鯱は毒と一緒に風を食う(13)

 そもそも、最初からウィームは島と明言していた。

 だが、そこが島であることを確認するためには、島全体を覆う天井が邪魔でしかなかった。


 島を島と確認するためには、周囲を囲う海の存在が必要だ。それが確認できなければ、そこが島であるのか、どこかの陸地の一部なのか、その区別をつけることができない。


 幸善は事前にキッドの住む島を把握し、目覚めた時にキッドが姿を現したことから、ウィームの言葉をそのままに信じ、そこを島と考えるようになっていたが、実際のところはそこが島である確証を幸善は全く得ていなかった。


 唯一、その確証を得た瞬間が島の天井へと繋がる壁を破壊した瞬間だ。

 海水が流れ込んできたことで、島の天井の向こう側に海が広がっている可能性が生まれ、そこで初めて、そこが島である確証を得た。


 改めて思い返したことで幸善はその事実に気がつき、リングにそのような流れで説明したのだが、幸善の説明では言葉足らずだったようだ。

 リングは頭の上に疑問符を浮かべたまま、思い出したように俯いていた。


「島……?海底……ですか……?」


 改めて確認を取るようにリングが口にし、幸善は首肯する。


「島の天井は海水から島を守るための壁だったんだよ。奇隠の仙人が立ち入った後、その島は消えたって言われていたけど、実際は海の底に潜っていたんだ」


 幸善が壊した壁の位置など、島の詳細な情報と一緒にリングに力説すると、何とかリングは理解してくれたようだ。もしくは理解したように振る舞うことを決めたのかもしれない。


「なるほど……」


 そのように消え入りそうな声を漏らし、幸善は強制的に説明を終わらされた。もう少し島の状況について説明したかったが、本題はそこではない。

 幸善は気を取り直して、話を進めることにした。


「11番目の男からの接触はそれからすぐにあった。そこで俺は11番目の男が俺をその島に引き込んだ理由を聞かされたんだ」


 そう口にし、リングがバインダーの上で動かす手を見つめながら、幸善はキッドから聞いた話を改めて思い出していた。

 その時に聞いたことを話そうかと口を開き、そこで幸善は少し躊躇う。


「あの……その理由は……?」


 リングが躊躇いがちに視線を上げて、幸善にそう聞いてきた。視線と共にバインダーも一緒に上がり、やはり顔の半分以上がその向こう側に隠れている。


「それは……キッドには目的があったんだよ。最初の仙人を復活させて、真の仙人になるっていう目的が」

「最初の仙人……?真の仙人……?」


 リングは意味が分からないと訴えるように、バインダーの向こう側で首を傾げていたが、幸善はそれ以上の説明の言葉を持っていなかった。

 額面通りに受け取ってもらって構わない。キッドの目的は間違いなく、それだったと思いながら、幸善は話を続ける。


「その目的に協力しないかって言われたんだ」


 驚きを表情に見せるリングを前にして、幸善はその時のやり取りを思い出していた。


 結局、幸善ははっきりと断ることもできなかったが、今になって思うと、キッドの目的は本当にそこにあったのだろうかと疑問に感じる部分もある。


 本当にキッドはあの仙人を蘇らせるために、幸善の協力を求めてきたのだろうか。もしもそうだとして、幸善に何ができるのだろうか。幸善はその疑問を解消できていない。


「返事は……どのように……?」

「断ろうとした」

「した……?」

「はっきり断る前に乱入者がいたんだ」


 そう言いながら、幸善はキッドの島に侵入してきた二体の妖怪を思い出し、ようやく話がここに辿りついたと考えていた。


 あの時に現れた二体の妖怪の内、一体は幸善がこれまでに見たことのない妖怪だった。人型のようだが、人型と呼ぶにはあり得ない要素が多過ぎる。

 あれが何だったのか。奇隠が把握しているのか。幸善はそれを知らない。


「乱入者……ですか……?」


 リングがそのように質問し、幸善が答える形で人型の乱入を伝えようとした。


 そのために幸善が口を開いた瞬間だった。唐突に部屋の扉がノックされた。


 幸善とリングは揃って身体を震わせ、ゆっくりと扉に目を向ける。ノックは再度繰り返され、幸善はさっき受け取ったカードキーを見た。これがないと扉を開けられないようだ。


「見てくる」


 リングにそのように伝え、幸善は三度ノックされる扉に近づいていく。この部屋の所在を知っているということはアイランドだろうかと考えながら、幸善は扉の向こうに声をかける。


「今、開けます」


 そう宣言してから、幸善が扉を開けると、そこには想像していたアイランドの姿はなく、代わりに逢ったことのない外国人男性が一人、立っていた。

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