第5章 勇者、潜入ミッション編
第56話 勇者と最弱にして最凶なる者
オーク Fランク 危険度☆☆☆☆☆
豚の頭部と人間に近い体を持つ魔物。人のように、武器や防具を装備して襲い掛かって来る。
単独ではそれほど強くはないため、同ランクの冒険者なら、一対一の戦いで負けるものは、まずいないであろう。
その肉は美味であり、ギルドの素材収集クエストで、いつも募集される人気食材のひとつである。
魔力スポットから一度に生まれるオークの数は、五〜六匹ぐらいであり、大量には生まれない。
魔力スポットから生まれたオークの大半は、その肉の美味さ故に、人や魔物に積極的に狩られてしまう定めにある。生まれた直後から食べられる事を運命づけられた最弱な種族……それがオークなのだ。
だが弱いからと言って油断していると、足をすくわれる羽目になる……オークが真に恐ろしいのは、その数を増やした時にあるからだった。
偶然魔力スポットからオークが生まれた際、他の魔物に食べられずに大量のオークが生き残る場合があり……その生き残ったオークが繁殖し数を増やした時、恐るべき現象が発生する。
オークは元来、繁殖力旺盛で子供を身籠ると、わずか1ヵ月で子供を産んでしまう。一度に生まれる子供の数は平均5匹。生まれた子供は二ヵ月で大人となり、また子供を産む。
オスとメス。5組のオークがいたとして、単純計算で1ヵ月後には25匹の子供が生まれる。
2ヵ月後もまた25匹……3ヵ月後では、最初に生まれた子供が成人して15 組のオークが子供を産む事になる。
4ヵ月も経てば実に100匹以上のオークが誕生する計算である。
無論、増える間に死ぬ個体もいるだろうが、それでも時が経てばたつほど、オークの数は爆発的に増えてゆく。
オークが集落を形成し始めた時、早期に全滅しなければいけない理由はここにあった。
放っておけばその数は増え続け、手が付けられなくなる。そうなれば周辺にある町の食料事情は最悪な状況を迎えてしまう。
ねずみ算式にオークの数が増えても、それらを養う食料が増えることは決してない。無計画に増えすぎたオークが森の食料を食べ尽くすと、最終的に食べ物を求めて、周辺にある町や村を襲い出すのである。
恐るべき食欲は、やがて死を超越した大行進へと変貌し、行く手を阻むもの全て飲み込んでしまう……オークが通ったあとには、食べ尽くされた残骸だけが残される事となる。
個としての強さよりも、種としての数の多さが最大の武器となるオーク……本来は集団戦を得意とする魔物なのだ。数による圧倒的な暴力は、恐るべきデスパレードとなって災厄を撒き散らすのである。
オークを見かけたら、その美味な肉に心を躍らせるだろう。だが、オークの数が限界を超え増えた時、狂気が世界を蹂躙する。
オークによって持たらされるものが、幸か不幸か……どちらになるのかは、誰にも分からない。
著 冒険者ギルド 魔物図鑑参照
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ケイト助けて! 今オークに捕まっているの!』
ケイトが開いたメールには、そうメッセージが書かれていた。
「どうしましたケイトさん?」
「パーティーメンバーのシンシアから、メールが送られて来ていたの! まだ生きてる。でもなぜかオークに捕まって助けを求めているの……いまどこにいるのかメッセージを送って聞いてみるわ」
『他の皆は? 今いまどこにいるの⁈』
早る気持ちを抑え、短いメッセージをシンシアに送ると、もどかしい気持ちのままケイトは返事を待つと……ほんの2〜3分で返事が返される。
『ミミックに寝ている所を襲われて、声も出せないまま連れ出されたの。その途中で遭遇したオークにミミックは倒されたけど、今度はオークに捕まってしまって……今どこかに向かって連れ去られている途中なの』
『なにか目印になる物はない? なんでも良いから』
『周りが暗くて、何も見えないわ』
「シンシアひとりしかいないみたい……周りが暗くて目印になる物は、何も見えないって……」
その声にヒロはアドバイスを口にする。
「月は? いま見えている月に対して、どっちに向かって移動しています? どの位の速度で移動しているのか、シンシアさんの目線の高さも一緒に聞いてください。あとオークは、いま何匹いるのかもお願いします」
「分かったわ」
『シンシア、月が見えていたらどの方角にあるか教えて。あと移動速度といまのあなたの目線の高さ、オークの数も教えて』
メールを出し終わり、沈黙の時を過ごす三人……ただ、シンシアからの返信を黙って待つしかなかった。
するとシンシアから返信があり、ケイトがヒロに情報を伝える。
「右斜め上に月が見えいるみたい。移動速度は普通に歩くスピードで、オークに担がれているから正確ではないけど、高さは大体160cm位、オークの数は五匹だって」
