第54話 勇者と……メロンが二つ!

「誰か、お願い助けて! イヤアァァ、痛い痛い痛い、溶かさないで! お願い、誰かあぁぁ!」



 夜の闇に響き渡る若い女性の助けを求める声に、ヒロとリーシアが走り出していた。


 闇夜の中を松明の明かりだけを頼りに、もしやと思い危険な夜の森を見回っていた二人の勘は当たってしまった。


 声の聞こえた方向へ走る二人は、焚き木の炎で明るくなった場所を見つけると、その足をさらに早める。


 遠目に、複数の何かが立ち並ぶのが見え、ヒロ達はその真横から接近する。



「僕が先に仕掛けて注意を引きます!」


「任せました! 救出が優先です。敵の数が多い場合は、私が殿で逃げます」


「分かりました! Bダッシュ!」



 ヒロはBダッシュと低空二段ジャンプを組み合わせて、大地を高速に疾走する。スキルレベルが上がり強加されたBダッシュのスピードは、短距離ながらランナーバードに迫るスピードにまで高まっていた。


 低空ジャンプと、Bダッシュの踏み切る脚を合わせることで、Bダッシュの加速スピードがさらに速まる。


 ヒロの視界に映る景色が高速に後ろに流れていく……焚き火の周りが視認できる距離にまで近づくと、ヒロは頭のスイッチをONにすると、スローモーションの世界へと入り込む。ゆっくりと時が流れる世界で、ヒロは状況を確認し取るべき最善の道を思考する。

 

 ミミックの数は四体。触手を伸ばし女性冒険者を食べようとしていた。


 頭以外を半透明な触手に包まれた女性は、その体にまとう防具はおろか服すらも着ていない……ヒロは目のやり場に困り、なるべく女性の肌に視線が向かないよう注意する。


 人に擬態したミミック達は、恐怖で錯乱した女性の顔を見ながら、ケタケタと悪趣味な笑いの表情を浮かべているのが見てとれた。


 ヒロは生命をもてあそぶ光景を目の当たりにしたとき、心のそこから怒りが込み上げてきた。


 命は他の命を犠牲にしなければ生きられない。それは生きる上での業であり、避けては通れない道でもある。

 他の命に感謝し今日を生きる……生きる上で最低限の礼節を、目の前のミミック達は持ち合わせていなかった。

 命は、決して笑いながら搾取するなどあってはならない。ヒロはその光景を目の当たりにすると、怒りが込み上がる。


 ヒロは事前に溜めを終わらせていた腰の投げナイフに手をかけ素早く引き抜くと、銀光が空中に軌跡を残しながらミミックに向かって解き放たれた!


 たったワンアクションの動作で抜き放たれた投げナイフは、刃部分を縦に高速回転させながらミミックと女性冒険者をつなぐ触手を切り裂いた!


 ヒロは、一回の攻撃で触手を複数断ち切るために、刃の当たる面を点の攻撃から線の攻撃へと変化させ、攻撃範囲を拡大させたのだ。

 銀の軌跡が八本の触手の内、五本を切り裂いた。


 ヒロは低空Bダッシュジャンプのスピードを維持したまま、残りの触手に攻撃を加えようとショートソードを振りかぶると、パワースラッシュを発動する。


 空中から放たれた一閃が残った三本の触手を切り裂くと、女性冒険者がミミックの拘束から解放された。

 

 ヒロは土煙を上げながら着地すると、ミミック達の注意を自分に引き付けるため、自らの剣を横に振り、風圧で土煙を吹き飛ばしながら、ミミック達の前で剣を構え直す。


 ミミック達を視界に入れたまま、触手から解放された女冒険者を見ると、体を包み込んでいた触手が溶け消えゆく様子が見てとれた。



「いやぁぁぁぁ、お願い! 助けて、誰かぁぁぁ!」



 女性冒険者は、触手から解放された事にも気付かず、死の恐怖から半狂乱に泣き叫び続けが、それはまだ生きている証明だった。


 ヒロは助けが間に合ったことを喜ぶと同時に、なおも不利な状況に打開策を見出そうと簡易MAPを確認する。

 赤い光点が四つに白と青の光点が一ずつ。赤がミミック、青がリーシア、白が助けた女性冒険者、単純な戦力比では二対一である。



「まずかったかな……」



 ヒロが小さく呟く……状況的に女性冒険者を助けるためとはいえ、ファーストアタックで触手を断ち切るのを優先するあまり、ミミックを一匹も倒せなかったのは悪手だった。


 生き残る最善の手は、奇襲で一匹でもミミックを倒し、敵の数を減らすこと……経験の浅いヒロには、まだその選択ができなかった。


 女性冒険者の窮地を救うのを優先した選択の誤りが、ヒロにピンチを招いてしまった。しかしそんなヒロの選択を当然のように予見していたリーシアが……ミミック達に奇襲を仕掛ける!


