カブライフ!─Super Cub Story─
英 蝶眠
おなじ話〈ハンバートハンバート〉
夜中の電話ほど心臓に悪いものはない。
その夜の穂積
「黒澤
クラスメイトであった彼女の訃報を聞いたのも、深夜の十一時を過ぎていたから、確かに真夜中である。
「何でも、浴室で首をつっていたらしい」
明らかに自ら生を絶ったのであろう。
聞けば密葬はすでに終わっていたらしく、
「お別れ会ついでのクラス会をするらしいんだが、駒木根はどうする?」
というのが穣の眼目であった。
ところが。
どうにも翔平は乗り気がしない。
そもそも郷里にはほとんどよい思い出もなかったので、大学へ進むのを契機に地元を離れ、今は川崎に住まっている。
「みんな会いたがってるぞ」
穣は言うのだが、翔平は言を左右にして煮え切らない。
「お前なぁ…元カノの黒澤が亡くなったんだから、戻ってきて線香でもあげてやれよ」
そんなことを言われようが、戻りたくないものは戻りたくない。
「とりあえず、仕事が落ち着いたら考える」
翔平は具体的な結論を出さないまま、電話を切った。
穣の夜中の電話の件も忘れかけた数ヶ月後の晴れた日曜日、C90と呼ばれているカスタムカブに
夕海の黒澤家の連絡先は知っていたので、出発する前にお参りの旨だけ伝え、到着すると電話を入れた。
「わざわざ川崎から、バイクで?」
夕海の母親は、ひさびさに顔を見た娘のかつてのクラスメートを、驚きながらも明るく迎えてくれた。
「時間がなかなか取れなくて、顔も出せずすみません」
「駒木根くんは上京したから、多分来られないんじゃないかって話があったばっかりだったんですよ」
夕海のつながりから、恐らく話したのは今は役所にいる仲の良かった佐藤
「今日はたまたま休みなんですけど、お参りが済んだら帰らなきゃならなくて」
それでも片道で三時間ばかりかけて来てくれたのが、遺族にすればありがたかったらしかった。
仏間に通されると、真新しい白絹に華鬘結びのついた箱が経机に置かれてあって、
「まさか夕海がこんなことになるなんて」
といいながら、
「でも一番仲が良かった千夏ちゃんと、いつも一緒に通学してくれた駒木根くんは、頼りにしてたみたいなんですよ」
手を合わせる背中に向かって母親が語りかけた。
一礼をしてから、
「たまたま同じ方向だから、一緒に通学していたんですけどね」
翔平はフラットな言い方をした。
「けど…多分、夕海は駒木根くんのこと好きだったんじゃないかなって、今では思うんですよ」
母親はなにか、わかっていたのかも知れない。
翔平と夕海は、田舎なだけに原付での通学が許されていて、翔平は祖父の形見であったC50に乗って通学していた。
「爪先が引っかかるから」
という単純な理由でレッグカバーの泥よけをカットして、ホームセンターで買ったガラス窓用のパッキンを嵌め込んで乗っていたのだが、
「私も乗せてくれない?」
と頼まれ、夕海をリアキャリアに乗せて通学したこともあった。
そのうち夕海も誕生日が来て免許が取れたので、夕海はスクーターに乗るようになって、二人で並んで通学するようになったのであるが、
「あの子、駒木根くんと同じのに乗りたいって言って、アルバイトでお金貯めたりしてたんですよ」
そういえばいつであったか、中古のC50を買って乗ってきたことがあった。
「これで坂道で置いて行かれずに済む」
そう言いながら、夕海は登り坂でスロットルを開いて翔平のすぐ後をついてきたことがあった。
図書委員をしていた夕海は、演劇部の翔平と一緒に高校から帰ってくる日も多かった。
二人は寄り道で、高校の裏手にあった展望台に行ったりもしたことがある。
翔平の誕生日にファーストキスを交わした日も、日曜日にこっそり行った、町はずれのラブホテルで初めての関係を結んだ日もバイクで一緒に走っていた。
しかしそれは二人だけの秘密で、
「黒澤…いや夕海ちゃんには仲良くしてもらってました」
としか翔平は言わなかった。
それでも母親は何か感づいていたのかも知れない。
「夕海はなかなか友達ができなくて、千夏ちゃんと駒木根くんがほんとの友達で、だから駒木根くんがたまにこっちへバイクで帰ってくるのを楽しみにしていたんですよ」
夕海の家は少し複雑で、夕海の両親が離婚して、母親が夕海を連れて引っ越してきた。
たまたま近所で町内会の役員をしていた翔平の母親と知り合い、それがきっかけで話すようになっただけのことに過ぎなかったのだが、
「だから夕海もホントは東京に戻りたかったらしいんだけど、うちは裕福でなかったし」
学費を工面することが出来ず、それで田舎に残ったらしかった。
そういえば夕海は一度だけ、翔平に逢いに東京まで来たことがあったのを思い出した。
キャンパスからの乗り継ぎの関係で池袋で待ち合わせて、サンシャインの水族館や池袋のアニメのグッズの店へ行ったりしたのだが、
「ね、よかったら一緒に暮らそう?」
とあのとき言った夕海の言葉の意味を、帰り際まで考えていたものの、皆目わからないまま玄関を出た。
カスタムカブを再び走らせると、高校の裏手の展望台へ向かってみた。
すっかり整備されて新しくなっており、駐車スペースは広くなっているし、当時なかった売店まである。
ちらっと寄ろうとしたが、誰かに会うかも知れないと思い返して坂を下った。
結局そのまま帰って、未だに展望台までは行けずじまいである。
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