憎悪は愛によって土に還る(16)
まずはアッシュを包み込むように捕獲した。階段前までアッシュを連れ込み、相亀はそこでアッシュと顔を見合わせる。
カエルだから当然のことなのだが、アッシュの表情に変化はなく、相亀の手の中で暢気に顎を膨らませる姿は不遜と言った雰囲気だ。
そのアッシュの様子に容易と考えていた交渉が難航する可能性を感じ、相亀は少し表情を曇らせた。
「相亀君……?」
相亀がアッシュと見合っている隣で、穂村が不安そうに声を漏らした。穂村にも被害が及ぶかもしれない状況だ。不安に思って当然だろうと相亀は思ったが、どうやら不安の理由はそこではないらしい。
「カエルと見つめ合って大丈夫……?やっぱり、離れようか……?」
心配し切った目で相亀を見ながら、穂村は恐る恐る、そう呟いた。
冷静に考えてみたら、妖気を感じ取れる相亀と違って、穂村が状況を完全に把握している可能性は少ない。アッシュを妖怪だと気づいてない可能性は当然あって、その場合は相亀が突然、カエルと見つめ合い始めた意味不明な状況の出来上がりだ。
もしかしたら頭部の怪我が影響して、正常な判断ができなくなったと思われても仕方ない。少なくとも、相亀が逆の立場ならそう思うだろう。
その穂村の心配が加速する前に、相亀は制止の意味を込めて片手を伸ばした。
「落ちついてくれ、穂村。こいつがあのハエ人間攻略の希望の鍵だ」
「相亀君……?」
「いや、だから、そういう目で見ないでくれ。穂村は分からなかったかもしれないが、このカエルは妖怪だ」
相亀はアッシュを穂村の前に突き出し、高々と宣言したが、穂村は目を丸くして、未だ疑いの消えない目でアッシュを見ていた。
それもそうだろう。妖怪の判別ができない穂村からしたら、まだ妖怪の可能性は半分程度で、相亀の頭がおかしくなった可能性は捨て切れていないはずだ。
アッシュとザ・フライの攻防を見ていたら別だが、その辺りを一般人である穂村がはっきりと目撃できたとは思えない。恐怖で目を逸らし、アッシュが何をしていたか見ていない可能性の方が高い。
これ以上の証明は難しい。相亀に言えることはもう一つしかなかった。
「取り敢えず、今は信じてくれ。信じて、そこで待っていてくれ」
「あの……相亀君!」
アッシュを片手に持ち、ザ・フライに目を向けた相亀のもう片方の手を穂村が握ってきた。その感触に視線が吸われ、穂村の顔を見た途端、穂村が心配そうに聞いてくる。
「無茶はダメだよ……?」
そう言われ、相亀はそこに完璧な笑顔を返すことができなかった。
「悪い。ちょっとだけ無茶する」
「それは誰も……」
「分かってる。だから、ちょっとだけだ。ちょっとだけ、頑張ってくる」
真剣な目でザ・フライを見据え、静かにそう言った相亀に納得してくれたのか、穂村の手がゆっくりと相亀の手から離れた。
相亀はザ・フライの前に飛び出し、その間に手元のアッシュに口を近づける。
「あいつに絡まれて厄介だろう?あいつを叩きのめすのに手を貸すから、ちょっとだけ力を貸してくれないか?」
相亀の言葉を聞き、アッシュは手の中で「ゲコッ」と小さく鳴く。それが肯定なのか、否定なのか分からなかったが、相亀にその返答を判断する方法も余裕もない。
どちらにしても後は手段を全て伝えて、アッシュの判断に任せるだけだ。
相亀は手元のアッシュにだけ聞こえる声で、自身の考えたザ・フライを倒す方法を呟き始めた。アッシュはそれに答えることも、何かしらの反応を見せることもなく、ただ相亀の言葉を最後まで黙って聞いている。
相亀の考えた方法を伝え終えても、アッシュが協力してくれるかは分からなかった。
だが、可能性自体は高いと思っていた。アッシュの妖術の正体と、ザ・フライが遠隔攻撃をするようになったことを照らし合わせれば、アッシュ側にも協力するメリットはある。
それをアッシュが理解してくれているかどうかが鍵だったが、逃げ出せるように力を抜いた手の中で、アッシュが僅かに舌を出す様子を眺め、相亀は小さく笑みを浮かべた。
交渉は妥結した。相亀はそれを理解し、ザ・フライに目を向けた。
今度は少し無茶だが、さっきまでと比べたら、十分に正攻法と言える方法で、ザ・フライに一撃を加えられる。
その気持ちの昂りを抑えるように、相亀はアッシュを持っていない方の手を強く握り締めた。
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