レモンの樹
砂上楼閣
第1話〜なまけ者庭師とまじめな庭師
稲穂学園不思議研究会
そう書かれた無駄に立派な看板の掛けられた建物。
築十数年ほどのオンボロなプレハブ小屋が部室だ。
建て付けの悪いスライド式の扉を開けると、四畳ほどの狭い空間に所狭しと積み上げられた本の山。
歴代の会員たちが残していったミステリー本や不思議な出来事の記された資料たち。
我が同好会の宝の数々だ。
……たまに関係のない雑誌などが束になっているが、ここをゴミ捨て場代わりにしていた誰かがいるなどと考えてはいけない。
時たま読む分にはいい気分転換になる。
さて、学校の敷地の端にある我らの城たる部室だが、所属しているのはたったの二人。
今年で三年になる私と、一つ下の後輩のみ。
数年前に同好会に格下げされてからもしぶとく存続を続けている不思議研究会だが、これは由々しき問題と言える。
新入生が入ってくるには、少々暦が進み過ぎた。
それもこれも、なぜ不思議研究会に所属しているのかが不思議な後輩のせいだ。
ろくに活動もせず、特にミステリーなどに興味を持っているわけでもない後輩。
毎日サボらず部室にやってきてはゴロゴロして、騒いで、こちらを邪魔するばかり……。
その元気を新入生の勧誘に向けてくれればよかったのに。
さて、そんな騒がしくて不思議研究会の一員としては不真面目な後輩だが、定期的に不思議や謎の出来事を持ち込んでくる。
一度あまりにベタベタとかまってちゃんを発動するものだから、月一で不思議を見つけてこなければ不思議研究会を出禁にすると脅しゲフン、言ったところ、学校内の至る所に投書用のポストを作ってきたのだ。
始めはそんなのに投書があるとは思えなかったが、後輩の広い友好関係もあってか、ちょくちょく投書がある。
……もっとも、ほとんどがイタズラやどうでもいいような内容だが。
「せんぱい、センパイ、先輩!久しぶりに投書がありましたよ!」
ガタン!!と扉に対する愛護の心が感じられない開け方をして、後輩が入ってきた。
まったく、騒がしい。
喧しくも不快ではないのが救いだ。
愛嬌があるというか、小動物のようなその雰囲気のせいだろうか?
それはさておき。
どうやら久しぶりに投書があったようだ。
珍しく封筒に入れられている。
ごく稀に舞い込んでくる投書は、出しているのが学生なだけあってメモ帳やルーズリーフに書かれたようなものが多い。
ふむ。
ノートの切れ端であったとしても、内容が読めれば別に構わないけれど。
肝心なのは内容だ。
愛用のペーパーカッターで封を切る。
…………。
「それでそれでそ、れ、で!どんな内容だったんですか?不思議でした?ミステリーでした?謎でした?」
顔が近いよ。
吐息がかかるから顔を離しなさい。
後輩の顔を押しやり、今読んだばかりの手紙の内容を説明する。
要約すると、こうだ。
投稿者の友人の家には10年以上前に植えられたレモンの樹が生えている。
毎年たくさんの実が成り、投稿者もよくお裾分けをいただいていたそうな。
しかし去年からレモンが成らなくなった。
病気になったわけでもなく、葉っぱも青々しく花も咲いていた。
しかし全くと言っていいほど実が成らない。
思い当たる節は、実が成らなくなる前の年に庭師が変わった事…
「?」
要約して話していると、頭に?マークを浮かべた後輩がコテンと頭を倒した。
「どこが不思議なんです?謎でもないです。明らかに新しく雇われた庭師が犯人じゃないですか」
話は最後まで聞きなさい。
それと犯人だなんて気軽に言うものじゃない。
庭師が変わる経緯として、これまで雇っていた庭師の男の作業内容に家主が不満を覚えたかららしいよ。
雑草などの処理はしっかりするのに、レモンの樹だけは伸び放題で、最低限塀の外に出ない程度にしか切らない。
これではまたすぐに庭師に依頼しなければならなくなる。
きちんと切るよう言っても聞かず、挙げ句の果てには実が成らなくするとまで言う始末。
怒った家主は男に依頼するのは止めて、別の庭師に依頼することにした。
手抜きの庭師の次に来た新しい庭師は若いが真面目で素直な人物だった。
伸び放題だった枝をきれいに剪定して、見栄えも良くなった。
伸びて垂れていた枝も切り詰められ、外からの見栄えもよくなり、庭がすっきりした。
家主は上機嫌だったそうだよ。
いつもの時期になっても、いつまで経ってもレモンの実がならないことに気付くまでは。
毎年実らせていたのに、庭師を替えた途端に実が成らなくなった。
最初の庭師が何かやったのかもしれない。
けれど庭にはカメラが仕掛けられているし、調べてみたら最初の庭師はしばらく他県に仕事に行っていた。
レモンの樹そのものは健康そのもの。
どうやって実を成らなくしたのか気になって気になってしょうがない…
だってさ。
馬鹿みたい。
…………。
「馬鹿みたい、って…。明らかに犯人!犯人ですよ!最初の庭師!」
こらこら興奮しないで唾が飛ぶ。
詰め寄って来た後輩を再び押し返す。