 ヒロに注意を引き付けられたミミック達は、リーシアがすぐ側にまで接近していることに気付いていない。


 独特な歩法で上半身を揺らさず、音も立てず地面を滑るように移動するリーシア……戦士の格好をしたミミックに狙いを定め、背後から奇襲を仕掛けた。



「波動衝!」



 ミミックの背中に手を添えたリーシアが、震脚から発生した力の波をミミックの体内に送り込むと、弱点である魔石を爆散させる。

 

 仲間がられたことに、ミミック達が気付く前に、リーシアはもう次のミミックへ標的を定めた!

 


「もう一匹、頂きです! 覇神六王流! もうしゅうれんげき!」



 リーシアの連続蹴りが変幻自在に打ち出される。魔法使いの格好をしたミミックは、蹴り抜かれる毎に体の一部を蹴り飛ばされる。


 止まらない連続蹴りは、一蹴り毎にスピードと威力が増大し、まるでワルツを踊るかの如く、華麗な動きで見る者を魅了する。


 泥水をすすりながらも美しく咲く蓮の花の如く、相手の生命をすすり美しき蹴りの花を咲かせる。


 終わらない蹴りの猛蹴が、ついにミミックの体を削り切ると、ミミックは体を溶かし姿を消してしまう。


 一瞬にして二匹のミミックを倒してしまったリーシア……突然の奇襲に、残ったミミックの注意がヒロから逸れる。



「Bダッシュ!」

 


 近距離Bダッシュでスカウトの格好をしたミミックの横をすり抜けるヒロは、すり抜けざまに剣を横に一閃し、ミミックの胴体を真っ二つにする。


 ヒロは水平に振り抜いた剣の勢いを殺さず、軸足を回転させミミックの方へと体の向き変えると、水平に振り切った剣が円を描く軌道で背中を回されと同時に、剣が上段切りの構えへと移行していた。


 流れるような動作で瞬時に攻撃をつないだヒロの剣が、ミミックへと振り下ろされる!


 縦と横……連続切りで十文字に切り裂かれたミミックは、魔石を破壊されると体が溶けて消えてしまう。


 残ったミミックはあと一匹、戦力比は完全に逆転していたが、ヒロとリーシアは油断しない。

 ミミックを挟み込む形でリーシアが女冒険者を庇い、ヒロが反対側からミミックと対峙する。


 すると僧侶の格好をしたミミックが、声を出しながらヒロへ懇願してきた。



「お願いです! 助けて下さい! 何でもします! だから見逃して!」



 顔に涙を浮かべて懇願する姿は、ミミックと知らなければ騙されても仕方がないほど、迫真に迫った演技だった。しかし正体がバレている以上……その演技は滑稽な喜劇にしか映らなかった。


 ヒロが、もうトドメを刺そうと剣に再び【溜め】を始めたとき、突如ミミックが服を脱ぎ出して再び懇願する。



「この体を好きにしていいですから! お願い助けて!」



 ミミックが、擬態した女性僧侶の姿で服を脱ぎ出した……ナイスプロポーションにメロンが二つ!


 ヒロが顔を赤くしながら、服の下から露わになった胸を凝視していた……メロンが二つ!


 相手がミミックと分かっていても、つい目が胸に吸い寄せられてしまう。男の悲しいさが…… メロンが二つ!


 戦闘中のため、出来るだけ見ないように……あれはミミックだと自分自身に言い聞かせながらも、つい視線が胸に行ってしまう……メロンが二つ!


 チラチラと、ヒロの視線がミミックの顔と胸の間を行ったり来たりを繰り返す……メロンが二つ!


 僧侶に擬態したミミックがヒロに近づくと、変態ヒーローの視線は胸に釘付けになり、徐々に自分へ偽乳が近づいていることに、まったく気付いていなかった……メロンが二つ!


 そしてついに僧侶に擬態したミミックの手が、ヒロに届く間合いに入った瞬間、その腕を触手に変え刺し殺そうと攻撃を打ち出すが、変態ヒーローはメロンにまだ釘付けだった! ……メロンが二つ!



「波動衝!」



 だが……そんなヒロのピンチに救うため、リーシアがすでに動き出していた。


 リーシアの必殺の一撃が、ミミックの背中から体内の魔石を破壊し、ミミックの攻撃からヒロを救う。


 しかし先ほどより、なぜか威力が増大した勁の力は、魔石を破壊しただけに止まらず、胸に実っていた二つのメロンをも爆散していた!


 爆散したメロンの破片が、ヒロの体へと盛大に降り注ぐ! ゼリー状のベタベタしたメロンの残骸を変態ヒーローは全身で受け止める羽目になり、ミミックは上半身に大穴を開けて絶命していた。


 そして溶けゆくミミックに開けられた穴越しに、ヒロは見てしまった……鬼の形相で変態ヒーローにらむ、激オコ状態のリーシアの顔を!



〈怒れるシスターリーシアが、勇者の前に現れた!〉

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