第12話
「俺はなんて無力で、駄目な人間なんだ…。」
「ほーら!そんなに気を落とさないの。まだ始めたばかりだよ?今回は上手くいかなかったけど、私の書き方が違ってたのかもしれないし、別にあなたのせいじゃないから。ね?次頑張ろ?」
「…次上手くいっても、ご褒美は頂けますか?」
「…それは、まぁ良いけど。」
「ならいっか。次は明日ですかね?」
「切り替えが早い…まぁ、タキ君が良いなら、また明日ね。じゃ、私は結果を記録しとくわね。」
そう言って、机に向かう博士。
…ほっぺチューはまた次か…。
今回は一体何が悪かったのか。それは、真面目さが足りなかったのではなかろうか。
消えろと念じる度に、ちょっと吹けば消えるのに精霊さんも面倒臭いよなとか思わなかったか。消えろと念じる度に、ふと博士の唇を見てにやけたりはしてなかっただろうか?そんなことで精霊が言うことを聞いてくれないのは当たり前ではないか…とはいえ、やはりロウソクの火を消す、という行為に集中するのは難しい。個人的にもっと身の入るような何かがあれば…。
ふと見ると金色のしっぽの揺れるのが見える。あれはどうだろうか?魔法の力で揺らす…駄目だ。俺はあれに触りたいのであって、揺れるのが見たい訳ではない。いや、揺れるのは揺れるので見たいんだけど、あの髪を揺らすのは俺。
ちらりとスカートが目に入る。
……ふむ。
いや駄目だろ。
人として、駄目だろ。
だが待って欲しい。俺は今、俺が風の魔法を使えるかどうかの実験に参加している。それは、一番は博士の為だが、この国の人々の為でもある。その為にはまず、風の精霊を上手く扱えるかどうかを知る事が大事で、その目的の為には多少の痛み、犠牲は仕方ないと考えるべきだ。べきだったらべきだ。
べきか…べきなら仕方ない。
博士…すみません。
先に謝ります。あとでもっと謝ります。
「博士…ちょっと思い付いたんですけど。」
「ん?なぁに?」
少しだけしっぽが揺れる。
「エルフの子供は最初、お母さんに手を繋いで貰って魔法の感覚を覚える、って言ってましたよね?」
「ええ、私はおばあちゃんが多かったけど…って、まさか!」
「はい、もしかしたら俺もそこから始めてみればいけるんじゃないかと思って…。」
「そっか!そうね、使えない人に使わせるんだから、もしかしたら…なんでこんなこと思いつかなかったんだろ!やっぱり一人でやってると駄目ね!」
嬉しそうな可愛い笑顔。罪悪感が湧かないでもない。
「でも、良いんですか?手…。」
「現状、何か良い案がある訳じゃないし、やれることはとりあえずやってみないと!そりゃちょっと恥ずかしいけど、そんなのちょっとくらい我慢するわ!」
我慢出来るってゆった。
「ではお手を拝借…。」
なんとなく口から出任せで進行してるけど、実はこの作戦、手を繋げて、博士のスカートが捲れつつ、博士の研究が進むという、一石二鳥どころか一石三鳥以上の素晴らしいものではなかろうか。俺は天才だった。
「え?こうなの?」
俺達はロウソクの横に向かい合って手を繋いでいる。まるでダンスでも始めそうな雰囲気だ。
「恋人みたいに繋いだ方が良かったですか?この方が照れないかなって。」
「…まぁ良いけど。」
…よし。ここからが正念場だ。
ロウソクの火が、ポッと揺らめいた気がした。
そうか、お前、いけるのか。
精霊がその覚悟なら俺ももう迷わない。
精霊よ、ミコーディア・ミックの名の下に命ずる。俺の、博士の、皆の願いを叶えるんだ。
…俺が消えろと言ったら、スカートを捲るんだぞ?