何もやってないよ。
最初の庭師はね。
「なんで断言できるんです?というかもしかして読んだだけでもう答えが分かったんですか?誰が犯人なんですか⁉︎」
だから近い…。
顔を両手で挟むように押さえる。
うん、実に不細工だ。
「ぶー!ぶーぶー!」
ブーイングしない。
簡単な話だよ。
最初の庭師も真面目に仕事をしていたんだ。
「???」
本当に簡単な話だ。
ミステリーでも不思議でも何でもない。
最初の庭師はレモンの樹に実が成るように、剪定していたんだよ。
だから傍目にはほとんど切られず伸びているようにみえたんだろうね。
「実が成るように剪定?きれいに切ったら実が生らなくて、適当に切ったら実が成るんですか?」
別に適当に、それこそ無差別に切ったんじゃ意味ないさ。
最初の庭師は、春枝を残して剪定していたんだ。
そして毎回塀に当たるような長さだったのも、前回生えた枝を切って、今回生えた枝を残していたんだよ。
つまり、依頼がある度に順番に切っていたから、毎回それほど長さに違いが出来たように見えなかった、というわけ。
「えっと、つまり今回右側を切ったら左側を残して、次回は右側を切らずに左側を切ってのサイクルを繰り返してたってことですか?」
うん、分かりやすく言えばそうなるね。
日当たりの問題で、比較的塀側は枝が多く残っていたんじゃないかな?
だから見栄えだけを気にする家主はそればかりが目についた。
「なるほど?ところで春枝ってなんですか?」
君が理解出来てないことを理解したよ…。
レモンを始め、柑橘類の木々は春、夏、秋に新しい枝を生やすんだ。
今回のレモンが成らなくなった理由も、まだ寒い時期に春枝を切ってしまったからだね。
まぁ別に夏や秋だろうと実は成らなくなるだろうけど、多分これがあったのは春先のことだろう。
「夏や秋も枝を伸ばすんですよね?それになんで春先のことって分かるんですか?確かに今は初夏でタイミング的には予想はできますけど」
時期の問題はたぶん半年後でも春先だって予想できたと思うよ。
お裾分けってあったからね。
「お裾分け?」
そう。
レモンは3回花を咲かせる時期があるんだ。
そしてその中でも春枝が一番多くの実を成らせるんだよ。
レモンの剪定の時期は基本的に2月から4月頃だしね。
実を成らなくすると言ったというのは、枝を切り詰めてしまえば実が成らなくなるからだろうね。
にも関わらずしつこく切れと言われたから、そこから誤解が生まれたんじゃないかな。
…………。
「えー…。この家主さん、馬鹿なんですか?というか何年もレモンの樹を育ててるのに、そんなのも知らなかったんですか…。それに新しい方の庭師さんもなんで切っちゃうんですか!」
押さえてるのにさらに顔を押し込んでこないで。
もう不細工を通り越して前衛アートだよ。
まったく。
別にレモンを栽培してるわけでもないだろうからね。
それに庭の手入れは庭師に任せていたみたいだし、毎年たくさんの実を付けるのは当たり前だって思ってたんじゃないかな。
人はそこにずっとあるものを普通だ、日常だと認識したら疑問を覚えないものだよ。
こうして変化があったからこそ謎になる。
それも知識がないから不思議だって思うんだ。
それに庭師だからといって全ての樹木の知識があるわけでもないし、剪定ができるからといって実を成らせることを目的に剪定しているわけでもない。
知っていたとしても依頼主からそう切ってくれと頼まれたらそうするしかないさ。
余程の頑固者でもなければね。
この家主は少なくとも外からの見栄えばかりで、実が成るかどうかは考えてもいなかった。
当たり前に実ると思ってるものなんだから、わざわざ実が成るように切ってくれなんて言わないだろうからね。
そりゃレモンも成らなくなるよ。
「あっという間に今回の謎も解かれちゃいました…。あーあ、もっと不思議でミステリーな時間は起こらないものですかね〜」
謎はたいがい知識不足によって起こるものだよ。
あと不思議とミステリーはほぼ同じ意味だからね?
こういう同じものを指しているのに、別物として捉えてしまうのも日常に潜んだ罠だね。
ミステリーは知識によってほとんどの場合答えを出すことが出来る。
解けない謎は情報と事前知識の不足によるものだ。
いや、いい暇潰しになったよ。
こういった謎も解いていく過程はいい頭の運動になるからね。
「不思議研究会の会長とは思えない考えですね。というかなんで先輩はレモンの樹についてそんなに詳しいんですか」
知ってる事、分かる事を研究したってつまらないじゃない。
そして知識は力。
まったく関係ない知識のようであっても、どこかで役に立つこともある。
ミステリーに関係のない雑誌からだって学ぶものはあるんだよ。
私はそう言って溢れ返る本の山に目を向けた。
レモンの樹 砂上楼閣 @sagamirokaku
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