第6話


 ーーそもそも魔法というものは、えー宗教と深く関係があるもので、世界における唯一の神、その存在の造られた、人間を含めた動物、そして妖精精霊魔族の、これは大きな括りであってその中にも様々な種の生き物が存在する訳ですが、えーっと?その中の精霊、精霊の力を借りることによって、火であったり、水であったり、風であったり、自然を操作するものであります……。




 「なぁタキ。授業ってのは授業と名が付くから眠くなるんじゃないか?」


 「俺は大人の事情で忘れちゃってるから、そこそこ面白いけどな。知ってるなら寝てても良いんじゃないの?寝てたらどうなるのか、知っておきたいし。」


 「ほいじゃちょっくら偵察行ってくるわ。お昼に起こして。」


 「おう。何食べたか教えるわ。」


 「もうちょっと早い方が良いかな。」




 ーーという訳で、精霊の力を借りるには、神の言葉を借りて、神と同等の力を持つ言葉によって、精霊に命令する形で魔法というものが成立します、ここまで、良いですか?質問あったらすぐ言えよー、では、続けるぞ、えっと?ああ、精霊に命令する形で魔法が成立します、ん?どうした?あ、お願いか、命令という形式を取っているのが一般的だから、お願いみたいなのは駄目なんだと思うぞ、精霊は、犬と一緒でハッキリ命令された方が解り易いんだろ、割とシンプルな存在らしいし、それじゃ続けるぞ……。



 神と同等の力だから命令出来るのか。本物じゃない、本物の振りしてるだけの偽物に命令されたら言うことを聞かなきゃならないなんて、精霊さん可哀想…。




 ーーおよそ25年前の、国による宗教縮小の政策があり、えー、それを原因として神父失踪事件が起こり、現在の我が国の魔法事情が生まれた、と、であるから君達が産まれる前は普通に魔法があったことになるが、教会が機能しなくなってからは魔法が無くなった、このことから、魔法には教会の力が必要であった、だが教会が無くなることで、えー我が国の魔法が徐々に消え去った、ということが解るのである、魔法が宗教と密接な繋がりを持っていたという訳だな…。



 命令か…もしミック博士に命令されたら何でも言うこと聞いちゃうよね。なんとなくだけど、出来ないことなんて無い気がする。



 ーーそこでこの学校では……。




 ・・・・・。



 コンコン。


 「タキです、失礼します。」


 「はーい、どうぞ。」



 俺達の教室からはずっと離れている一画にあるこの研究室は、小さいが物も少なくて、研究室とはいうものの、ミック博士の可愛さを引き立たせる為に存在してる単なる額縁に過ぎないと言っても過言ではない。


 言い過ぎたかも。



 「あの…えっと、お、おはようございます…。」


 「おはよ。今度からノックは良いわ。あなたも研究室の人間なんだし。」


 

 そうは言っても、万が一着替え中だったら最高だ。


 …ところで、一晩経って頭を冷やしたら、あれだけ可愛い可愛い言ってたのが嘘のように落ち着いて話せるよな、なんて思ってたさっきまでの自分に教えてあげたい。ミック博士はとんでもなく可愛いんだぞ。



 「さて、私は講師の先生方とは違って、普段こうして生徒を受け持ったりはしてなくて、勝手が解らないから色々手際の悪いこととかあると思うけど、大目に見てね?」


 「ア、ダイジョブデス。」



 ノックする辺りからやり直してぇ。あ、俺も博士みたいな可愛い人と話すの初めてなんで、とか言いたかったのに。言えた筈なのに。

 いや、もっとこう、普通に、はいこちらこそ宜しくお願いします、とか言いたかった。変なやつとか面白いと思われたいやつとは思われたくない。

 

 もっとこう…。


 もっと…なんだろう?もっと、良い返しが何かあった筈なんだけどなぁ。



 「それでね?私のところに、って言われても何をしたら解らなかったから学長に聞いてみたんだけど、私の研究を手伝わせたりしながら私のやりたいようにやって欲しい、って言われてね?あの方がそう言うなら何か考えがあってのことだと思うから、私なりに頑張ってみようって思ってるの。」


 「えっと、具体的には…?」


 「実験動物になって欲しいの。」


 「……え?」


 可愛い顔してこの子、割と恐ろしいもんだね?まぁ正直なところ、そんな形でも博士の為になるなら良いかなって思うけどさ。いきなりそんな感じで来るとは思わないっていうか…いや待てよ?


