああぁぁぁぁぁぁぁ！」

　声を上げながら、ヒロは上半身を跳ね起こし目覚めた！

《右手から、柔らかなものを触る感触がする……》

　薄暗い、ヒンヤリとした空間で目を覚ましたヒロは、ボンヤリとした意識に掛かった霧を、振り払うかの如く頭を振り、無理やり覚醒を促す。

《なおも右手には、柔らかく押せば跳ね返る心地よい弾力が伝わって来る》

「ここは一体……僕は……何を？」

「ん♪」

　周りを見回しながらも、温かく柔らかい弾力の何かを揉む感覚が伝わってくる。

　ヒロは一体何を手にしているのかと、右手へ視線を向けると……あどけない顔で目を閉じ、規則正しい呼吸で寝息を立てるリーシアの寝顔が目に飛び込んできた。

　普段、女の子の寝顔など見る機会がないヒロは、その寝顔に見とれてしまう。

《温かでスベスベした気持ちいい弾力が、ヒロの右手に伝わってきた》

　リーシアの寝顔を一分も凝視してしまったヒロは、未だ手に吸い付くような柔らかさを堪能する右手の感触を思い出す。

《手を置けば、そのままどこまでも沈み込んでいく柔らかさを右手が感じている》

　ヒロがリーシアの寝顔から視線を下に移動すると……そこには、下しか履いていない……下着姿のリーシアが寝ていた！

《右手から伝わる感触に、小さな突起の感触が追加された》

　ヒロの右手はリーシアの胸に伸びており……そのたわわに実ったグレープフルーツ大の柔らかな胸に手を置いている。

《右手が、リーシアの鼓動を感じながら弾力を楽しみだした》

　今起こっている状況を、ヒロが整理し思考しようとすると……。

「んん……♪」

　リーシアが悩ましげな声を出して薄っすらと目を開いた。

《最後の時を右手が感じとり、その全てを堪能しだした》

「ん〜、……ヒロ？」

　起きたばかりで意識がハッキリしないリーシアが、惚けた顔で、ヒロを『ボ〜』っと見る。

《右手がラストスパートで胸を揉み始めた！》

「やあ！　リーシア、おはよう！」

「……ヒロ、……ヒロ！　気がつきましたか⁈　良かった！」

　そういったリーシアが裸のまま、ヒロの首に手を掛けて抱き着いてきた。

《右手はバレない様、最小の動きで胸の柔らかさを、まだ確かめていた……」

「ヒロ、傷は大丈夫ですか？　私が目覚めた時には、ヒロと一緒にこの洞窟に囚われていて……ヒロの胸にすごい傷が……」

「ん？　胸にすごい傷？　そう言えばサイプロプスが死に掛けているから気合を入れろって……なんか体が痛くなって来たぞ」

《右手が少し大胆に、感触を再び楽しみだした》

「私の持っていたポーションでは血を止めるのが精一杯で……ヒロがこのまま目覚めずに、死んじゃうんじゃないかと思って……心配していました」

「そうでしたか……リーシア、心配を掛けてすみませんでした」

《いける！　このビッグウェーブ……乗らないわけには行かない！　右手はそのたわわに実ったグレープフルーツの重さまでも堪能する》

　体に痛みが走り始めたと思ったが、すぐに痛みが消えた。サイプロプスが言う程の大怪我の痛みは感じられない。ヒロが感じるのは、右手から伝わる心地良い感触のみだった。

　さっきも傷の事を聞かされ痛みを感じはしたが、すぐに右手からの感触で痛みはなくなっていた。

　まあ問題はないだろうとヒロは楽観視しながらも、右手の動きは止まらなかった。

　たが………ついに自分の胸で蠢くヒロの右手に気がついたリーシアが、声のトーンを落として尋ねてきた。

「時にヒロ？　この私の胸に置いたヒロの右手が、ずっと離れずに動いているのはなんですか？」

《もうなり振り構っていられない！　右手は最後の時を待ちつつも、普通に感触を楽しんだ！》

「な、なんでしょうねコ（・）レ（・）……」

「ヒロ……」

　ヒロの胸に顔を埋めていたリーシアが、顔を上げてほほ笑む。その表情は、正しき者には聖母の優しさを、邪な者には鬼女の怒りを連想させた。

　リーシアの目のハイライトが暗く沈み……汚物を見る眼差（まなざ）しへと切り替わる！

「いい加減離れてください！　変態（ヒーロー）！」

　リーシアの平手打ちが、ヒロの頬にクリティカルヒットした！

　吹き飛ばされ地面を転がるヒロは、洞窟の壁に激突してようやく止まった。

　リーシアの一撃で吹き飛ばされ、フラフラになりながらも立ち上がろうとヒロ……たが、体は思うように動かない。

　するとなぜか体中に痛みが走り始め、涙を流す程の痛みにヒロは悶え苦しみだした。

　まるで外科手術を受け、麻酔が切れた直後のように、体の内側から湧き上がる耐え難い痛みに、思わず悲鳴を上げる。

「な、なんだコレ！　痛い！って、レベルじゃないぞコレ！　いってぇぇぇぇぇぇぇ！」

〈リーシアの会心の一撃が変態（ヒーロー）に決まり、勇者は絶叫を上げた！〉