殺人
白瀬直
第1話
自分の腕の断面を見る機会が訪れるとは思っていなかった。
肉の赤さ。骨と神経の白さ。一瞬だけ見えたそれらに比べると色白だと言われる肌の色が白とは程遠いものなのだと認識された。
飛ぶ腕の先にはナイフが握られている。その切っ先は内側に向けられていて、殺意のまま力強く握られて固まっている。
それだけのものを確認した後、ようやくそれだけのものを観察する余裕があるのだと気づいて、可笑しくなった。それでも笑いなんか出てこない。口から出てくるのは言葉にならない叫びだけ。私の脳と体は切り離されていて、考えと全く関わらない反応だけを繰り返している。
目の前にいるのは痩身の男。全身灰色のスーツに身を包んでいるのに、普通のサラリーマンなんてイメージはまったく湧かない。コンパスを思わせるその細身が腕を振るう度、私の体の感覚はどんどん小さくなっていく。
目に見えない何か、恐らくは何か細く硬い糸の類。そういう物が振るわれているのだと気づいたときには、私の体の感覚は頭部だけになっていた。
何もできない。そんな悔しさすらわかない。
私は今から死ぬ、そんなことが判り切っているのに、その男の美しさに見惚れてしまっていたのだった。
ボトリ。
私が最後に聞いたのは、そんな、自分の頭が地面にぶつかる音だった。
殺人 白瀬直 @etna0624
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