第3話 入学試験
赤レンガの校門をくぐる受験生達は、一人の乙女に見惚れていた。
その乙女は、リボンで飾られたツバの広い帽子をかぶり、そこからはみ出した長い黒髪を優雅に風に泳がしていた。スカートの長い裾が、風に踊るたび、可愛らしい色気が広がる。
乙女が一人、全身で風を受け、校門前で仁王立ちをしていた。
威風堂々とした姿勢に似合わない可憐な容姿に、男女問わず心を奪われる。
「ここが、道場でござるか!」
勇ましい声を出すも、強風に帽子が飛ばされそうになると、キャと内股で帽子を抑える仕草を、お嬢様の本能がさせる。
「メアリー殿! アレン殿! ついに道場に参ったでござる!」
クラリスお嬢様は、今日も元気いっぱい。
高熱で何日もうなされていた彼女は回復すると、それまでの病弱が嘘のように活発になった。
ラングレイ辺境伯に仕える者たちは「お嬢様は元気になられた」と喜んでいる。
彼女の発言も、行動も、アレだが、時折見せる、その仕草と所作は、お嬢様そのもの。だからこそ、皆、ツッコミどころ満載の、クラリスお嬢様の変化を素直に受け入れてもいた。
ただ一人を除いては……。
「道場ってなによっ!」
二歳年上のメイド、メアリーは深いため息をつく。
以前は心の中でしていたそれも、この二、三日は、「はぁー」と躊躇うことなく大きくするようになっていた。
重大な使命が、クラリスお嬢様の父親、ラングレイ辺境伯より、彼女へ、与えられたからだ。
最初、メアリーは、クラリスお嬢様と一緒にセントレイ王立学園に通うようにと言い渡された時、これで玉の輿に乗れると飛び上がるようにして喜んでいた。
彼女が回想をしていると、クラリスお嬢様のご機嫌な声が聞こえる。
「ここで修行をすれば、最強の戦士とやらに、それがしも、なれるのでごさるな」
クラリスお嬢様は、妙なことを口走りながら、けなげにお祈りのポーズで喜びを表現している。
メアリーが
「最強なんて、いりませんっっ!」
ピシッとクラリスお嬢様にツッコミを、いや、注意をした。
そんな彼女が、ラングレイ辺境伯より言い渡された使命は、クラリスお嬢様が、淑女らしからぬ行動をしないよう見張ることだ。
子が子なら、親も親とメアリーはあきれる。
「淑女に刀を持たせたらダメでしょっ!」
あまりにも大きな声に、クラリスお嬢様をうっとりと見つめていたクラリスの幼なじみ、アレンはギョッとして驚いた。
メアリーがツンツンしていると、
「メアリー殿は、なんで大声を出してるでござるか?」
と言いながら、クラリスお嬢様は、ブンブンと鞘に収まった刀で素振りをはじめた。
「だぁ、かぁ、らぁ、周りに人がいるところで素振りしちゃ、ダメでしょっ!」
メアリーは、顔を真っ赤にする。
そばを受験生の女の子たちが、通りすぎる。
「元気なメイドさんね」
コソコソと話す声に続いて、キャッキヤッという笑い声が聞こえた。
「な、なんで、わたしがっ……」
メアリーは恥ずかしくなり、耳を赤くしてうつむいた。
メイドが大声で、しかも敬語を忘れるなど、あるまじき行為。
「全部、クラリスお嬢様のせいっ」
と思い、肩をワナワナと震わせた。
それでも、
「身体の具合が悪いでごさるか?」
と瞳をうるうるとさせて、上目づかいでメアリーの顔を、心配そうにのぞいてくるクラリスお嬢様を見ると、その小動物の仕草に、
「まあ、お嬢様たらっ」
と許してしまうメアリーなのであった。
「門を叩きに行くでござる!」
クラリスお嬢様は、さっそうと歩き出す。
「どこの門を叩く気ですかっ!」
メアリーも、ちゃんと仕事をしながらついていく。
そんな二人をアレンは、慌てて追いかけた。
さて、午前中の筆記試験が終わると午後は、いくつかの会場に別れ、剣と魔法の実技試験となる。
