第32話 家族への紹介は……慎重に!

「大変だよみんなあああぁぁぁぁ! リーシアお姉ちゃんが男を連れてきたよぉぉぉぉぉ!」



 リゲルの声が教会と孤児院に響くと、その言葉が次から次へと教会と孤児院にこだました。

 


「なんだって? あのリーシアに男⁈」


「嘘だ、あのリーシア姉に近づく男なんている訳ないよ!」


「リーシアおねえちゃん、ケッコンできるの?」


「拳鬼リーシア姉ちゃんより、強い男なんていたの?」


「ついに、リーシアお姉ちゃんに春が来たのね!」


「シスターリーシアが男を連れて来たですって? 逃がさないように監禁しなさい! 奥の部屋に閉じ込めるのよ!」



 ワラワラと教会と孤児院から、悲鳴にも似た叫び声が聞こえたと思ったら、ゾロゾロと入り口の門の前に人が集まって来た。


 下は三才から上は十四才くらいまでの子供の他にも、リーシアと同じ修道服を着る大人も何人か混じっていた。すぐにヒロとリーシアを十数人の人が取り囲み、ちょっとした人垣が出来上がる。



「お帰りリーシア……本当に男だ!」


「お帰りリーシア姉……凄いよこの人! チャレンジャーだよ!」


「おかえりなさい、リーシアおねえちゃん……オヨメサンになれるの?」


「お帰り。リーシア姉ちゃんより強いってこと? マジで? すげ〜!」


「お帰りなさい、リーシアお姉ちゃん! どこ? どこで知り合ったの? 告白はどっちから? まさかリーシアお姉ちゃんから? キャ〜♪」


「シスターリーシア、お帰りなさい。いつ式を挙げますか? 気が変わらない内に、今から式を上げましょう! 丁度ここに教会もありますから! トーマス神父様をすぐに呼んで!」



 なぜか、リーシアと結婚することが確定されたヒロが困惑していると、少女は手を『ポキポキ』鳴らしながら、にこやかに口を開いた。



「みんな、だだいまです。何か勘違いしてませんか? この人はヒロ、行く当てがないのでしばらくココに泊めてあげる事になりました。私の彼氏ではありませんから、結婚はしません。ヒロ、こちらは孤児院に一緒に住む家族です。仲良くしてあげてください。それとみんな……あとでお仕置きですからね。特にリゲルはスペシャルです♪」



 笑顔で指を『ポキポキ』するリーシア……皆が青ざめ、さっきまで騒がしかった人垣が『シーン』と静まり返っていた。リゲルと呼ばれた少年に至っては、ガクブル状態である。


 なにか話し掛けづらい雰囲気の中、ヒロは挨拶する。



「は、初めまして……ヒロと申します。リーシアさんに森で助けていただきました。宿屋が見つからないので、ご好意に甘えてこちらにしばらく泊めていただきます。よろしくお願いします」


「まともだ」


「普通だね」


「ケッコンするの?」


「平凡すぎ」


「つまんない」


「真面目ね」



 普通に挨拶しただけなのに、普通過ぎてヒロの評価はなぜか下がってしまった……ヒロはやるせない気持ちにさいなまれる。



「この時間だと、トーマス神父様は教会ですか?」


「ええ、懺悔室にいらっしゃいますよ」


「ヒロ、トーマス神父様に挨拶しに行きましょう」



 そしてヒロを連れて、リーシアは歩き出そうとする。



「分かりました。ところで肉はどうしますか? 夕飯に食べるって言ってましたよね」


「あっ! そうでした。ヒロ、いま出してもらえます?」


「ココで出して良いですか?」


「はい。みんな、これからヒロが見せることは内緒にしてください。約束ですよ」

 


 皆が首を縦に振り頷くのを見たヒロは、アイテム袋から解体したランナーバードの肉塊を『ドン』と取り出した……布に巻かれた肉の総重量は10kg、地面に置かれた肉の塊を見て、皆が口を開く。



「おっき〜い」


「やった! 昨日のウサミンに続いて二日連続の肉だ〜」


「これ何の肉? 美味しそう!」


「でも、いまどうやって肉を出したの?」


「急に空中に現れて地面に落ちたよね?」



 場は、肉に歓喜する子供たちと、疑問を覚える年長者たちに分かれて騒がしくなる。



「はい! 静粛に! 肉はライナーバードのお肉でヒロと二人で仕留めました。今夜は美味しい焼き鳥ですよ。肉はヒロの持つアイテム袋から出してもらいました。便利なアイテムですが良からぬ事を考える人もいますから、この事は内緒です」



 リーシアが人差し指を口元に添え、「シー」と声に出し内緒を促すと、年少の小さな子供たちがリーシアと同じ仕草を真似て面白がる。



「もし、約束を破ったら……」



 笑顔のリーシアが、右手の親指を立てたまま手を握り、首を親指で指し示すと、そのまま左から右へ『スー』と水平に移動させる……笑顔が怖さを倍増させていた!