「ヒロ?」
ケイトの情報を聞いたヒロが目をつぶり考え出す……元の世界で培った先人達の知識を借りて、シンシアのいる場所を割り出そうと深い思考に入り込んでいた。
しばらくすると、ヒロが突然『カッ!』と目を見開くと、ケイトとリーシアに顔を向けながら口を開いた。
「大体の移動する方角は分かりました。急いで追いかけましょう」
「え? シンシアのいる場所がわかったの⁈」
「ヒロ、本当ですか? たったアレだけの情報で?」
「はい。ですので、荷物をまとめて移動しましょう」
にわかに信じがたいヒロの言葉……だがシンシアの居場所に見当もつけられないケイトに、ヒロの話を否定する材料はなく、素直に従うしかなかった。
「最小限の荷物だけまとめるわ」
移動の邪魔になると、仲間の遺品を置いていこうとするケイトに、ヒロがリーシアの顔を見ながら話し掛ける。
「リーシア緊急事態です。あの事をケイトさんに話します」
「仕方がないですね」
リーシアは致し方ない状況に、アイテム袋の事を話す事に同意する。
「ケイトさん。これから見せるアイテムの事は絶対に秘密にしてください」
ヒロとリーシアの真剣な眼差しに、ケイトはうなずく。
「何をしようとしているか分からないけど、仲間の命が懸かっているんだ。秘密にして欲しいと言うなら絶対に守るよ」
「ありがとうございます。じゃあ、荷物を全て一ヶ所にまとめてください」
「一ヶ所に? ……分かったよ」
三人で急ぎ荷物をまとめると、ヒロは腰に吊るしていたアイテム袋の中へ、次々と荷物を放り込み始めた。
「それ……まさかアイテム袋なの⁈」
「内緒ですよ」
リーシアが鼻の前に人差し指を立て、『シー』とポーズを取ると、ケイトは慌てて両手で口を塞いでいた。
初めて見るアイテム袋に驚くケイト……そんは彼女を尻目に全ての荷物が、アイテム袋に収まってしまった。
「これで全部ですね。さあ急ぎましょう。大体の移動する方角は分かります。シンシアさんに、いま教えてもらった情報に変化があったら、逐一教えて欲しいと伝えてください」
「ああ……いま伝える」
素早くメールを打ち込むケイト……最後に必ず助けるの一文を入れ、メッセージを送る。
「お待たせ、メールしたよ」
「では、行きましょう!」
ヒロを先頭に、それぞれが持つ松明の明かりだけを頼りに、三人は夜の闇を歩き始めた。
ヒロの足取りに迷いはなく、ドンドン夜道を突き進む。
夜の森は目印になるものが闇に隠されてしまう。舗装された道と違い、真っすぐに歩く事ができない。邪魔な木々や障害物を迂回する際、知らずに進行方向を狂わされ目的地から外れてしまう事が多々あるため、森林での……ましては夜の移動は非常に迷いやすい。
余程ベテランの熟練冒険者でなければ、夜の森を迷いなく歩くなんて出来ない相談だった。
しかし、ヒロの持つオートマッピングスキルがそれを解決してしまった。
オートマッピングスキルの簡易MAPには、通った事がない場所は真っ黒に塗り潰され、一度でも通った道には色付きでMAPに表示される。
おそらく森の中だからなのか、ヒロが通って来た道は緑色で表示されていた。
通った道は、自分を中心として半径300mの範囲で簡易MAPに色が着き、このおかげでヒロは夜の森の中を目印もなく真っすぐに歩けた。
あとは、シンシアが教えてくれたオークの数を頼りに歩くだけだった。ケイトを発見した時も、簡易MAPに緑の色が着いた瞬間、灰色の光点が密集して表示されていた。その光点を目指して歩いた結果、ケイトに出会えたのだ。
いま、五匹のオークとシンシアが一緒に移動しているので、ヒロは簡易MAPに六つの密集した光点が表示されないか、確認しながら早足で移動している。
オークの移動速度よりも、速いスピードでシンシアを追いかけるヒロ達……一時間は経った時だろうか? ヒロの簡易MAPに変化が起こった。
ついに簡易MAPに複数の光点が表示された。早足で移動していたヒロが立ち止まり、リーシアとケイトの二人の顔を神妙な面持ちで見る。
「マズイいかも知れません。この先にシンシアさんがおそらくいるはずですが……」
「本当! なら、早く助けに行かなきゃ!」
ケイトが前に出ようとすると、ヒロは右手を掲げてそれを制した。
「何だい? 早くシンシアを助けないと!」
仲間を前にして、焦りの色を隠せないケイトへヒロが難しい顔をしていた。
「ヒロ……この先に何かあるのですか?」
ヒロの行動に、何かあると感じたリーシアが質問する。
「ええ、このまま近づくのは、とても危険です……」
ヒロは困った顔をしながら、簡易MAP上に所狭しと
〈勇者の眼前に、オークの集落が現れた!〉
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