憎悪は愛によって土に還る(6)

 椋居からの連絡は唐突だった。時間と場所を指定し、そこで買い物をするように言ってくるものだ。


 当然、何を買うのかと疑問に思ったが、買う物は当日、指定の場所に到着したら伝えると言われ、それ以上の情報は手に入らなかった。何かのテレビ番組かと思ってしまう指示の出し方だ。


 連絡を受けた相亀には断る権利も与えられていたが、椋居がわざわざ送ってきた連絡を断る気持ちにはなれなかった。

 それは別に椋居に対して後ろめたさがあるからではない。


 椋居が何かを考えて行動し、面白いや楽しいと感じる理由がそこにあって、相亀に頼んできているなら、その気持ちに応えてあげたいという友人としての気持ちが強くあった。


 ただし、何にどこまで嵌められるのか分からないので、怪しいことや危険なことはしないと一応、先手を打っておいたら、流石にそういう話ではないらしく、椋居から困惑の連絡が届いた。

 そうではないのなら、もう断る理由もないと、相亀が了承の気持ちを椋居に伝える。


 その経緯があって、相亀は見知ったショッピングモールに向かおうとしたのだが、その手前の駅についたところで、思ってもみなかった相手と対面することになった。


「あれ?穂村?」


 誰かと待ち合わせをしているのか、駅前に立っている穂村の姿を発見し、相亀はそのように声をかけていた。穂村は相亀の顔を見るなり、何か安堵したように溜め息を吐き出している。


「どうしたんだ?誰かと待ち合わせか?」


 そう言ってから、水月と待ち合わせなのかと思ったが、水月の家を知らない穂村ではないだろう。待ち合わせなどすることなく、直接、家に向かえばいい。


 案の定、穂村は待ち合わせではないと言うようにかぶりを振ってから、スマホを取り出して何かをし始めた。誰かと連絡を取っているのか、相亀に何かを見せたいのかと悩んでいたら、その間に相亀のスマホが着信を告げる。


 取り出してみると、椋居から連絡が届いた通知だった。


 まだ到着していない上に、指定された時間はまだ先だ。その時間に間に合うように相亀は電車に乗ろうと駅まで来たところだ。

 この連絡は一体何かと思いながら、届いた文面に目を通し、相亀は愕然とする。


 これは何かの策略か、それとも、新手の詐欺か何かかと考え、ゆっくりと顔を上げた相亀の前で、穂村が照れ臭そうに微笑んでいた。


『穂村さんと逢ったなら、そこからは穂村さんと一緒に行くこと。穂村さんも買い物に手伝ってくれるから』


 その文面から考えられる可能性は一つだけだ。相亀は微笑み穂村を見ながら、ゆっくりと首を傾げて、まさかと質問をしてみる。


「穂村がここにいたのって、椋居の指示?」

「うん。そう」

「俺を待ってたの?」

「うん。ちゃんと逢えて良かったよ」


 心底、ほっとしたように言う穂村を見てから、相亀は再び文面に目を通した。買い物に手伝ってくれるから、と言うからには、ここから行く買い物には穂村の同行が絶対なのだろう。


 ここで穂村の同行を断ることは前提として存在した椋居との約束を断ることになる。


 相亀の弱点を考えると、穂村の同行は不安も付きまとうことだが、これまでの経験上悪いことではない。羽計が相手なら未だしも、穂村が相手なら相亀の想像する悪いことも起きないはずだ。


「まあ、穂村ならいいか」


 穂村ほどではないが、安堵した気持ちを吐き出すと、相亀の一言に穂村が驚きを見せた。その反応に相亀は首を傾げる。


「どうした?」

「いや……断られるかもしれないって……話だったから……」

「あー、穂村は変に揶揄ったりしないだろう?だから、大丈夫だよ」


 頭の中に知り合いの女性陣を何人も思い浮かべながら、最も安心できる相手が穂村かもしれないと相亀は思っていた。


 相亀の弱点的な意味で危険な相手もいれば、もう少し違う理由で反り合わない相手もいて、そう考えた時に穂村は相亀との相性がいいと言える。良い距離感にいると相亀は思う。


「ああ、そういう理由か……」


 穂村は小さな声で呟き、何か少し表情を暗くしていたが、それも一瞬のことで、相亀は気のせいかと思った。


「それで何を買うか、もしかして、穂村が知ってるとか?」


 穂村の同行があるということはそういうことかもしれない。相亀はこれまでの情報から、そのように判断し、穂村に質問してみたら、案の定、正解のようだった。


「うん。知ってるよ」

「何を買いに行くんだ?」

「今日はね。プレゼントを買いに行くよ」


 満面の笑顔でそう告げる穂村を見ながら、相亀は疑問を覚えていた。

 一体、。そう思ったが、口には出さなかった。

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