第29話 憧れの……ナイスガイ!
パーティーシステム……パーティーを組んだメンバーは、『チャット』により短距離ならば戦闘中でも会話が可能になる。同時に話せる人数は五人までとなり、これはそのままパーティーが組める最大数になる。
また遠方にいるパーティーメンバーや、登録した別パーティーのリーダー同士で『メール』を送る事も可能。
この二つはガイヤの世界において、重要な情報伝達手段の一つとなっている。
また許可を出したパーティーメンバー同士なら、リアルタイムでメンバーのステータス状況を確認も可能になる。
パーティーシステムは、かつて別世界の異形なる魔王とその軍勢の侵略に対して、初代勇者ユウゴが作り上げたシステムと伝承されている。
異形なる者……その全てが魔王の意思の元に統一され、まるで一つの生き物のように連携しガイアを侵略した異界の生き物である。
異界の軍勢は、個々の力ならばガイアに生まれる魔物と大差はなく、一対一なら勝てる者の方が多かっただろう……問題は群を成し連携されたとき、恐るべき強さを発揮することだった。
死ぬのを厭わない自己犠牲が被害を最小に抑え、最大の成果を上げたのだ。
万を生かすために千を切り捨てる……普通ならば切り捨てられる千は、たまったものではない。皆を生かすために死ねと言うのだ。死が絶対である以上、生ある者は死を嫌う。こんな戦略が成立する訳がなかった。
だが、異形なる魔王はそれを成した……魔王は、何百万の軍勢の意思を全て統一し、死を厭わない連携を実現したのだ。
的確な戦力の投入、的確な連携、的確な犠牲……瞬く間に侵略が進行していった。
このまま行けば遠からずガイヤの民は滅亡を迎えるのは火を見るより明らかであった。
そんな折、初代勇者と呼ばれるユウゴが現れた。
ユウゴは不思議な固有スキル『つながる力』を所持していたと記録され、ユウゴがスキルで作り出したキューブと呼ばれるクリスタルに、メンバー情報を登録することで、誰でもパーティーを組めると言う画期的なものだった。
キューブはプレートと呼ばれる金属の板を生み出し、そのプレートに持ち主の情報を記録する事で、キューブを介してプレートを持つ者同士がパーティーを組み情報の共有と連携が可能となった。
情報伝達において圧倒的に不利だったガイヤ側は、このパーティーシステムにより戦況が一変した。
個々の力は強くない異形なる軍勢は、連携を取れるようになったガイヤ側に戦局が押され、次第に劣勢になっていった。
さらに決定的だったのは、勇者ユウゴの別の固有スキル『高まる力』の効果で、パーティーに参加した全てのメンバーのステータスが大幅に上昇したことだった。
もはや異形なる軍勢が勝てる見込みはなきに等しく、魔王は元の世界に逃げ帰るしかなかった。
勇者亡き後、『高まる力』は失われたが『つながる力』はガイヤの世界に残り続けた……いつか来る危機に備えて、残された『つながる力』を管理維持する冒険者ギルドが各国に作られ、その力は
冒険者ギルド著 冒険者ギルド職員教本より。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「という訳でヒロ、パーティーを組みましょう」
「……」
「リーシアちゃん、この子、大丈夫?」
「ヒロ! いい加減、復帰してください」
ヒロは、ギルドマスターであるナターシャの執務室にあるソファーに座り、事情聴取されていた。
あの後、血の海に伏したゼノンは、ギルドの救護班に担がれて治療を受けているそうだ。
フリーズしたヒロはリーシアに引っ張られ、ギルドマスターの部屋までやって来たが、今だフリーズ続行中で事実聴取はほぼリーシアが答えてくれていた。
ヒロはナターシャと出会った衝撃から、いまだ復帰していない。