 万が一、何かあったら「こんなにしてくれちゃってどうしてくれるんですか?こうなったら責任取って旦那さんと別れて結婚して下さいよ結婚!」みたいな展開も期待出来るんじゃ…?


 「はい!頑張ります!」


 「頑張っちゃうの!?…もう、冗談だってば!…タキ君って魔法、使えないんだよね?私に任された、ってことはきっとそういうことだから、ちょっと色々考えてみたの。私の研究を手伝って貰う、っていうか一緒に研究して、そこからタキ君はタキ君で何を学びたいかを見付けて貰いたいなって思ってるんだけど、その…どうかな?」


 首を少し傾けて、どうかな?だと?


 …卑怯さんめ。


 実験動物となって責任を取って貰う案が没になったことはちょっぴり残念だが、さりとて目的が無い・記憶が無い・ミック博士以外興味無いの三拍子揃ってるので、そんな卑怯な手でどうかな?って言われなくても、どうもこうも無い。


 「素敵だと思います。その方向でお願いします。」

 

 「素敵?…まぁ気に入って貰えたってことで良いのかな?じゃあ、今日は初日ってことだし、軽く自己紹介とかから始めていきましょ。私は…昨日やったか。でも一応…ミコーディア・ミック、43歳ですっ!」



 気に入ってるのかな、それ…。


 にこっと笑いながら槍で刺してくる、相変わらず殺傷力の高い自己紹介だ。


 次は俺か…。



 「えっと、僕はタキ・トルトです。」


 「うんうん、それで?」


 「以上です。」



 記憶が無いと、不便だわ。自己紹介で言うことが無い。



 「えっと、それだけ?もっと何か無いの?こう、好きな食べ物とか、趣味とか、色々あると思うけど?因みに私は、結婚してます。」


 ぐはぁ。油断させといてからの、一太刀。




 …とは言われましても。


 好きな子なら目の前にいるんだが、流石にそれは…別に良いか。

 別にタイミングさえ良ければ!とかそういう相手でも無いし、タイミングに良いも悪いもない。

 思い立ったが吉日。まぁ吉でもないんだけど。



 「ああ、短い…ですよね、あはは。」


 「うふふ…そうそう、次はちゃんとね。はいどうぞ。」



 …よし。



 「タキ・トルト、20歳、好きなタイプの女性はミコーディア・ミック博士です。」


 「え?」


 

 …言えた。なんだろう、この異常なまでの達成感。自己紹介って凄いな。

 そして、想いをぶちまけたから吹っ切れたのか、狂おしい程可愛い博士を見て緊張して脳がぐちゃぐちゃになっていたのが落ち着いている。


 狂おしい程可愛いのは変わらないけど。


 なんか赤くなって、あぁとか、うぅとか言ってるのは滅茶苦茶可愛い。


 人妻でも照れたりはするんだな。可愛い。人妻だけど。可愛い人妻。



 「あ、好きな酒のツマミがありましてね?トマトにチーズと鰯の塩漬けを乗せて焼いたのが好きなんですよ。アレに甘くてキッツいのをキューッってのが堪らないんですよ。博士はお酒飲みます?」


 「え?偶には飲むけど…って、ちょっと!なにサラッと流してるのよ!?さっきの何なの!?」


 「え?さっきの?何です?」


 「その…好きなタイプの…ってやつ。」


 ちょっと小声でもじもじしてるの、凄いな。ニヨニヨしちゃうよ!

 もうちょっとこの可愛いを堪能しよう。


 「え?何ですって?」


 「だから!その…す、好きなタイプ…。」


 「え?何ですって?」


 「もう!だから!…う、もしかしてからかってる?」


 「いえいえ滅相も御座いません。因みにですけど、好きな人はミコーディア・ミック博士です。」


 「へぅぅ…。」


 へぅって言った!なんだそれ、可愛過ぎるでしょ!

 でもそろそろ止めとくか、半年はこれでご飯食えるくらい堪能したし。

 赤くなったついでに怒られそうだし。



 「…もう!私、結婚してるんだよ?好い加減にして!」


 ほら怒られた。


 「それなのにからかって、す、好きとかなんとか…。」


 「え?駄目ですか?」


 「え?」


 「好きになっちゃ駄目ですか?からかってません、本気です。一目惚れなんです。でも、いきなり押し付けられた俺のことを考えてくれたりしてくれたのは嬉しかったし、もっと好きになりました。」


 「いや、でも…。」


 いかん、止まらん…。


 「結婚してることを知ってショックでした。でも好きになっちゃったんです。別に付き合って欲しいとか、別れて俺と結婚してくれとか言うつもりはありません。それでも…駄目ですか?」


 「……。」



 …駄目なのか。


 いや駄目だって言われても、困るんだけどね。

 

 てか、咄嗟に嘘吐いちゃったよ。今すぐ付き合って欲しいし、今すぐ手繋いでお出かけしたいし、今すぐチューしたいのに!