 年少者の子供たちが、その仕草で青ざめる年長者たちの様子に、さらに面白がり何度も仕草を真似る。

 年長者はその意味を理解して、絶対に喋らないと首を無言で縦に何度も振っていた。


 ヒロは心の中で、子供に何てこと教えているんだと思いつつ、自分の安全のためにと言い聞かせてくれたリーシアに感謝するのだった。



「それでは解散してください。私とヒロは、トーマス神父様に挨拶と報告をして来ます。料理はみんなにお任せします。今夜は豪華な焼き鳥です♪」



 ゾロゾロと集まったみんなが、教会と孤児院へ分かれて帰って行く。肉は年長者が二人で持ち、その周りを子供たちがハシャギながら走り回る。


 ヒロはリーシアに連れられて、教会の方へと足を運んだ。


 教会は質素な作りながらもしっかりとしており、真っ白な壁が教会の神聖な雰囲気を強調していた。

 大きな教会の扉を抜けると、赤い絨毯が奥の祭壇まで続く……教会の構造は十字架みたいな作りをしており、途中から左右に伸びる道にも赤い絨毯が敷かれていた。


 入り口から奥の祭壇までに人影はなく、リーシアが奥へとズンズン進む。左右の道に差し掛かったとこで、迷う事なく右に曲がり、足を進める。


 一番奥にまで歩いて行くと、そこには板で仕切られた防音BOXのように、柱や壁に細かな装飾がなされた小部屋がひっそりと佇んでいた。

 リーシアが懺悔室の入り口を一瞥いちべつすると、反対側のもう一つの入り口の前に立ち、声を上げる。



「トーマス神父様、リーシアいま戻りました。少しお時間を頂けますか?」



 すると部屋の扉が開き、部屋の中から初老の男が出てきた。どうやら懺悔室で懺悔している人いなかったみたいだ。リーシアは事前に懺悔室の扉に鍵が掛かっていないか、扉を見た時に確認していたようだ。

 


「リーシア、お帰りなさい。お話とは……おや? そちらの方は?」


「はい。実は……」



 リーシアが昨日のヒロとの出会いから、冒険者ギルドでパーティーを結成した事……行く当てのないヒロを孤児院に泊めてあげたいとトーマス神父に説明してくれた……無論、裸での出会いや変態ヒーローの部分は省いていた!



「なるほど、リーシアがこの青年の身元引き受け人になったと言う訳ですか」



 リーシアの説明を受けて、トーマス神父がヒロに顔を向けた。



「初めまして。ヒロと言います。ご迷惑であれば、すぐに出て行きます」


「ふむ。リーシアが連れて来たくらいです。問題はないでしょう。申し送れました。私はこのアルムの町にある女神教の教会を任されている神父、トーマスと申します。ゆっくりして行ってください」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、しばらく泊まらせて頂きます。僕にできる事があったら仰ってください」


「はい。何もおもてなしはできませんが、ゆっくりとして行ってください」



 トーマス神父は柔和な表情でヒロを歓待する。



「そうです。トーマス神父様……」



 リーシアは思い出したかのように、腰に下げた麻袋を外しトーマス神父へと渡す。

 


「これは?」


「ヒロと仕留めたライナーバードを売却した代金です。銀貨で100枚ありますから、孤児院の運営に使ってください」



 ズシリとした硬質の重さにトーマス神父は目を見張った。



「リーシア、いつもありがとう。これでしばらく孤児院の子が飢えずに済みます。女神よ、感謝致します」



 トーマス神父は神に祈りを捧げて感謝する。

 


「さて、それじゃあヒロを孤児院に案内しますね」


「あっ、リーシア待ってください。少し祭壇でお祈りをしても良いですか?」



 孤児院へ案内しようとするリーシアの足を、ヒロが止める。



「ええ、神への祈りは誰がしても構いませんよ。きっと女神様もお喜びになります」


「ヒロ、良い心掛けです。では祭壇に行きましょう」



 そう言って祭壇へと歩き出すリーシアの後を、ヒロは追いかける。


 祭壇には、素晴らしい彫刻がなされた大きな十字架が鎮座していた。リーシアは祭壇の前で片膝を突き、手に首から掛けていた十字架を握ると女神に祈りを捧げ始める。


 ヒロもリーシアを真似て片膝を突き、手を胸の前で組むと目を閉じて祈り始める。

 この世界に送り出してくれた泣き虫の女神、セレスの顔と声を思い出しながらヒロは祈った。

 何とか町まで辿り着けた事と、持たせてくれたアイテムがとても役立った事に感謝する。


 どれ位、祈りを捧げただろうか……時間にして数分も経っていないはずだったが、やけに時間が長大化し、何時間も祈りを捧げている感覚にヒロは陥る。


 おかしな感覚に違和感を感じ、ふと目を開くと……いつのにやら女神セレスが、『プンスカ』しながらヒロの前で仁王立ちをしていた!




〈嫉妬した女神セレスが、ヒロの前に現れた!〉

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