リーシアがヒロの目の前で、手をパタパタして視線を遮るが全く反応を返さない……仕方なしとリーシアは、ソファーから立ち上がりヒロの顔を覗き込むと、ヒロの頬を『エイッ』と可愛い声を出しながら軽くつねった。
「痛っ!」
ヒロは、まるでウラコンに搭載されていたリセットボタンを押され、強制再スタートしたみたいに体をビクつかせ声を上げていた。
「はっ! 僕は一体……ここはどこ? 僕は誰?」
軽く記憶障害が起こっているらしく、ヒロが意味不明な事を口走る。
「ここは冒険者ギルドの中にあるギルドマスターの部屋です。そしてあなたはヒロですよ。分かりますか?」
「……リーシア?」
「そうです〜、リーシアですよ〜、さあ、ゆっくりと呼吸して落ち着きましょう」
ようやく再起動したヒロは、視界一杯に広がるリーシアの顔を見ながら、今までの出来事を少しずつ思い出して行く……血の海に伏したゼノンをどうするか、リーシアと相談している時に、衝撃的な人に出会ってしまった所まで覚えていた。
「リーシア……僕はすごい人に出会ってしまいました」
「そうですね……あの格好は、初対面の人にはインパクトが強いですからね。もう一回、深呼吸をしましょうか? はい、吸って〜、吐いて〜」
「す〜、はあ〜、まさかあんな人が存在する何て……夢にも思いませんでした」
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、心を落ち着けたヒロはさっき出会った人物を思い出す。
溢れんばかりの筋肉で、ピチピチになった黒革のタンクトップと素足をギリギリまで見せる黒革のホットパンツ……そしてなぜか素足で黒の革靴を履いていた。
角刈りの髪にマッチした強面の顔は、その
ヒロは一目見た瞬間、あるゲームキャラを思い出し卒倒してしまった。まさかあんなキャラが……本当に存在するのかと⁈
「そう言えばあの人は?」
ヒロはようやく心を落ち着けて冷静になるとリーシアに問い掛ける。
「はい。目の前にいらっしゃいますよ」
リーシアがヒロから顔を離し、シスター服に包まれた体をヒロの前から移動させると、目の前にガチの男が座っていた!
「……」
その姿を見てまたもやヒロは無言になる。
「ヒロ……大丈夫ですよ。何も食べられたりはしませんからね」
「酷いわね〜リーシアちゃん、人を猛獣みたいに……見境いなしに食べたりはしないわよ〜」
今度はフリーズする事なく、意識を保てたヒロ……だが、目の前に現れたガチの人を見て言葉を失っていた。
「あなた大丈夫?」
「ヒロ?」
「まさか……夢じゃなかったのか?」
「……」
ヒロの言葉を聞いたナターシャは、『またか』と心を落胆させた。自分の持つ趣味と嗜好が、大抵の人は受け入れてもらえないのは知っている。大多数が敬遠し、酷い時には罵られ心を傷つけられる時もあった。
中にはリーシアのように、普通に接してくれる人もいるが……それは極稀であった。
リーシアの知り合いと聞いて期待したが……やはり大多数に属するタイプかと、ナターシャの心はひどく落ち込んでいた。
たが、次にヒロが口にした言葉は、予想を斜め上どころか突き抜けてしまった!
「まさか……本当にいるんですか! 凄いです! ぜひ握手してください!」
「「はい?」」
リーシアとナターシャはヒロの意味不明な発言に素っ頓狂な声を上げる。
二人を置いてきぼりにして、ソファーから飛び跳ねて立ち上がったヒロは、ナターシャの前に立つと手を差し出していた。ヒロのその目はキラキラと輝き、まるで憧れの人についに出会えた子供みたいに興奮していた。
「え〜と、握手すればいいの?」
「お願いします!」
ナターシャが手を差し出すと、ヒロは両手でナターシャの手を包み握手する……いままでの人生で、初めてのリアクションに戸惑うナターシャ。
キラキラした目でナターシャを見るヒロの脳裏に、ナターシャに酷似したあるゲームのキャラが、にこやかな顔でポージングを決めヒロに笑顔を向けていた!
