第28話 少女の秘密は内緒です!

「まったく! これだから男と言う生き物は……」


「リーシア?」


「何ですか⁈」


「何でもありません」


「ならサッサと歩いてください!」



 語尾が怒り口調のリーシアの後をトボトボと歩くヒロは、ギルド内にあるラウンジへと足を運んでいた。

 またリーシアの怒りを買ってしまったヒロ……嵐を過ぎ去るのを黙ってやり過ごすしかない。

 


 ラウンジへ向かう間も、相変わらずギルドの中は静かで、元の世界の図書館にいるようにシーンと静まり返っていた。


 冒険者ギルドと言うと、荒くれ者が大声を上げで喋っていたり、騒いでいるイメージがあったヒロにとっては意外な光景だった。

 前に立ち塞がる人もなく、一直線にラウンジに到着する二人。



 ラウンジの中はテーブルと椅子がいくつも置かれ、空いている席に好きに座って飲食を楽しむ人で溢れていた。ヒロとリーシアは辺りを見回すと、適当に空いている席へと歩き出す。



「ここの席にしましょうか」



 リーシアが席に座ろうと、椅子の背もたれに手を掛けるより早く、ヒロがスッと椅子を引いていた。



「どうぞ」


「……」



 リーシアは不思議な顔をしてヒロの顔を見る。



「どうしました? どうぞ」


「あ、ありがとうございます」



 リーシアは自然体なヒロの行動を、素直に受け止めて椅子に座る。


 座る際もスッと椅子を押し出し出され、座らせてもらうリーシア……元の世界では女性に対して当たり前な行動が、このガイヤでは珍しかった。


 生命の重さが軽いガイヤにおいて、レディーファーストと言う考えは上流階級の中だけの話であり、一般的には広まっていない。

 男性社会であるガイヤでは女性を気遣う考えが希薄なため、ある意味、男女平等である。

 ヒロの行動はリーシアにとっても初めてであり、突然の事に戸惑っていた。

 


「飲み物をもらってきますね。好きな飲み物はありますか?」


「あっ、え~と、じゃあ甘い飲み物をお願いします」


「甘いのですね。分かりました。座って待っていてください」



 そう言うとヒロはリーシアを残し、奥のカウンターで飲み物を貰うため、その場をひとり離れた。



「……む~、意外な行動ですね。思わず戸惑ってしまった自分が恥ずかしいです……仕方がありません。さっきの事は許してあげましょう」

 


 何も気付かないままリーシアの怒りを買い、許しを得たヒロは、飲み物を提供するカウンターで、呑気に自分が飲む飲み物を選んでいた。



「いらっしゃいませ、何にしますか?」


「甘い飲み物はありますか?」


「甘いのでしたらストロングベリーかオーレンの果実水がオススメです」



 おそらく今までの傾向を考えると、ストロベリーとオレンジに似た果物のジュースだろうと推測するヒロは無難にその二つを頼む事にした。

 


「それじゃあストロングベリーとオーレンを一つずつ、お願いします」


「支払いは現金か番号札、どちらですか?」


「番号札でお願いします」


 ヒロはギルド職員のライムから渡された番号札を渡すと、

カウンターの人が、机に空いた穴へ番号札を差し込む。



「それは?」


「え? ああ、番号札にドリンクを1杯無料で提供した事を記録したんです。こうしないと何杯も飲もうとする人がいるので……はい、番号札をお返ししますね。すぐに作りますから、お待ちください」



 どうやら、何らかの方法で金属の番号札に飲み物を無料で提供した情報を記録しているみたいだ。

 ガイヤの文明レベルが元の世界で言う中世の時代頃と思っていたヒロには、現代レベルに近いこのシステムは驚きだった。



「お待たせしました」



 ヒロがアレコレ考えている間に、ドリンクは出来上がっていた。

 木のコップに注がれた赤色と黄色の液体を受け取り、ヒロがリーシアが待つテーブルへ戻ると……。



「オイオイ! 俺を誰だと思っているんだシスターのねーちゃん? いいから素直に俺のパーティーに入れや!」



 リーシアがイカツイ男に絡まれていた。



「いきなり初対面の人に『俺のパーティーに入れてやる』と言われて入る人がいますか? 仮にそんな人がいるとしても私はお断りです」



 リーシアはため息を吐きながら淡々と話す。



「お前、俺が誰なのか本当に知らないのか⁈ 今やEランク昇格間違いなし、オノ使いゼノン様の誘いを断るか?」



 どう見てもオッサン顔のゼノンと名乗る男……ずんぐりムックリとした体型は横に太く縦に短い。背は高くないが筋肉で太く見える体型が、人に威圧感を与えると同時にむさ苦しさを殊更に強調していた。


