第73話 ヒロと仮面の男

 それは白く、滑らかな曲線を描く仮面を着けていた。両目の中央に埋めこまれた赤い宝石が赤い光を灯し、その姿は怒りに燃えるひとつ目の怪物を連想させる。

 


「ふむ、上手く乗り越えられたみたいだな。本神ほんがみ 英雄ヒーローよ」


「……あなたは誰です? なぜ僕の本名を知っているんだ? 女神ですら間違えた僕の名前を?」



「俺か? そうだな……この仮面を着けているなら、あの名を名乗らないわけにはゆくまい。俺の名はサイプロプス! お前を誰よりも知る男だ!」



 頭からすっぽり顔を覆う仮面を着けた男の声は低い。仮面のせいで声がくぐもって聞こえるが、その落ち着いた口調から、20~30代では出せない雰囲気を感じさせる。



「さて、まずはおめでとうと言っておこう」


「おめでとう?」


「そうだ。君との出会いと、俺の課題を乗り越えたことにな」


「課題? さっきのはお前の仕業か!」



 ヒロが心の奥に仕舞い込んだ過去を思い出していた。



「なぜ……なぜお前が僕の過去を知っている?」


「言っただろう。俺は誰よりもお前を知っていると、お前が過去に葬りさった苦い経験……それを利用させてもらった」



 サイプロプスは淡々とヒロに語る。



「あの結末は決まっている。今さら過去をほじくり返して、何の意味がある!」


「意味はあるのさ……今は分からなくていい。ただこのタイミングで、あの過去の経験を見つめ直すことが重要なのだ」



 見たくない過去を勝手に見せられ、ヒロの心の中でサイプロプスに対する怒りが湧いてくる。



「そう怒るな。あれは重要な要素ファクターだった。この先の試練を乗り越える上でな……」


「重要な要素? 試練? お前は何を知っているんだ!」


「だからそう怒るな英雄ヒーロー、今はまだ答えられんのだ。さて、折角こうしてお前と出会えたのだ。答えられない代わりに、一つお前に手ほどきをしてやろう」



 サイプロプスの一つ目が怪しく光と、ヒロの目の前の空間にモザイクが現れすぐに消える……するとモザイクが消えたあとに、ヒロが使っているショートソードが地面に突き刺さっていた。


 ヒロは突如現れたショートソードを手にすると、地面から引き抜いて確かめる。



「僕が使っているショートソード?」


「うむ、お前の武器を再現した。寸分違わず同じはずだ」



 するとサイプロプスも又、いつの間にか出現させた剣を手に構えていた。



「なんでアナタが僕を鍛える必要が?」


「俺の目的のために、お前には強くなってもらわないとならないのでな」

 

「目的?」


「いずれ分かる……さあ、構えろ。お前を強くしてやる。掛かって来い!」



 サイプロプスが声を上げて挑発するが……ヒロは眉をひそめ

て何か言いたげな表情を浮かべていた。



「あの……」


「なんだ? 時間は有限だぞ? さっさと掛かって来い!」



 声を張り上げるサイプロプスに、ヒロがコメカミを押さえながら答える。



「やはり、やりづらいので言わせてください。とりあえず服を着てくれませんか? 仮面姿のスッポンポンに鍛えられる光景を思い描くとちょっと……」



 サイプロプスが、おもむろに視線を下に向ける。



「いつからだ?」


「最初からです」


「そ、そうか……すまなかったな」


 サイプロプスの赤い一つ目が弱弱しく点滅する……どうやら恥ずかしいサインみたいだ。



「待て、いま服を出すから」



 すると一つ目が強い光を放ち明滅するが、何も起こらない……サイプロプスは依然スッポンポンのままだった。



「むっ、剣を出したところで力を使い果たしたか? 参ったぞ……し、仕方がない」



 サイプロプスの一つ目が再び赤く光ると、丸出しだった局部にモザイクが掛かり、ギリギリセーフな姿に変わる。



「これでよし! さあ、掛かって来い!」


「よくないよ! たいして変わってないし! むしろ余計に怪しいからそれ!」


「スッポンポンよりマシだ! ツベコベ言わずに掛かって来い! 強くしてやるから! さあ!」



 局部モザイクのスッポンポンが剣を手に、ヒロを待ち構える。



「なんだろう? このノリ……嫌いじゃないけど。謎が多すぎて状況が飲み込めない。仕方がない。付き合ってやろう。裸の男との斬り合いは嫌だけど!  Bダッシュ!」



 ヒロは嫌々言いながらも、キッチリとサイプロプスに奇襲を掛ける。


 至近距離からの Bダッシュアタック! 初見の相手には有効な攻撃なのだが……当然のように剣で防がれて弾かれてしまう。



「なっ!  Bダッシュアタックを初見で防いだ⁈」


「軽いな、まあその歳では及第点……ほら、手を止めるな。避けて攻め続けろ!」


 サイプロプスが次々と剣を繰り出し、ヒロが防戦一方に追い込まれる。



「さっきまでの威勢はどうした! さあ攻めて見ろ! 格下とばかり戦っているからこうなるんだ! 相手の攻撃をただ防ぐだけじゃ意味がないぞ! 相手の攻撃を利用しろ! 自分が有利になる立ち回りを常に心掛けろ!」



