影は潮に紛れて風に伝う(21)
シャワールームを後にすると、案の定、何があったのかとウィームからの質問攻めにあったが、既にそれを想定し、シャワールームの中で返答を考えていた幸善は慌てることなく、「ああ、うん……へへっ……まあね……」と答えた。
「そんなことよりも!」と一際強めに口にして、幸善は怪訝げに首を傾げるウィームに紙を準備できないかとお願いした。しっかりと考え抜かれた言い訳と、しっかりと主張を通す態度に、ウィームも納得してくれたのか、それ以上の質問をせずに自分の部屋へと向かっていく。
ちょうどその時にベネオラもやってきた。奥で洗濯した衣服の片づけをやっていたようなのだが、幸善は洗濯する物を出したばかりだ。
申し訳なさを覚えながら、幸善は「おかえり」というようなことを言ってくるベネオラに身振り手振りを交えて、さっきまで幸善が着ていた物の洗濯をお願いすることにした。もちろん、伝わらない。
ウィームが初日に見せてきたスケッチブックを抱え、リビングに戻ってきた。そこでは身振り手振りを交えて、何とか意思を伝えようとするが、空回りしている幸善とベネオラが揃っている。
その様子を不思議そうに見ながら、差し出してきたスケッチブックを受け取り、幸善はベネオラに伝えたかった洗濯物のことと、もう一つウィームに通訳を頼むことにした。
「二人に少し聞きたいことがあるから、お願いしてもいいかな?」
ウィームがこくりと頷き、ベネオラに幸善の言葉を伝えてから、二人揃ってリビングのテーブルに座る。
その前に幸善も腰を下ろし、ウィームの用意してくれたスケッチブックをその前で広げた。
「もう少し森を調べたいんだけど、森の中には入ってはいけない場所があるんだよね?」
幸善の確認にウィームが頷く。その前で幸善はスケッチブックに小さな円を描いた。
「ここをこの村として、その場所を教えて欲しいんだよ。できれば、他の村との位置関係とか、大体でいいから描いて欲しいんだ」
森の中を詳細に調べたいが、立ち入ってはいけない場所が分からないので教えて欲しい。ウィームとベネオラにはそう聞こえるように言っているが、実際の目的は逆だった。
キッドを探す上での正攻法として、幸善が真っ先に考えるべきことはキッドのいそうな場所だった。
壁付近に現れた少女や男のことに加え、島の存在する場所の可能性に気づいたことから、キッドやその仲間が島内にいることはほぼ確実になった。島内にいるとしたら、その可能性が一番高い場所はどこなのか。その考えの答えとなる情報が立入禁止エリアの存在だ。
普段はキッドの姿を村人が見ないのなら、村人の侵入が許されていないそこにいる可能性が一番高い。最初に考えるべきことで、最も可能性の高い方法だったが、幸善は変にショートカットをしようとしたために、迂遠な方法を取ってしまった。
その愚かしさに苦笑いを心の中で浮かべながら、ウィームとベネオラが仲良く相談して、スケッチブックに島内の地図を描く様子を眺める。
そこから大体、長めのカップ麺が一つ完成するくらいの時間が経ち、ウィームとベネオラは小さく頷き合った。どうやら、完成したようだ。
幸善の前にスケッチブックが差し出され、幸善はそれを見ていく。
幸善が最初に描いた円から見て、大体等間隔で円が三つ、スケッチブックの上には並んでいた。これが他の村らしく、その間には森が続いている。
ただ村同士の交流があるところからも分かる通り、その村と村の間の森自体は移動できるようだ。そこは森があること以上の情報がなく、大体の位置関係が分かるくらいだった。
問題はその四つの村から外れたところにある一際大きな円だった。それは村からも見える山のようで、その山を中心とした範囲に広く斜線が描かれている。
「この範囲が入ったらダメなところ?」
幸善の問いにウィームが頷いた。立入禁止エリアはその斜線の部分らしい。
幸善が破壊したことで死にかけた島の壁付近にも、その斜線は描かれていて、そこが言われたように立入禁止エリアであることを示していた。
その大まかな地図を見たことで、幸善が最も気になった部分はその斜線に多く囲まれた山の存在だった。立入禁止エリアがその山を中心に広がっていることを考えると、キッドやその仲間のいる場所は山の近くである可能性が高くなる。
「ありがとう。参考にさせてもらうよ」
ウィームとベネオラに礼を言い、その描かれた地図をスケッチブックから切り取っていると、ウィームがずっと言いたかったことを言うように、幸善の顔を見つめながら口を開いた。
「その……なんで、ぬれてたの……?」
まさか、まだ追跡の手から逃れられていなかったのか。幸善はウィームが再度投げかけてきた質問に驚愕しながら、切り取った地図を仕舞おうとしたまま、苦笑いを浮かべた。
「うちで飼ってる犬が粗相して」
その意味が分からなかったのか、知らない言葉が交じっていたのか、ウィームが不思議そうに首を傾げる前で、幸善は遠くからノワールのくしゃみが聞こえた気がした。
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