【怒り】ロウラヴ
貴女の目が好きだ。
その瞳を怒りで震わせるためなら、わたしはなんだってできる。
初めて出会ったのは大学の新歓。二年上の透子センパイには当時付き合っていた男がいて、人が多いそのサークルでもよく知られたカップルだった。
一目惚れだった。
付き合いたいとは最初から思っていなかった。
その目を、甘ったるくゆるんだ表情を、できるだけ負の感情に歪ませたい。それが怒りだったらもう最高。
この性癖に気付いたのは小学生の頃。
わたしのクラスにはガキ大将的な存在がいなかった。
気に入った女子はとりあえず泣かせてかかるわたしにビビって、誰一人暴れようとしなかったのだ。
もちろん問題になった。
しかしまあ、小学生のいじめなんてかわいいものだと、そういう擁護がわたしを増長させた。
中学からはもっとうまくやるようになった。
少しずつ人を見る目も磨かれていったし、普通の人間に擬態するのもうまくなった。あの頃は問題児だったけど、すっかり大人になったねえと大人が囃し立てた。
自分は邪悪だと思う。思っている。自覚はある。わたしは無垢でも愚かでもない。
きっと地獄に落ちる。
どうせなら透子センパイみたいな女性にできるだけ憎しみを込めて殺されたい。
「ねえ、いさりちゃん」
「はい、なんでしょう」
「明日、空いてるかな」
「デートですか、いいですよ」
「よかった」
これは、わたしの予感でいうと、デートよりは呼び出しの範疇に入る。
手始めに透子センパイの彼氏を寝取ってみた。
わざとばれるようにして透子センパイの反応を伺ってみたところ、これだ。
もうちょっとピリつくのかなと思ったけど、温厚な表情がそのままで、余計にぞくぞくする。
そうこなくちゃ。
午後二時、大学近くのタリーズで待ち合わせる。ハニーミルクラテを注文して、飲みながらセンパイを待つ。
ハニーミルクラテは甘すぎるぐらいに甘くて、しあわせという言葉を飲み物にしたような味がした。
「おまたせ」
「遅いですよ、センパイ」
「いさりちゃんが早いんだって」
「あ、センパイもですか」
「タリーズで他に頼むものなくない」
「そこまでは言いませんけど」
まるで普通の友人みたいに笑う。
「で、今日はどうしようか」
「センパイの行きたいところでいいですよ」
「そうだなあ」
服でも見に行こうか、と、そういうことになった。
センパイが薦めてくるものは少女趣味すぎて好みじゃないけど、せっかくだから白いブラウスを一つだけ買った。センパイに買わせることはできなかった。ちょっとくやしい。
「ねえ、ごはんどうする」
「わたし、けっこうお腹すいてるかもです。センパイは」
「じゃあ食べられるとこ行きたいね。お酒は」
「飲みたいです」
最終的に入ったのは、センパイがおすすめだというアイリッシュパブ風のレストラン。本格的な感じじゃなく、日本人が日本人向けに作った感じのお店。
「これは、本格的、なんですかね」
「わかんない、アイルランドなんて行ったことないし」
不思議な味付けのフライを食べながらああでもないこうでもないと話す。大学での最近の話とか、普段の生活とか、観てるメイク動画とか。
「ねえ、いさりちゃん」
「なんですか」
「どうしてまーくんと寝たの」
おお、きた。
「センパイ、あの人のことまーくんて呼ぶんですね。野球選手みたい」
「ねえ」
「どうして、ですか」
「ねえ」
目が怖い。ぞくぞくする。これ。
「いや、特には。流れで」
いやでも、と続ける。薪をくべるみたく。
「センパイ、あの男やめたほうがいいですよ。ちょっと一、二回セックスが良かっただけで彼氏面してくるんですもん」
「ねえ」
壊れたラジオみたいにわたしを呼ぶ。実際ちょっと壊れてるのかもしれない。
たぶん壊したのはわたしだ。
いいね。
「じゃあこのあとホテル入りますか、それでおあいこっていうか」
「ふざけないで」
「まあまあ。センパイ、アヒージョ食べます」
あくまで真面目に応えようとしないわたしに、透子センパイは呆れているみたいだった。
「なんでアイリッシュパブにアヒージョがあるんですかね」
「日本人が作ってるからじゃない」
「お茶漬けとか頼んだら出てくるんですかね」
「居酒屋に行きなさいよ」
思ったより平常心だ。もっといらいらして、まともにコミュニケーションが取れなくなると思ってたのに。
「じゃあ、二軒目は居酒屋にします」
「チェーンじゃなければ」
「もちろん」
わたしと透子センパイはどちらも食べるのが好きだ。それがわかっているので最初からそういうところには行かない。
「いさりちゃん」
「なんですか」
「わたしもあなたとセックスしてみたら、何かわかるかなあ」
「何かわかるかはわかりませんけど、するなら歓迎ですよ」
とりあえず会計を済ませて、夜風に当たりながらぶらつく。
「たとえばほら、この辺に入るとして」
ネオンを指して言う。
「センパイ、わたしとセックスってできますか」
「たぶん」
センパイがシャワーを浴びている。
よくわからない状況だ。酒の力って怖い。
ぼうっとしていたら眠くなってきた。それはでも、流石に。
流石に。
目がさめたらまだシャワーの音が鳴っていて、センパイが死んでいた。
やりすぎたか。
寝ぼけたぼさぼさの頭を、化粧も落としていない顔を指でかきつつ、考える。
どうしたもんかな。
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