花の枯れる未来を断つ(18)
水月にとって周囲の人々は明かりのようなものだった。両親を失い、暗闇の中に落ちた水月の進む先を示してくれる存在だ。
葉様は最初の印象こそ悪かったが、今となっては同じ目標に向かう仲間みたいなものだ。水月と似た暗闇の中に葉様もいて、そこから抜け出そうとしているところに重なるものもあるのかもしれない。
そうやって、明かりが一つ一つ増えて、水月を包み込む暗闇は少しずつ晴れていたが、全てが消えたわけではなかった。
まだ残っている暗闇もあって、それに気づかないように水月は生きていたのだが、一度、その暗闇を意識してしまうと、水月はその暗闇から離れることができなくなっていた。
反対側にある明かりがあまりに強くて、そこにある小さな暗闇が浮き彫りになってしまっていた。
その暗闇との付き合い方が分からないまま、次第に足を搦め捕られて、水月は暗闇の中にどっぷりと嵌まり始めていた。
取り返しがつかない。そう分かっていても、暗闇から逃れる方法はない。頭で理解していることを心が否定して、その否定した心のままに水月は動きかけていた。
そんな時に出逢ったのが檜枝だった。
檜枝は水月と近しい位置に立っていた。細かいところを言ってしまえば違いはあるが、基本的には水月と似た歩みを進めていると思わせる体験をしていた。
そのはずなのに、檜枝の向かう先は明らかに水月とは違っていた。それは水月が暗闇から離れるために向かわないといけない場所で、水月にはどうしても見つけられなかったところだった。
少し先を歩く檜枝の姿を発見し、それを追いかければ、水月は暗闇から逃れることができる。他の誰でもない檜枝だからこその明かりに触れ、水月はそう感じることができた。
出逢ってからの時間を考えれば、水月と檜枝の付き合いは短いものだ。友人関係とようやく呼べるようになったところで、それ以上の言葉をお互いに言うことはできない。それくらいの距離感だ。
それでも、水月は檜枝との出逢いがかけがえのないものになる直感があって、実際にそのようになり始めていた。
そんな中で届いた一報が、檜枝の死を告げるものだった。秋奈から水月に届けられたもので、Q支部で檜枝のことを聞いた秋奈が水月の話を思い出し、水月の言っていた檜枝と同一人物かの確認も兼ねて、連絡をしてくれたそうだ。
最初は秋奈の質の悪い冗談かと思ったが、秋奈は流石にそういう冗談を言う人ではない。それくらいのことは分かっていたし、秋奈の話を聞けば聞くほどに嘘ではないと理解する自分もいた。
「檜枝さんの遺体は近くの病院に安置されているらしいから、その場所を教えるわね」
「……して……?」
「え?」
「どうして、檜枝さんは亡くなったのですか……?」
水月の質問を受けて、秋奈は明らかに言葉に詰まっている様子だった。
「分からない。それも含めて、調べている最中だから」
秋奈はそう答えてくれたが、水月は気づいていた。
奇隠に連絡が来るということは、檜枝の死が普通の死ではないということだ。少なくとも、単純な病死や事故死ではない。そこに関わっている存在がいる。
それを調べるために水月は数日後、奇隠を訪れていた。檜枝の件を教えてもらえるように頼み込み、水月は檜枝に起きた出来事の一端を知ることになった。
「現場からは妖気が確認……妖怪の犯行……?」
最初はそう思った水月だったが、他の部分を読み進めると、そこには別の可能性が含まれていることに気づいた。
「仙気の確認……仙術使いが戦闘……」
奇隠の観測した妖気の他に現場からは仙術使いの仙気が確認された。恐らく、キッドの部下である仙術使いが妖怪と戦ったのではないかという仮説がそこには書かれていた。檜枝はその二人の争いに巻き込まれた可能性がある。
その記述を発見した瞬間、水月は言葉を失って、ゆっくりと眉を顰めた。
「またか……」
低く小さく呟かれた言葉はキッドに向けられたものだった。
また大切なものを奪っていったのか。水月の中でコントロールし切れない憎しみが、ふつふつと湧き始めている。
「……さない……」
小さく呟きながら、水月は床に座り込み、丸まるように自分の身体を抱え込んだ。そうしていないと水月は自分を保てないほどに、どっぷりと身体を暗闇に包み込まれていた。
そうして水月が自分の中の憎しみと戦っている時のことだ。奇隠の別の支部からQ支部に連絡が届けられた。
連絡の発信元はC支部。イギリスにある奇隠の支部だ。
内容は『頼堂幸善を保護した』というものだった。
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