 でもしょうがないか…。



 「えっと、すみません。自分勝手でしたね。」


 「いや、えっと…。」


 「なんか熱くなっちゃいまして、本当にすみませんでした。忘れて下さい。」


 「……。」


 あいやー。

 からかってる訳じゃないんだけど、まぁふざけちゃったのは俺だし、でもなんか、からかって好きって言ってるだけみたいに言われたら、ついカッとなっちゃって、やっちゃったんだよな。

 博士ったら黙っちゃって、そんな顔させたかった訳じゃないのに、やっぱ舞い上がってたんだろうな。自己嫌悪だわ。




 …よし。




 「てなわけで今のは忘れて頂いて、ちょっと最初からやり直して、改めて自己紹介をですね…。」


 「…あのさ。」


 「はい?」


 「その、本気なの?」


 「はい。」


 正気なの?って聞かれてても同じ答えだったかもしれないけど、本気は本気、超本気。


 「…あのさ。」


 「はい。」


 「それなら別に、駄目じゃないよ?勿論、その気持ちに応えてあげることは出来ないけど…もっと若くて可愛い恋人探した方が良いと思うけど、でも、まぁ、その、それは別として、素直に嬉しいです。好きって言われるのは、それが誰からでも、やっぱり嬉しい。だから、別に駄目じゃないです。」


 まさかのお許しですよ!博士は女神様や!


 「その、好きになっちゃったならしょうがないもんね。人を好きになるのって、私は…素敵だと思うし、そんなの、駄目だなんて言えないよ。」


 優しい。素敵。可愛い。大好き。

 俺は今世界で2番目に幸せな男だな!

 1番は旦那さんだろ、チクショウめ!

 博士を好きになって良かった!


 「じゃあ好きなままで良いんですか?良いんですよね?やったーっ!いやぁ命拾いしましたよ。駄目だって言われても好きじゃないようには出来ないから、泣きながらこの頭開けてミック博士のことを好きな脳味噌取り出して脳天に蝋燭刺して川に流そうかと思ってましたから!」


 「どんな脅迫よ…ま、まぁ、その、あなたが私のことを、そういう気持ちで…。」


 「好き。」


 「その、私のことをす、好きで…もう!もしかして遊んでる?」


 「好きなんて別に、言い慣れてますよね?旦那さんに言ったり言われたり…あんまりしないんです?」


 「え?そんなこと…いやまぁ、偶には?」


 「偶に!?信じられん…俺がミック博士の旦那さんだったら、毎日可愛いだの好きだの言って、そのうち飽きられて、でも言い続けて、そのうちウザがられて、それでも止められなくて、そして時は流れてわしはもうすっかりおじいさんじゃが、博士は相変わらず可愛いのぅ、大好きじゃと言いながら風呂と間違えて棺桶に入るのに。」


 言いながら思ったけど、博士はきっと本当に変わらずに可愛いままで、俺はただ老けてくんだよな。

 知らない人が見たら、孫を可愛がってる普通のおじいちゃんじゃねぇか。


 「…それは、駄目よ。」


 「え?やっぱり毎日は駄目です?」


 「あ、いや違くて…そうじゃなくて、可愛いとか好きは、そりゃ言ってくれるなら毎日でも、いつでも言われたいわよ。女の子ですから!」


 43歳人妻女の子…ツッコんでいいものかどうか…。


 「でも、旦那さんは偶にしか言ってくれないと。旦那さんも勿体無いなぁ。」


 「勿体無い?」


 「ええ、勿体無い。好きな人に好きって言うのって、いやまぁ俺もさっき知ったんですけど、なんかほっこりじんわりするんですよね。で、博士が嬉しいって言ってくれたのは、なんか物凄く嬉しくて。だから偶にしか言わない旦那さんはホント勿体無いです。人生の半分は損してますね。」


 エルフの人生の半分て、4、500年とかか?大損にも程があるな。

 俺は損したくないから、これから毎日言っちゃおう。


 「……ぷっ。ふふっ、ふふふっ、それはほんと、勿体無いわね。ふふふ…。」


 「ええ、あはははは…。」




 一体何がツボッたのか解らないけど、くすくす笑い続けるミック博士はやっぱり可愛くて。




 とりあえず一緒に笑っといた…。





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