かつて……『超姉貴』と呼ばれる伝説のシューティングゲームが発売された。
このゲーム、自機として神様を操作してステージをクリアーしていくシューティングゲームであった。
STGとしての作りもしっかりとしており、コアなゲーマーも満足する出来だったが……このゲームがその後も続編の発売を続けられたのには、別の理由があった。
それは……このSTG最大の売りがキャラクターにあった点だ。
この『超姉貴』は自機がメカではなく、男女の神様を選ぶことになるのだが、この主人公である神様がおまけなのである。
実は自機のパワーアップとして追加される武装……オプションが真の主役として人気を博した、一風変わったゲームなのである。
主人公の神様のオプションとして登場するムキムキマッチョのアンソン……彼こそがSTG業界のスーパースターなのである!
黒革のタンクトップにホットパンツ、素足で黒の革靴を履く、角刈りのガチな人が頭から極太ビームを打ち出す……普通の人が聞いたら『お前何言ってんだ?』と頭を疑われてしまうかも知れない程、ぶっ飛んだSTGだった!
一般ゲーマーのみならず噂が噂を呼び、ゲームとは無縁のガチな人達にまで売れた……いや売れてしまった!
主人公よりも有名になってしまったアンソンは、コミカライズされた漫画ではオプションのクセに主人公扱いされ、後日発売されたサントラでは、オプションのクセに主人公扱いでジャケットを飾り、ゲーム発売本数よりも多くのサントラが売れてしまった!
STG業界のスーパースター、アンソンの名声は今もなお衰えを知らず、
そんなスーパースターにリアルで会ってみたい……そんな事を言う、コアなファンまでチラホラと出始める始末だった。
たが悲しいかな……そんなガチな人を唸らせるような、コスプレが出来る人など誰一人していなかった……衣装は何とかなるとしても、あの筋肉を再現出来る人はいなかったのだ。
プロのボディービルダーですら再現は不可能と言わしめた芸術の域にまで達した究極の肉体……コアなファン達の夢、リアルアンソンのコスプレは誰にも成し遂げられないのであった。
だがしかし、その叶わない夢が突然叶ってしまった!……ヒロは異世界で叶えてしまったのだ!
夢にまで見たキャラクターソックリというか、キャラ本人が目の前に現れたとしたらどうする?
もはやコアなゲーマーなら狂喜乱舞するしかなかった。スマホがあったら一緒に写真を撮って自慢しまくるレベルだ!
「やったあぁぁぁ! 憧れのリアル、アンソンだあぁぁぁ!」
「よ、喜んでもらえて何よりね」
あまりのハイテンションに、ナターシャの方が引き始めていた……ヒロのはしゃぎっぷりにリーシアも引いてしまった!
「ヒロ、そろそろ落ち着いてください」
「リーシア!これは落ち着いていられる状況ではありません! アンソンですよ? 憧れのアンソンにソックリなんです。嬉しすぎて涙が出てきそうです!」
「え〜と、とりあえずリーシアちゃん……彼を止めてくれる?」
「ですね……このままじゃ永遠に握手しているかもしれません」
そう言うとリーシアはヒロの後ろに回り込み、おもむろに後ろから抱きついた。
「ちょっ! リーシアちゃん?」
ナターシャが突然抱きついたリーシアの行動に、嫌な予感を感じ取り止めさせようと声を上げるが遅かった。
リーシアがヒロに抱きつくと……首に腕を回し、そのまま首の頸動脈を締め上げていく!
興奮していたヒロはリーシアに抱きつかれた事も、首に腕を回された事にさえ気づかず、五秒後には意識を失い、人形みたいにリーシアに抱き抱えられた。
「リーシアちゃん、もう少し優しくして上げた方が良いわよ……」
「ええ? この方が手っ取り早いです」
「はあ〜。そんな事じゃ、良い男に逃げられちゃうからね」
手荒な対応に呆れ返るナターシャに、『何で?』と、疑問を浮かべるリーシア……いくら腕が立つと言ってもまだ15才、ナターシャから見れば、まだまだ子供であった。
人と接する機会が少ないリーシアを心配して、ナターシャは色々教えて上げなくちゃと考えるのだった。
〈少女の手で、勇者は天に召された!〉
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