最初は魔法の実技試験。
いつもは、自信満々のクラリスお嬢様もどこか、不安な様子。
「妖術は苦手でござる」
ボソボソとした力のない声。
妖術とは、魔法のこと。
クラリスお嬢様は、ラングレイ邸で魔法がどんなものか見たことがあった。
その時も大騒ぎだったのだが……。
「最近は調子が悪いようですが、お嬢様の魔法の才は、秀でてます。だから、きっと大丈夫ですわ。あと妖術ではなく、魔法です。ま、ほ、う」
メアリーは、妹を言い聞かすように励ました。
「みんな、凄いでござるなぁ」
実技をする受験生たちを見ながら、クラリスお嬢様は感嘆の声を上げる。
それを実技が行われる度に、うっとりとした表情で、受験生達、男女問わずに、「凄いでござる、凄いでござる」というものだから、試験会場はデレデレの空気に包まれていく。
受験生の男の子たちは、クラリスお嬢様の祈りのポーズを見て鼻の下を伸ばし、女の子たちも、彼女のうるうるとした瞳に見つめられると、頬を赤くした。
デレデレ満載の空気。
実際のクラリスお嬢様を、そばで見るとちょっと違う。
「メアリー殿、アレン殿、今の
「
「
「水魔法の基礎」
「
「つち」
「あれは、伊賀の出か?」
「男爵様のご令嬢ですって、いがって何ですかっ!」
「あの者、やはり甲賀……」
「こうがって何よ!」
メアリーは、一字一句漏らすことなく、甲斐甲斐しくツッコミを入れていく。
そんなメアリーも、実技を無難にこなし、いるかいないかハッキリしないクラリスお嬢様の幼なじみアレンも、あっさり魔法を成功させた。
「ついに、ラングレイ辺境伯のご令嬢、クラリスお嬢様の出番!」
試験会場のいる全員が同時に、心の中で絶叫した!
試験内容は魔法を発動させ、十メートル先の的に当てるだけの簡単なもの。
的を外せば0点だが、当てたら百点というものでもない。的は魔石で出来ており、その魔力の強さで色が変わる。
的が神々しく輝き、まばゆい光を放てば、百点となる仕組み。
さあ、いよいよ、クラリスお嬢様が、試験場に立った。
一応、彼女は、ラングレイ邸で魔法の練習は積んでいた。それでも、結局、コツを掴むには、いたっていない。
目を閉じ、魔力(クラリスは妖力と言いはる)を練り上げようと必死に集中をする。
火炎魔法(彼女は
内股で足をガクガクに震わせ、エイッと両手を前に突き出した、頑張るお嬢様の正しい姿勢が出来上がる!
さあ、試験官と受験生の心が一つになった。
「がんばれ! クラリスお嬢様!」
みんなが、必死に祈りを捧げる。
クラリスお嬢様の両手がポワポワと淡く光る。
「がんばれ!」
皆が叫ぶ!
クラリスのお嬢様本能が姿勢を微調整、腰が少し引き気味になり、目をつむりながらエイエイと両手を振ると、それが生まれた。
ポカポカとした柔らかて可愛らしいオレンジの炎は、ゆっくりとゆっくりと、的へ、的へと進んでいく。
人の頭ほどの炎は、ゆらゆらと揺れ、フラフラと進む。
皆が皆、その炎をうっとりと眺めていた。
エイエイエイとクラリスお嬢様が必死に誘導し、ついに的に着弾した。
皆が拍手をしようとした時、爆発音が轟き、熱風が吹き上がる。何という威力、的は光るどころか粉微塵になってしまった。
「当たったでござる」
クラリスお嬢様は、やれやれとなり、ふうっと袖で汗を拭う。
「袖で拭いちゃダメでしょっ!」
メアリーのツッコミは間違えている。
人が魔石を壊してはいけない。
壊れるはずがない魔石が粉微塵となり、結局、クラリスお嬢様の魔力は測定不能の結果となった。
静かさが支配する会場を後にして、クラリスお嬢様達は、剣の実技試験へと向かった。
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