鯱は毒と一緒に風を食う(24)
連絡は幸善達がC支部を出るよりも早く、C支部に届けられた。昨日に続いて、C支部に集まっていたフェザー隊の面々と共に、その一報を聞いた幸善はすぐさま牧場に向かった。
セバスチャンが不審な男を目撃したと幸善に証言した翌日だ。今日からセバスチャン達を守るために監視を始める予定だった。
それがまさかと思いながら、幸善達は牧場に到着し、そこで再びセバスチャンと対面した。
それは残念なことに、既に息絶えた姿だった。
セバスチャンだけではない。その牧場にいた羊の群れの四分の一ほどが先日、訪れた畜舎の中で死亡していた。
幸善達はその光景を前にしばし立ち尽くした。何があったのかと疑問に思う頭はあっても、その疑問を解消するほどに考える頭はなかった。
ただ呆然と、動かなくなった羊を眺めて、それから、何もすることができなかった。
その中でフェザーは迅速に動いていた。牧場主にしばらく近づかないように伝え、畜舎の中に入っていくと、そこに置かれた羊の遺体を順番に観察し始めた。
これだけの羊が突然、死亡したのだ。そこには何か要因があると考えるのが普通だ。その要因を突き止めるためには調べないといけない。
その様子にようやく我に返った幸善がセバスチャンの身体を調べようとする。
そこでフェザーが手を伸ばし、幸善を制止した。
「待って。これは危ない。一度、C支部に連絡する必要があるわ」
「え?危ない?」
フェザーの少々曇った表情に何があったのかと思っていると、フェザーは幸善やピンク達を畜舎の外まで連れ出し、ぼそりと四人に聞こえる声で呟いた。
「この前のハトと一緒……」
その一言に三人の表情が固まる中、幸善だけは何を言っているか分からなかった。フェザーは幸善達から少し離れ、スマホを取り出すと、恐らく、C支部への連絡を始める。
その様子を眺めてから、幸善はピンク達に視線を戻す。明らかに強張った三人の表情は何かを知っていると語るものだ。
「ハトって?」
「この前、同じようにハトが大量に死んでいて、その死骸を片づけたことがあるんだ」
「ハトの死骸を?」
そういう仕事をしていたのかと思ってから、幸善はそこに含まれた違和感に気づく。
「え?ハトって妖怪?」
そう幸善が聞いてみるが、ピンク達は揃ってかぶりを振る。
仙人の仕事は妖怪に関わるものだ。妖怪であるハトの死骸を掃除するなら未だしも、野生のハトの死骸を掃除する理由がない。
もしも、そこに仙人の関わる理由を作るとしたら、それはもう片方に妖怪が関わってくる場合だ。
「それって、何かの妖怪が原因なのか?」
察した幸善が質問すると、今度はピンク達が揃って首を縦に振った。
妖怪が動物を殺害している。それも意図的に相当数の動物が相手だ。
幸善はこれまでに聞いたことのない話に戸惑いを覚えた。どのように覚えた感情を処理していいのか分からない。
「それもただの妖怪じゃないんだ」
頭の中が混乱し、感情や考えがぐちゃぐちゃになっている幸善に対して、更なる爆弾をフェンスが投下してきた。
「その妖怪は人型らしい」
「ヒ、トガタ……?」
「人型のNo.10、運命の輪が犯人らしいんだ」
人型による動物殺害の犯行。幸善は目の前の現実が理解し切れず、呆然とした顔のまま、しばらく立ち尽くす必要があった。
フェンスの言葉が嘘ではないことはピンクやドッグの反応を見れば分かった。揶揄っているわけではない。
何より、それが真実なら、フェザーの焦りの意味も理解できるようになる。人型の妖術が絡んでいるなら、仙人だとしても近づくことは危険だ。
ただ幸善には何故、このような意味のない行動を取っているのか理解できなかった。人型の目的は人間の殺害であって、動物の殺害ではないはずだ。
不用意に自身の存在を明かすだけで、何の利益も生まない行動に出ても、あまりに意味がない。
相手が妖怪だとしても、その対象が人型だとしても、言葉が通じる相手なのだから、ただの敵と考えるのではなく、きっと分かり合えるはずだ。幸善はそう思ってきた。
それなのに目の前の光景も、それを人型が行ったという話も、幸善には何一つとして、理解できそうになかった。
分からない。目の前に広がる羊の群れを見て思う。このように酷いことができる理由が分からない。
分からない。犯人は人型だと聞かされて思う。このような行動に出る理由が分からない。
何も分からない。そう呆然と考える幸善に向かって、フェザーが声をかけてきた。C支部に報告を済ませて、今から応援の仙人がやってくるらしい。この場から人型の妖気が除去されたことを確認し、それから、羊の群れの片づけに入るそうだ。
その話を聞きながら、幸善はセバスチャンの遺体にもう一度、目を向ける。
生意気な羊だったが、それで死んでいいとは思えない。ちゃんと助けるべきだったし、助けられるはずだった。
それができなかった。そう思ったら、幸善の胸の中を苦々しい思いだけが広がっていた。
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