恋人は寝刃を合わす(25)
鋼鉄の右腕は頑丈だった。どれだけ刀を受け止めても、傷一つつかない強固さで、恋路のことを守り続けていた。
それ故に恋路は右腕が壊れる可能性を微塵も考えていなかったのだが、鋼鉄の右腕にもはっきりとした弱点が存在していた。
それが右腕であるという点だ。刀や盾などの武器とは違い、鋼鉄の右腕は右腕としての機構を備えている。分裂するかどうかという点は別としても、右腕として使用される以上、その部分で強く恋路と繋がっている必要がある。
そのための細かな仕組みに加え、恋路からの命令を正確に伝達するために、鋼鉄の右腕は常に妖気を食う仕様となっていた。それが燃費の悪さに繋がるのだが、この部分が鋼鉄の右腕の大きな弱点だった。
つまり、鋼鉄の右腕は右腕として維持するために、常に妖気を必要としていた。逆に言えば、妖気の支払いに滞りが出れば、右腕は右腕としての形が維持できなくなるということだ。
恋路は右腕を細腕として使用し続けて、身体に異常を感じるほどの妖気を消費していた。この時点で鋼鉄の右腕は既に完璧と言える状態ではなくなり、表面上の硬さを維持しつつも、その形状を保つには不十分と言える状況に陥っていた。
特に関節部分は与えられる妖気も維持に努めていたことから、妖気の消耗が激しくなった今、指一本をくっつけることすら限界に近い状態が近づいていた。
そこに葉様と傘井が飛び込んだ。共に恋路の弱点は理解していたので、恋路を挟むような位置取りをして、恋路が咄嗟に対応できる可能性を減らし、自分達が攻撃するだけの隙を生み出した。
そこから加えられた葉様の最初の攻撃は単純な斬撃ではなく、葉様がそれまでにも見せていた仕込みを重点とした攻撃だった。そのために葉様は攻撃を弾かれても、すぐに体勢を整えられていた。
次に放たれた傘井の一撃は、葉様とは対照的に一撃の重さに重きを置いていた。その一撃で恋路に十分な攻撃が届けば良かったのだが、結果的には鋼鉄の右腕によって対処され、傘井の一撃は大きな隙を生み出した。
とはいえ、これも布石の一つにしか過ぎなかった。葉様が最初の攻撃を仙気の設置に努めることは傘井も分かっていたことなので、自身の行動は大きく二つの目的があった。
一つは直接的な攻撃で、恋路にダメージを与える可能性に賭けること。
もう一つは自身の攻撃が葉様による攻撃を補助すること。そのために大振りの一撃を噛まし、恋路の意識を自身に向けながら、葉様の一撃をサポートするために、傘井はそこに仕込みをした。
それが葉様と同じように仙気を分離し、設置することだ。元から傘井は秋奈に憧れ、秋奈の仙技を模倣しようとしていた。完璧に同じものは生み出せなかったが、仙気の放出という観点は他よりも優れている部分があった。
その技術を利用することで、恋路の付近に設置された葉様の仙気の上に、自身の仙気を重ねて、次の葉様の一撃を強化することにした。
そして、葉様が最後の一太刀を振るう。そこには葉様が事前に設置した仙気と、傘井が重ね合わせた仙気が乗り、それまで葉様が振っていた一撃以上の重さが刀に乗っていた。
それに加え、恋路の右腕は既に妖気の消耗から、形状の維持がようやくの状態にあった。その中でも硬さを疑わない恋路は受け止められると腕を振るい、正面から刀を受け止める道を選んでしまった。
故に、右腕は瓦解した。
そのことを知らない恋路はどうして右腕が崩れたのか分からないまま、葉様の振るう刀をまっすぐに見つめていた。どれだけその軌道が分かっても、避け切れない位置にいては意味がない。生身で戦うしかない恋路の最大の弱点がそこにあった。
葉様の刀が恋路の胸元を切り裂いて、恋路は致命傷を負った。そこまでの妖気の消耗も相俟って、恋路は助からないことを悟りながら、ゆっくりとその場に崩れ落ちるように倒れ込む。
腹の中に携えた恨みは晴れることがなく、殺してやりたいと願った相手は目の前に立っているまま、自分は死んでいく。その不甲斐なさを呪いながら、恋路は葉様を睨みつけた。
目を変え、相手の心の中を覗き込み、自身を見下ろす葉様が何を考えているのか見てやろうとする。
そこで恋路は驚く。覗き込んだ葉様の中には、考えと呼べるだけの考えがなく、ただ無心で恋路に刀を振るっていた。これまでに葉様が度々見せた怒りも憎しみもない。
その様子に恋路は思わず笑みを零す。
「何だよ……必死かよ……」
その一言に恋路は僅かばかりの喜びを覚えながら、地面に身体が到達する前に、ゆっくりと意識を手放した。
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