消えろと言ったら捲る。消えろと言ったら捲る。消えろと言ったら捲る…。
「捲れろ!」
刹那。
一陣の風が博士のスカートを捕らえて捲り上げ、そして黒いストッキングの上の端まで見えたところで通り過ぎ、俺達の頭上で消えた。見ると、ついでにロウソクの火も消えている。器用で気の利く精霊の、素晴らしい仕事だった。
「き…。」
「やった…やりました!消えた、消えましたよ!いやぁ、まさか手を繋ぐだけでこんなに上手くいくとは!ははっ、やりましたね!博士は魔法がちゃんと使えるって、これで解りましたかね!?でもそうか、一回だけだとまぐれってこともありますから、繰り返しやってみましょう!」
ばちーん。
「いたい。そしてひどい。」
「だ!れ!が!スカート捲れって言ったのよ!ロウソクの火を消してって言ったの!」
「消しましたよ。ほら?」
「スカート捲った時に消えただけでしょうが!大体あなた、捲れろって言ってたじゃない!」
「…言ってません。」
「言った!」
「言ってません。」
「…今回の成果は?」
「博士はおへそまで可愛いんですね。」
「やっぱり狙ってたんじゃない!ああ…もうお嫁に行けない…。」
「お嫁なら俺が貰いますよ…って博士はもうお嫁ですよ?」
「今はそんな話をしてるんじゃありません!…あぁぁ…忘れなさい。今見た事は全て。」
「はい!」
「……。」
「ただちょっと時間かかるかも?」
「…頭に強い衝撃を与えれば、記憶が飛ぶことがあるらしいわ。偶々だけどここにある椅子は丁度良い重さで持ち易く手にしっくりと馴染む…。」
「おや?僕は今までこんなところで一体何を?」
…一生忘れる訳ねーだろ。
綺麗な線だったなぁ。
・・・・・。
タキさんへ
突然こんな手紙を受け取って驚かせてしまいましたか?ごめんなさい。でも、どうしても伝えたいことがあって手紙を書きました。気付いてたかもしれませんが、私はタキさんが好きです。
初めて会った時、デビイに話しかけてましたね?デビイは見た目が怖いのか皆あんまり近付かないし、あまり人に懐かない子なんです。不思議な人だなぁって思って、それから少しずつタキさんと話しているうちに、気が付いたら恋に落ちてました。
書き始めたら止まらなくなってしまいますね。
タキさん、好きです。私と、恋人として、付き合って下さい。返事は明日、8時に通りがかりますからその時に貰えたら嬉しいです。
ーーこのように、2人の恋愛感情が高まってピークに達した時こそ、俺は本当にあの子が好きなのか、という自問自答をすべきである、とある、これは形としては自ら問い答えを出すということであるが、実際のところは答えは出ている、では何故そんなことをするのかというと、ひとつには焦らし、つまり時間を利用して更なる感情の高まりを期待するものであると、そしてもうひとつ、これには宗教的な側面もあり、おっとこんな時間か、それでは続きは休憩を挟んでからとする……。
「シンさんや。」
「なんだいタキさん。」
「ちょっと昼飯食いに行こうや。奢るよ。」
「昼休みじゃないぞ?まぁシャシンだから良いけど…お前がサボるとは珍しいな。」
「まぁこっちもシャシンみたいなものだ。こっちは実践だな。」
「そういうことか。じゃ食堂だな。」
一度サボって食堂に来て知ったのだが、サボってるやつの多いこと多いこと。とはいえ講師も居たりしても特に何らのお咎めも無いというのは、全て自己責任であるということだ。まぁ講師も学生時代にはよくサボってたから気持ちは解る、というのもあるのかもしれない。
「…で?ブルゼットちゃんがどうしたって?」
「なんで解った?お前まさかブルゼットじゃないだろうな?」
「お前が持ってくる場合はブルゼットちゃんしかいないからな。」
「博士の可能性は?」
「ゼロだ。ミック博士の壁は元々凄まじく高くて、悩んでどうこう、迷ってどうこうの話じゃないからな。だから大体はブルゼットちゃんだ。」
「お前は偶に、俺のこと好き過ぎるだろと思うくらい俺のこと理解してるよな。」
「雀とか蝶々捕まえようとすると逃げるだろ?それくらいシンプルな思考回路だからなタキは。」
「褒めるな褒めるな。ほいで、何だっけ?」
「何で馬鹿になったの?いや、蝶々だったか。いや、ブルゼットちゃんだよ。」
「お前頭良いな!…手紙を頂戴したんだ。」
「ラブいやつか?」
「そう言われると照れてしまうが、そうだ。」
「で、どうすんの?」
「悩ましいが、まぁ断ろうかと。お前やカンジには心配して貰ったが、仕方ない。」
「あくまで博士ということか。」
「そうだな。やっぱりこんな気持ちで付き合うってのはちょっとな。」
「まぁそれはそうだが…可愛かったのに勿体無いな。もう二度とあんな可愛い子に好きになって貰えることなんて無いんじゃないか?」
「そうだよなぁ。それは俺もそう思うんだ。博士はどうせ無理なんだし、登れない高い壁よりも歩いて登れる丘の方が現実的よな。」
「触れない貧乳より触れる巨乳、を詩的に表現したのか。上手いな。」
「今のはそういうつもりでは無い。そして博士は貧乳じゃない。可愛いだけだ。」
「今はおっぱいの話をしてる場合じゃないだろ。」
「お前が先に言い出したんだぞ。」
「お前が変な表現するからだぞ。まぁ良いや。いつ返事するの?」
「明日の朝だな。」
「すぐじゃん、と思ったけど顔合わせてだとその場だからな。一晩考えられるだけ助かったな。」
「悩ましい時間が長くなったとも取れるな。」
「あんなに可愛い子からの告白だ、それくらいは罰だと思ってせいぜい悩めば良いよ。」
悩ましい。悩ましいが、午後になってしまった。研究室に入れば、博士がいる。博士の顔を見て、また俺は揺らぐだろう。だって可愛いんですもの。
ドアを開けたら博士が学長の顔になってたりはしないだろうか?そしたら俺は何の迷いもなく明日から晴れて彼女持ちになれるのだが。
ガチャリ。
「おはようございま…あれ?」
…そんな…博士…。
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