鯱は毒と一緒に風を食う(25)

 現場を確認したフェザーからの連絡を受けて、応援の仙人が到着するまで時間はかからなかった。すぐに仙医と思しき仙人が羊の遺体を確認し、死因は致死性の毒物と断定される。

 尤も、これまでの人型の犯行から、死因自体は想像がついていたらしい。


 羊の様子が人型によって殺害された他の動物と同じもので、フェザーはすぐに件の人型が毒によって殺害した可能性を考慮したそうだ。遺体に触れようとした幸善を制止したのも、殺害に使用された毒の影響が残っているかもしれないと考えてのものだった。


 仙医によって羊の殺害に用いられた毒や妖気の影響がないことを確認され、ようやく幸善を含めた他の仙人の畜舎への立ち入りが許可された。

 ただ妖気の影響自体は僅かながらに残っているらしく、仙人は良くても一般人の立ち入りはまだ難しいらしい。


 畜舎の中への立ち入りが許可されると、応援に訪れた仙人は畜舎の中を隈なく調査し始めた。人型の残した痕跡がないかと探しているようだ。


 羊の遺体自体は管轄外だ。無闇に荒らすことは許されていないので、C支部が他に許可を取るまで、そのまま放置することが決まっているようで、すぐに幸善達が運び出せたのはセバスチャンの遺体だけだった。


 応援の仙人が畜舎を調べる中、幸善はピンク達と協力し、セバスチャンの遺体を畜舎から連れ出し、それを奇隠が持ち込んだ車の中に乗せる。

 セバスチャンの遺体はこのままC支部まで運ばれ、調べられるそうだ。件の人型が妖怪を殺害したケースはこれが初めてらしい。


 セバスチャンを乗せた車を見送り、幸善は呟いた。


「どうして、こんなことを……?」


 その声にフェザーは振り返ったが、意味までは分からないはずだ。幸善は心の底からの疑問を日本語で呟いた。


「何で、こんなことを……?」


 不意に隣で似た意味の言葉が聞こえ、幸善は隣に目を向けた。そこにはピンクが立っていて、幸善と同じように遠ざかっていく車を見つめていた。


「分からないわ」


 さっきと同じようにピンクを見たフェザーが今度はそう呟いた。


 誰も分からない。分かっていたら、人型はとっくに捕まっているはずだ。セバスチャンが死ぬこともなかった。

 人型の行動は誰にも予測できない。人型の姿を見つけることは誰にも敵わない。


 こうしている間にも、他のどこかで違う動物が殺害されているかもしれないのに、幸善には何もできない。

 幸善は強く拳を握り締めて、何も言葉が出てこないように唇を固く結んだ。


「取り敢えず、今日は帰りましょうか。これ以上、私達にできることはないから」


 フェザーにそう言われても、幸善達に反論の言葉はなかった。畜舎を調べることは他の仙人で事足りるだろう。幸善達が残っても邪魔にしかならない。


 牧場を後にして、C支部に戻る道のりを歩きながら、幸善は昨日のセバスチャンとの会話を思い出す。セバスチャンは人型と思しき男を目撃していた。


 それでも、人型を特定するだけの情報は何も言っていなかった。あの話から人型を特定することは難しい。


 そう思ってから、幸善は不意に気づいて立ち止まった。足を止めた幸善を不思議そうに振り返り、ピンク達も立ち止まっている。


「どうした?気持ち悪くなったか?」

「少し休もうか?」


 そのように声をかけてくるピンク達を眺めながら、幸善は気づいたことを口にした。


「人型は殺す相手をしているのか?」


 幸善の言葉にフェザーやドッグが驚いた顔をして、顔を見合わせていた。


「確かにそう言っていたわね」

「つまり、これまでの現場にも複数回訪れている?」

「だけど、そういう人物がいないかは当然調べているはず。全く見つかっていないとは考えづらいわね」


 確かに現場を複数回訪れる人物がいたら、真っ先に人型であることを疑うはずだ。人型がこれまでに発見されていないことは不思議でしかない。

 ただそこについて、幸善は思ったことがあった。


「そもそも、セバスチャンしか見てない」


 牧場を複数回訪れているのに、狙われた対象のセバスチャンは男の存在を口にしたが、牧場主は何も言っていなかった。

 この牧場を複数回訪れ、一度も牧場主と顔を合わせない可能性があるだろうか。現実的に考えて、その可能性は低いだろう。


「何か、そこに理由がある」


 そう口には出してみるが、その理由は簡単には思いつかない。


「そんなの忘れているだけかもしれないだろう?」


 不意にフェンスがそう口に出した。その言い方や言い分にドッグは冷たい目を向けているが、その一言を聞いた幸善は「ああ、そうか」と納得した。


 羊には妖気が残され、死因は毒だった。

 つまり、人型の妖術は毒に由来すると想像がつく。


 毒を自由に操れるとしたら、それは殺すことだけに用途が限定されない。もっと他の使い方もあるはずだ。


「牧場主を調べましょう。もしかしたら、妖術の影響を受けているかもしれない」


 目撃してないのではなく、覚えていない。牧場主は人型と対面し、その人型から毒を受けた可能性がある。


 幸善の説明を受けたフェザーが牧場に残っている仙人に連絡し、牧場主の身体の検査を行ってもらうことで決定する。


 この可能性が考え過ぎなら問題はない。

 ただ当たっていたとしたら、これはかなり厄介なことになる。


 もしかしたら、覗くべきではない穴を覗いたかもしれない。そう思っても、今更引き返すことも、引き返すつもりもなかった。

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