 伸ばしっ放しの髪型と髭面は、冒険者と言うよりも山賊と言った方がしっくりくる顔つきで、胸までしか守られていないレザーアーマーと腰に下げた手斧が、さらにソレを助長していた。


 

「おいアレ……危なくないか?」


「誰か助けてやれよ、何か起こってからじゃ遅いぞ」


「ああ、何も知らないのか……可哀想に」


「近づかない方が良い。巻き添えを喰らったら、たまったもんじゃない」



「相手が誰か分かってないのか? 誰かギルド職員を呼んで来いよ」



 声を上げるゼノンの大きな声に周囲の人が気づき、遠巻きに注目を集め始めていた。


 

「Eランク昇格間近とか関係ありせん。お断りします。お帰りください」



 リーシアがキッパリと言い放つが、ゼノンは怒りを露わにして声を荒げる。



「俺様が一人でいるお前を心配して誘ってやっているのに、断るとはどう言う了見だ? ことによってはお前さんに色々償ってもらわないといけねえな……へへっ」



 下卑た笑いをするゼノンにリーシアは嫌悪感を露わにする。

 


「連れがいますので、貴方とパーティーを組む気はありません。お帰りください」


「連れだあ? どこにいるんだそんな奴が? お前一人じゃねーか。一人でこんなとこにいるって事は、新人でパーティーを組めていないんだろう? だから俺のパーティーに入れてやって、いい思いをさせてやろうって言ってやってんだよ!」



「……お気持ちは嬉しいですが、お断りします。お引き取りください!」



 ゼノンは恫喝めいた口調で声を荒げ、リーシアは語尾を強めて断る……普通じゃない雰囲気に、遠目で眺めていた人たちが近づき集まり出す。



「あれはオノ使いのゼノンじゃないか? まずいぞ……」


「Eランク昇格間近のゼノンか……相手が悪すぎるだろ」


「ねえ、あなた助けてあげなさいよ」


「馬鹿言うな!下手したら殺されるぞ。絶対に手を出すなよ」


「あの人に逆らうなんて馬鹿なことを……」



 人垣ができ、二人のやりとりを見ていた人々が声を上げ始める。

 


 ゼノンも騒ぎ始めた事に気づき、周りから聞こえて来る声に耳を傾けていた。噂になる程に自分の名声が高まり、畏怖される声に気を良くしたゼノンは、強引にリーシアの手を取ろうとする。



「さあ、サッサとパーティー登録して可愛がってやるから来い!」


「触らないでください!」

 


 リーシアは腕を掴まれるより早く、イスから立ち上がり掴まれるのを回避する。



「……舐めた真似しやがって!」

 


 ゼノンは掴み損ねた手を、腰に吊り下げたオノの柄へと伸ばした瞬間!



「ちょっと待ったああああああ」


「あ? 何だお前は?」


「あ、ヒロ!」



 飲み物を手にテーブルまで戻ってみれば人垣が出来上がり、見知らぬ男に言い寄られているリーシア……両手に持っていたコップを隣にいた見知らぬ人に渡してヒロは走り出した。


 ゼノンが腰のオノに手を掛けた所で、ヒロが二人の間に割って入る。

 


「この子の連れです。リーシア何がありました?」


「はい。いきなりその人に声を掛けられまして……少々強引に自分のパーティーには入れと誘われたので、お断りしていました」


 ヒロは話を聞くと、リーシアを背に隠すように立ち塞がり、ゼノンからリーシアを守る。

 リーシアの中で大暴落していたヒロの好感度が、一気に急騰した!



