影は潮に紛れて風に伝う(30)
上空に見えた人影の足元に向かい、幸善とキッドは森の中を移動していた。幸善が足に仙気を動かし、大きな歩幅で森の中を駆ける隣で、キッドは足元の影は水のように波立たせ、その上に乗って滑るように移動している。
その優雅さと自身の移動方法との違いに幸善は苛立ち、キッドを睨むように見た。
「おい、普通に走れよ」
文句を垂れるように言うと、キッドは上空に立つ人影に軽く視線を向け、小さな笑みを浮かべる。
「安心しろ。問題はない。もうすぐ落とされる予定だ」
噛み合わない言語で噛み合わない会話を繰り広げながら、幸善とキッドは人影の足元に辿りつこうとしていた。
その時のことだ。上空に立つ人影の頭上で、島の天井の一部が僅かに動き始めた。その光景に幸善が気づくよりも先に、その天井の一部が瞬間的に盛り上がり、二つの人影を打ち落とすように飛び出してきた。
「何だ、あれ?」
その光景に気づいた幸善が疑問を懐いてから、冷静に状況を考えて納得する。
普通の島が壁や天井で覆われるはずもない。この島自体に秘密があり、その秘密とキッド達の力が繋がっているというところだろう。
あれだけの光景を作り出せるのだから、人影を打ち落とすくらいは朝飯前のはずだ。
そう納得した幸善とキッドの前に、上空にいた二つの人影が落ちてきた。幸善とキッドは共に足を止めて、その人影の前に立つ。
「手荒い歓迎だな」
ゆっくりと立ち上がる人影の一つに、幸善は見覚えがあった。
以前、Q支部の出入口である開かずのトイレに押し寄せ、水月に重傷を負わせた上に
あの時の圧倒的な力の恐怖を思い出す一方で、その隣で立ち上がった人物の見た目に幸善だけでなく、キッドの視線も吸い寄せられていた。
「何だ、そいつは?」
「新しいのが出てきたな」
幸善とキッドの眼前で立ち上がったその人物は、シルエットこそ人の物だったが、その身体は明らかに人ではない姿をしていた。
鳥。もっと具体的に言うと、それは鷹だった。
「どちらが対象ですか?」
不意にその鷹人間が口を開いて、そのように呟いた。その隣に立つ
「普通に喋るのか」
そう呟いた幸善の隣で、キッドは不思議そうに鷹人間を見つめている。
「身体は人型だが、人型ではないのか。鳴き声しか出せないみたいだな」
その二人の呟きを唯一、その場で両方理解できた戦車が少し興味深そうに鷹人間を見つめていた。
「なるほど。良いデータが取れた」
「何を言っているか分からないが、人の敷地に踏み込んできて、五体満足でいられるとは思っていないだろう?人型」
「お前には興味がない。用があるのは耳持ちの方だ」
戦車が標準装備になっている険しい形相で幸善を睨みつけると、キッドは少し驚いたように幸善を見てから、何度か納得したように頷いた。
「そうか。だから、海で遊んでいやがったのか」
「いいや、それは想定外だ」
キッドと戦車の会話を横目に見ながら、幸善は二人が何を話しているのか理解しようとしてみるが、やはり言語の壁は分厚く、単語のいくつかは理解できても、文章として意味を汲み取ることができない。
「何だ?海?」
そう呟いてから、幸善は不意に思い出し、島の天井に目を向けた。
幸善が壁を壊した際、そこから勢い良く海水が流れ込み、幸善はここが海底にあることを理解した。それはここからの脱出が困難であることを示す一方で、ここへの侵入が困難であることも示している。
だが、二体の人型は島の天井の内側に現れた。
それだけではない。二体が落下してきた場所に幸善とキッドはやってきたが、そこに至るまでに雨が降ってくるような光景は見なかった。今、立っている場所の足元も特別に濡れているわけではない。
もしも、侵入する際に天井を壊したのなら、そこから海水が漏れ出し、この辺りには小さな海ができているはずだ。天井から滝のように海水が流れ落ちていてもおかしくはない。
しかし、それはなかった。滝や小さな海どころか、一滴の水も見なかった。
では、どうやって二体の人型は侵入したのだろうか。その疑問に襲われながら、幸善は視線を天井から目の前に戻した。
そこで眼前に戦車しか立っていないことに気づいた。
「あれ……?鷹は?」
そう呟いた直後、幸善は背後から吹く生温い風に気づく。その風に導かれるように、ゆっくりと背後に視線を動かしていく。
そこで鷹の特徴的な目と幸善の視線が交わった。
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