影は潮に紛れて風に伝う(39)
空中で身体を引かれ、幸善は鷹人間と位置を入れ替えることになった。その際に幸善と鷹人間の体勢が少し変わったようだ。
さっきまで幸善の胴体を狙って伸びた影の刃は、位置を入れ替えた鷹人間の胴体ではなく、足を貫いて上空に伸びていった。血飛沫と一緒に鷹人間の足が切断され、宙を舞ったと思った直後、幸善と鷹人間は揃って地面に身体を打ちつける。
落下しながらも揉み合うことで速度が落ちたのか。空を飛べる鷹人間の力なのか。幸善の風が影響しているのか。どれかは分からなかったが、どれかの影響で衝撃は想定よりも小さなものになっていた。
幸善は痛みに顔を少し歪めながら、ゆっくりと立ち上がってみると、幸善の近くで倒れ込んだまま、自分の足を押さえている鷹人間を発見する。
鷹人間の押さえる左足は膝の少し上から先を失っていた。太腿の中間辺りで切断されたようだ。その先がどこかに転がっていると思うのだが、それを探す気にはなれない。
同情か、心配か、信条か。幸善の頭を過った考えの真意は自分自身でも分からなかったが、自然と鷹人間に手を伸ばし、大丈夫なのかと言葉を投げかけた。
それを遮ったのは、足を押さえていた鷹人間自身だ。自分に伸ばされた腕を睨みつけ、鷹人間は鷹の表情でも分かるほどの激昂を見せてきた。
「気安く触るな!」
その怒りは当然としか言いようのないものだったが、それを聞いた幸善はどこかで落胆する気持ちに襲われていた。その理由は自分自身でも掴めない。少なくとも、優しさが無下にされたとか、そういう子供染みた理由ではない。
「ふん!」
一際大きな鼻息と共に、何かと何かがぶつかる激しい音が聞こえ、幸善の首は自然と音の鳴る方を見ていた。
そこでは戦車の拳をキッドが受け止めて、大きく後退している最中だった。戦車の勢いを何とか殺そうとしているのだが、それも簡単なことではないようだ。キッドは影で自身を保護し、森の中に長い線を二本描かなければ、攻撃を受け止めることもできていない。
「TYPE-0!」
不意に戦車が叫び声を上げた。
何かと思っている幸善の近くで鷹人間が動き出し、幸善の元に来る際にそうしたように空間を広げている。さっきと同じなら、その向こう側にはトンネルが広がっているはずだ。
それと同じものが戦車の近くに現れ、戦車はその中に入り込んだ。キッドはそれを慌てて追いかけようとするが、伸ばした影がその空間に入る前に入口は閉じられる。
その光景にキッドが舌打ちした数秒後、鷹人間の近くで開きっ放しだった空間から、戦車が姿を現した。
あの移動の仕組みは未だにはっきりと分かっていないが、幸善が入った際に見た光景から、あのトンネルが関わっているらしい。空間を開いた二点をトンネルで繋ぎ、その間の移動を自由にするなど、そういうところだろう。
その思考を挟む幸善の前で、戦車が鷹人間を見下ろした。切断された左足を眺めてから、何かを探るように幸善とキッドを順番に見てくる。
それだけではなく、戦車は少ししてから、遠くに見える岩山を確認するように見つめた。幸善は一切分からないのだが、分かる人にはあそこに何があるのか分かるのかもしれない。
そう思っていたら、戦車が鷹人間を見下ろし、口を開いた。
「通路を開け。移動する。撤退だ」
「ですが、耳持ちは……」
「機会はまだある。こちらは全てを犠牲にするつもりはない」
戦車がキッドを一瞥し、その視線に答えるようにキッドは小さな笑みを浮かべた。
共通の敵を前にしていることから同じ側に立っているが、幸善とキッドは決して味方ではない。何を考えているのか分からない部分も多いが、戦車に対抗できるだけのものはまだあるということだろう。
「……分かりました」
鷹人間が自分の近くにさっきと同じように空間を開いた。その中に戦車は入っていきながら、鷹人間を引き摺る形で連れていく。
キッドはそこに対する追撃を無駄と考えたのか、その状況に攻撃を繰り出す様子はなかった。帰ってくれるのならそれでいい、というような様子だ。
それ自体は確かに良かったと幸善も思う。人型の被害がウィーム達に届かなかったことは好ましい。
だが、納得できない部分も当然多かった。
特にさっきの台詞ではっきりしたことだが、戦車達は幸善を狙って、この場所を訪れたようだ。人型が幸善を狙うこと自体は当然と言えるが、この場所に幸善がいると分かった理由が幸善には分からない。
この場所を観測する手段があるのか、と思わず考えてしまう。
それに分からないことはもう一つあった。幸善が相手した鷹人間はその見た目から全て、明らかに常識外の存在だった。これまでに見たどの人型とも違うが、明らかに人型と言えるフォルムをしていることも確かだ。
その正体が分かっていないこともあって、幸善は空間の奥に消えていく鷹人間をただ見送ることができなかった。理性よりも先に身体が動いてしまい、幸善は自然と鷹人間に手を伸ばしていた。その手は開かれた空間にぶつかっていく。
通常、こういった場面で部外者である幸善は弾かれるケースが多い。このトンネルの使用者は戦車と鷹人間の二名だけのはずだ。
しかし、その時はさっきもそうだったように、その空間の中に身体が入り込んでいた。その光景に面食らったのか、空間の外でキッドが思わず声を出している。
その声を聞きながら、幸善は更に空間の中に身体を入り込ませた。全身を次第に生温い空気が包み込み、やがて、足も完全に空間の中に入る。
それを幸善からの返答も聞いていないキッドが見逃すはずもなく、キッドはその空間に近づこうとしたが、既に動き出しが遅かった。
キッドが開かれた空間に触れる前に、その空間を閉じられてしまった。
戦車、鷹人間、そして、幸善の存在は完全に島から消えることになった。
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