「申し訳ありませんが、彼女とは先に僕が約束していましたのでお引き取りください」


「はあ? 舐めたマネしてくれるじゃねーか! 兄ちゃんはお呼びじゃないんだよ。邪魔だからあっちに行ってろ!」



 ゼノンが右手でヒロの胸を押し出して小突こうとするが、ヒロは後ろに半歩動いて簡単に避けてしまう。

 ランナーバードの突撃に比べれば、欠伸が出るほどの遅さに余裕を持って避けられた……ヒロの目の前で、ゼノンの右手が宙を漂う。



「避けてんじゃねえ!」



 ゼノンがすごい剣幕で怒りを露わにするが、ヒロは全く意に介さない。死ぬ一歩手前の死闘を経験したヒロにとって、男の恫喝など、ただ声の大きいだけの虚勢にしか聞こえなかった。



「避けてはいけない言われもないですし、わざわざ当たりに行く意味もありません」


「兄ちゃん舐めたことしてくれるな? 俺を怒らせたらどうなるか、体に教えてやるよ!」



 ゼノンは腰に下げていたオノの柄に手を伸ばし構える。幅広い片刃の手斧は鈍く光り、体に当たればタダでは済まないことを主張していた。



「ヤバイ! 抜きやがった!」


「止めさせろ。あいつ殺されるぞ……」


「誰でもいい、止めさせてくれ!」


「に、逃げろ! 巻き添えを喰らいたくなければ、全員逃げろぉぉぉぉぉ」



 人垣から声が上がり、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ出す者まで出始めた……それだけこの男が強いと言う事かと、ヒロは警戒する。



「ヒロ……」


「リーシア少し下がっていてください」



 ヒロに言われて距離を開けるリーシア。

 ゼノンは自分を恐れる野次馬たちの声に、気持ちを高揚させながらヒロに向かって言い放つ。



「ブルッてるんじゃねーぞ兄ちゃん? 女の前で良い格好しようとした結果だからな? 手加減はなしだ覚悟しろ!」

   


 そのままヒロに向かってゼノンが踏み出し、オノを袈裟斬りに振るう。


 力任せに振り下ろされた手斧の軌道を確認してから、余裕を持って横に避けるヒロ……この程度のスピードなら、もはやヒロにはなんの脅威にもならない。


 ランナーバードとの闘いがヒロを成長させていた。


 相手の動きを見てからの思考と、考えを実行するまでの時間が劇的に早くなっているのだ。

 その結果、相手の動きを見てから考え、最善の一手を先に実行する『後の先』の動きが出来るようになっていた。

 

 攻撃を難なく避けたヒロの横をゼノンが通り過ぎる。スローモーションのようにゆっくりとした世界の中で、次の行動の移ろうとした時だった。ヒロの目に、いるはずのない少女の姿が映り込んだ。


 ヒロの後ろ、手斧の届く範囲外にいたはずのリーシアが、いつの間にかゼノンの目の前に移動していたのだ。



「リーシア!」



 余裕を持って横に避けたヒロは、いるはずがない場所にいたリーシアに向かって、焦りながら声を上げる。


 ヒロは自分の判断ミスを罵りながら、長大化した時間の中でリーシアを助ける一手を思考するが間に合わない。無情にも、ゼノンの手斧がリーシアに向かって振り下ろされた。


 しかし手斧に臆せずチョコンと前に出るリーシア……ゼノンの振り下ろされた手斧の勢いを殺さず、右手の甲を斧の側面に当て横に払い退けた。


 バランスを崩しながら手斧を振り抜いたゼノンは、勢いを殺せず攻撃を空振りさせる。


 右腕が邪魔して防御が間に合わず、ガラ空きの右脇腹をさらけ出すゼノン……リーシアは払った右手の勢いを殺さず、肘を『く』の字に曲げながら腰を落とすと同時に震脚を踏み力の波を作り出す。

 足から腰、背中を腕へと駆け登る波が、体の捻りで爆発的な力へと昇華させる。


 全身で打ち出される体当たりするかの様な肘が打ち出された!


 相手の力と勢い利用したカウンターと、重心移動による突進力の増加と、震脚から増幅された力が余すことなく肘の一点へ時集約される。

 攻防一体の攻撃がカウンターとしてバランスを崩したゼノンの右脇腹に炸裂する!

 


「ガハッ」



 凄まじい音を立てて吹き飛ばされたゼノンは、壁に激突して血反吐を吐き散らす! ボトボトと床に流れる血がラウンジの床を赤く染め上げる……おそらく、どんなに軽くても脇腹の骨が折れたか、内臓出血はしているであろう血の量である。


 ゼノンはそのままグッタリすると、自分で吐いた血の海の中へ、頭からダイブして意識を失った。



「……」



 ラウンジにいた全員がその光景を目撃し静まり返っていた。



「だから……言ったんだ……」



 そして……誰かがボソリと呟いた言葉を皮切りに、ラウンジに阿鼻叫喚の声が上がる!



