鯱は毒と一緒に風を食う(39)

 ピンクやフェザーがそうしているように、ジ・オルカもピンクやフェザーの様子を窺っているものだと思っていた。思い込んでいた。


 だが、実際はそうではなかった。


 そのことに気づいたフェザーの声を聞き、ピンクもようやく気づけたのだが、その時点でジ・オルカの目的は達せられていたと言える。


 ピンクやフェザーが気づいた妖気から逃れるよりも速く、ジ・オルカは身体を発光させて、電撃を二人に放ってきた。飛び出す電気の速度から逃げられるほどにピンク達は速くない。

 あっという間に電撃はピンク達に到達し、猛烈な痛みとしてピンク達の身体を襲った。


 痛み。熱さ。身体を通過した電気の残り香を全身で感じながら、ピンクとフェザーはその場に倒れ込む。


 幸いなことに仙気が電気の通過を妨害し、生命活動そのものが停止することはなかった。心臓が止まることもなければ、脳が機能を停止した素振りもない。

 猛烈に痛かったがそれだけだ。間違いなく、ピンク達は生きている。


 だが、それも辛うじてと言えた。ピンクもフェザーも倒れ込み、即座に動き出すには身体の自由が利かなかった。


 瞬間、ジ・オルカがピンクの前に立った。感情の見えないシャチの顔がピンクの前に向いて、ピンクは言葉を失う。


 助かったと思ったのも束の間、ピンクは既にあの世の入口に片足を突っ込んだ状態になっていた。後は向こうに引き摺られるまま、あの世に入り浸って終わりだ。

 絶望するピンクの前でジ・オルカは動き出し、ピンクは僅かな抵抗を残すように、感覚の吹き飛んだ腕を動かそうとした。


 その直後、ジ・オルカの振り切った足がピンクの身体に触れた。ピンクはサッカーボールのように軽やかに蹴り飛ばされ、ジ・オルカから離れるように道路を転がっていく。


 その痛みに全身を襲われながら、ピンクはそれまでの絶望を捨て去るように、大きく息を吐き出した。


 助かった。不意に思ったことはそれだった。

 助かったのか。最初の気持ちと共に、その疑問も膨れ始める。


 ピンクはさっきの電撃が近距離で落とされる未来を想像し、絶望した。

 仙気という緩衝材があっても、身体がしばらく動かなくなる一撃だ。真面に食らったら、次は本当に死が見えている。そう感じたからこその絶望だ。

 その絶望を食らった側が感じて、放った側が気づいていないとは思えない。


 だが、ジ・オルカは電撃を放つことなく、蹴りを噛ましてきた。それもピンクが僅かに動かした腕に当たる蹴りだ。痛みはあるのかもしれないが、感覚の吹き飛んでいた腕では痛みを確認することもできない。


 ジ・オルカは明らかに止めの瞬間を逃した。ピンクはそう感じるほどに、今の行動は不必要だった。


 転がった先の道路でピンクは次第に感覚を取り戻し始めていた。全身を襲った痛みが少しずつ引いていく一方で、腕を襲う鈍い痛みに気づき始める。


 今の蹴りによるものだが、痛いだけで腕が動かないわけではない。力一杯に振り切ることは難しいかもしれないが、攻撃を受け止めるくらいならできそうだ。

 もちろん、その際に襲ってくる痛みを無視した場合の話であり、それが可能かは分からない。


 しかし、一時は死を覚悟したピンクが助かったことは事実だった。どうして、そうなったのかは分からないが、痛みにありがたさすら覚えながら、ピンクはゆっくりと立ち上がる。


 それから、ふとフェザーのことを思い出し、ピンクはジ・オルカのいる場所に目を向けた。蹴り飛ばされたピンクの隣にフェザーは倒れ込んでいたはずだ。


 そう思ったのだが、フェザーは既にその場で起き上がり、ジ・オルカを殴り飛ばしていた。


 何が起きたのかは分からないが、恐らく、フェザーはピンクと違って、電撃を真面に食らっていなかったのだろう。ピンクよりも先にジ・オルカの妖気に気づいていたくらいだから、仙気による保護などを厚くし、電撃によるダメージを抑えていたようだ。


 その状態で倒れ込み、ジ・オルカの油断を誘った。それが功を奏したのだろうとピンクは想像した。


 ジ・オルカはフェザーによる不意の一撃を食らい、背後に大きくよろめいていた。フェザーはその隙を逃がすまいと、ジ・オルカとの間に生まれた距離を詰めて、ジ・オルカに再び拳を叩き込もうとする。


 しかし、二度目は流石に許されなかったようだ。フェザーの拳が到達する前に、ジ・オルカはフェザーとの間にスペースを作るように移動していた。


 ジ・オルカがいたはずの空間に向かって拳を振るい、盛大に空振りしたことでフェザーは転びそうになっていたが、寸前のところで立て直し、体勢を整えてから再びジ・オルカを見つめていた。


「行ける……これは行けそう!」


 拳を握り締めながら、確かな実感を噛み締めるようにフェザーがそう口にする。

 その声を聞いたことで、ピンクは腕に残っていた痛みが引いていくような感覚を味わった。

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