 ヒロは防御に手一杯になり、サイプロプスの攻撃を捌くだけで攻撃に転じられずにいた。



「格好は変態なのに、実力は本物なのか! 一撃が重い……クソ!」


「ホラホラッ! 足元がお留守だぞ!」



 足を引っ掛けられ地面に転ぶヒロは、すぐに剣を構えて立ち上がるが……喉元にサイプロプスの剣が突き刺さり瞬時に引き抜かれる。ヒロの切り裂かれた傷口から血が盛大に吹き出すと、そのまま自らが作った血の海に倒れ込んでいた。



「な、そんな……」


「フッハッハッハッハッハッ」



 ヒロが最後に見た光景は、喉から引き抜いた剣に付いた血を、笑いながら払うサイプロプスの姿だった。


 死にたくない。そう思うヒロの意識が暗い闇の中に沈んでいく……完全なる闇に包まれた時、ヒロが目を覚ました!


 狐に騙されたみたいに、ヒロとサイプロプスが向かい会って対峙していた。目の前にはモザイクスッポンポンのサイプロプスが、ニヤつきながら構えを取る。



「ぼ、僕はいま、お前に喉を突かれて……」


「ああ、たしかにお前はいま死んだ。だが、この空間での死に意味はない。だから何度でも死んで覚えろ。お前の死ぬ限界ギリギリのラインが何処なのかを」



 サイプロプスが再び攻撃を開始する。


 その手にする剣の一撃が、先ほどの攻撃よりさらに重さとスピードが上がっていた。さっきまでの攻撃でもギリギリだったが、今度は防ぐことすらできず、ヒロの体は徐々に傷ついていく。裂ける皮膚と斬られる肉の痛みに耐え、ヒロはただ避け続けた。



「そうだ、痛みに慣れろ。死に慣れろ! 戦いの最中、無傷でいられる戦士なんかいやしない。傷の痛みで剣が振れないなんて甘っちょろい奴は死ぬだけだ! ガイヤの戦いはスポーツじゃない。殺し合いだ! 負ければ死ぬ。弱肉強食の世界だ!」


 サイプロプスの剣が、今度はヒロの首を刈り、頭を体から真っ二つに切り離した……宙を飛ぶヒロの頭が、自分の……首のない体を見ていた。



「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 ヒロが絶叫を上げると、再び目の前に剣を構えたサイプロプスが現れ、ヒロが何事もなかったかの様に立ちすくんでいた。



「さあ、痛みに慣れてきたか? 次はどんな死に方がいい? 選ばせてやる」


「な、なんでこんな……僕は死んで……」



 ヒロの心が死の恐怖で萎縮してしまう。

 


「いったろう? 時間は有限だと。悠長に手取り足取り教えている時間はない。都合のいいことに、この空間でいくら死のうと現実世界の肉体に影響はない。お前に足りないモノを教えるには最適な環境というわけだ」


「足りないもの?」


「ああ、お前に足りないもの……それは経験だ!」


「経験?」


「そうだ。様々な攻撃を受ける経験。痛みを抱えながら戦う経験。どう攻撃されれば自分が死ぬのかを知る経験。どう剣を振れば生き残れるのか? どう立ち回れば敵を出し抜けるのか? どうやれば効率的に敵を殺せるのか? およそ修練では辿り着けない経験を、この空間なら積むことができる!」


 サイプロプスが話しの途中で再び剣を振るうと、熱い痛みが腹部に走りヒロが視線を落とすと……腹を斬られ傷口から赤い血が流れ出していた。そして体の中に収まっていた腸が飛び出すと……ヒロは痛みで倒れ込み、地面をのたうち回っていた。



「ぐうっあぁぁぁぁっ!」



 焼けるような痛みに声を上げるヒロに、サイプロプスは無情にも剣を振るい、頭を真っ二つにされる。



「いちいち痛みに声を上げてる暇があるなら、次の一手を模索しろ。さあ、ボヤボヤするな。さっさと剣を構えろ。何度でも立ち上がって挑んでこい。この瞬間を無駄にするな!」



 何度殺されても、元の状態に戻るヒロ……まるでゲーム機のリセットボタンを押されたように、全てがなかったことにされる。

 


「痛! いくら死んでも問題がないと言っても、斬られる痛みは本物と同じかよ」


「当たり前だ。それでなくては意味がないからな」


「強くなるためだとしても、このまま死に続けたらいつか精神が擦り切れて廃人になりそうだ……割に合わないぞコレは!」



 ヒロは守っても勝つことができないと感じ、今度は攻めに転じるが、サイプロプスは軽くいなして攻撃を避ける。



「ゴチャゴチャうるさい奴だな……じゃあ、もしお前が俺へ一撃でも入れられたら、俺のとっておきの技を教えてやる。これでどうだ? さあ、人参をぶら下げてやったんだ。死ぬ気で挑んでこい!」


「忘れるなよ、その言葉!」



 そして永遠とも捉えられる剣撃の音が、謎の空間に響き渡るのであった。




〈ヒロと下半身モザイク男との死闘が始まった!〉

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