「だから言ったんだ! 馬鹿かあいつ! キラーシスターに喧嘩売るなんて、自殺志願者以外いないぞ!」


「この町でアンタッチャブルシスターに手を出すなんて正気かよ!」


「マジで知らなかったのかあいつ? 血染めの悪魔、ブラッディシスターに手を出すアホがいるなんて……」


「だから早くギルド職員を呼べって言ったんだよ! ワンマンシスターだぞ! 俺たちで止められる訳ないだろ!」


「この町のファイナルウェポン、シスターリーシアに関わるなんて死んでも自業自得だぞ!」


「くわばら、くわばら……触らぬシスターリーシアに祟りなし。巻き添えだけはごめんだ……」


「いいかお前ら、あれが拳鬼シスターリーシアだ。覚えておけ、何があっても関わるな、もし関わったら全力で逃げろ!」



 一斉に声を上げた野次馬達の声がヒロの耳に聞こえ、ラウンジを駆け抜ける怒涛の声が、ギルド内に波及して行く。



「……」



 無言になるヒロ……たぶんリーシアの事だろうか? 不吉な単語がチラホラと聴こえまくる。



「皆さん静かにしてください。ヒロが勘違いしますからね♪」



 手をボキボキ鳴らしながら話すリーシアの声に、ラウンジが再び静寂に支配された。



「あのリーシア……さん」


「どうしましたかヒロ? 急にさん付けで……呼び捨てで構いませんよ」


「いえ、何となく……ケガはありませんか?」


「はい。大丈夫ですよ。前にも言いましたけど、私結構強いですから♪」


「…………」



(結構強い? 嘘つけ、この町最強だろ!)


(南の森で起こった魔物のスタンピードで、ボスクラスを一人でボコボコにする奴が結構強いで済む訳ないだろう!)


(この町の闇ギルドを一人で壊滅させた奴が結構強いかよ……)


(騎士団が出張らないと討伐できない飛龍を、タイマンで倒せる奴のレベルが結構強い? それなら騎士団なんていらねーじゃん!)


(結構強いだと? シスターの皮を被った悪魔だろう! 町に居ついた武闘派悪魔崇拝教に教会を狙われて、一人残らず再起不能にしてただろうが! Bランク冒険者も混じっていたぞ)



 何となく空気を読んだリーシアが人垣に向けて『キッ!』と睨むと、皆が我先にと退散していく。


 気がつけば、ヒロとリーシア以外は周りに誰も居なくなっていた。

 


「とりあえず、どうしましょうかコレ……」



 血の海に沈むゼノンを指差すヒロ。このままだと死んでしまうかも知れない程の惨状である。



「手加減しましたし、まだピクピクしてますから、大丈夫ですよヒロ」


「……」


(リーシアさん、何が大丈夫なの?)


「さんはいらないですよ」


「え⁈……」


「そんな顔をしていましたよヒロ」



 異常な感の鋭さに驚愕するヒロ……そして周りが再び騒がしくなってきた。

 どうやら冒険者ギルドの職員が騒ぎを聞きつけ、駆けつけてくれたみたいだ。



「あんた達、何をしてるの!」



 ギルド職員が声を上げながら近づいて来る。



「……」



 だがそのギルド職員を見た瞬間、ヒロがフリーズしてしまった。



「違いますよ。ナターシャさん、何かしたのはコッチの方です」



 リーシアは血だらけのゼノンを指差しながら親しげにギルド職員に話しかけていた。



「あら? リーシアちゃん。これあなたがやったの? もう、危ない事しちゃダメじゃない」


「ナターシャさん、私は振りかかる火の粉を払っただけですよ」


「相変わらずね~、あら、あなたは?」



 ナターシャと呼ばれたギルド職員がヒロに気づき、話し掛けてきた。



「私の知り合いです」


「まあ! リーシアちゃんの知り合いなんて珍しいわね。挨拶しなきゃ♪ 私の名前はナターシャ。このアルムの町で冒険者ギルドのギルドマスターをしてるの。よろしくね」


「……」



 意識を失ったかのように返事がないヒロに、リーシアが肘で突っついてフリーズから復帰させる。



「え⁈……ひ、ヒロです。よ、よ、よろしくお願い致します……」


「まあ! 可愛いわね♪」



 ドモリまくるヒロに、ナターシャがウィンクをすると……ヒロは再びフリーズしてしまうのであった!



〈勇者の前に、黒革タンクトップにホットパンツを着こなした、いかつい顔の角刈り男が現れた!〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る