影は潮に紛れて風に伝う(15)
この島で目覚めた時と同じようにベッドに寝転びながら、幸善は今日一日の成果を頭の中で思い浮かべていた。
壁から戻ってきた森の中。そこで再会したウィームと共に村まで帰る途中、幸善は森の中を探索したことで得た疑問を口にした。
「この森って動物はいないの?この辺りを見た感じ、何かがいる跡とかないんだけど?」
「どうぶつは…いない……から、ひとりでもり…だいじょうぶ……」
幸善の少し先を案内するように歩きながら、ウィームがそう答えた。
確かに言われてみたら、これだけしっかりした森の中に子供を一人で入らせることはまずない。それがあるとしたら、そこが完全に安全だと分かっている時だけで、野生の獣と遭遇する可能性があれば、誰かが止めていたことだろう。
「じゃあ、この森には動物がいないってことなのか……」
そう呟きながら、幸善は壁の近くで逢った少女のことを思い出し、それなら彼女は何だったのだろうかと考えていた。
彼女だけではない。彼女の引き連れていた動物も気になる存在だ。
そこで、不意にウィームが振り返って、幸善の顔をじっと見てきた。何かを言いたげな表情に幸善は怪訝げに目を向ける。
「どうしたの?」
「えっと……その……ふしぎなはなしがある……」
「不思議な話?」
聞き返した幸善にウィームはこくりと頷いた。
「もりのなかにおんなのこ…いる……まわりにどうぶつがいっぱいだった…ってはなし……」
「動物に囲まれた少女……?」
それは幸善が壁の近くで逢った少女そのものだった。
「その子って何者なの?」
幸善の問いにウィームはかぶりを振って「分からない」と答えた。どうやら、噂話程度に伝わっているだけで、その少女を見た人はかなり少ないらしい。
「じゃあ、動物自体はいるのか」
「そう…かも……?」
その時の会話は家に帰った後も持ち越し、ベネオラに同じことを聞いてみたが、ウィームから聞いたこと以上の話は出てこなかった。ウィームが通訳として噛んでいるから、遠慮したという可能性も考えたが、ベネオラの雰囲気はそういうものではなかった。大人の間だけで伝わっている話も特にはないのだろう。
そうなってくると、本格的に分からないことが増えてきた。もう少し奇隠で見た報告書の内容を覚えていたら、分かる情報もあるのかもしれないが、流石に幸善の記憶力はそこまで良くない。
せめて、スマホがあれば解決するのに。そう思った幸善がベッドの上で身を起こした。扉に目を向けて、その向こう側にある家の中を思い出してみる。
そこで幸善は電話を見た記憶がなかった。固定電話も携帯電話も見た覚えがない。ここがキッドの島であることを考えたら、その辺りの設備が整っていなくても不思議ではないが、それなら、他の島との繋がりなど分からない点が出てくる。
もしかして、何かしらの交流手段が他にあるのか。そう思った時に頭の中に思い浮かぶのは、やはり、この島の背後にいつまでも潜んで隠れないキッドだ。
キッドからの接触以外にも、キッド本人か、その関連人物に接触できる可能性がある。
(どっちにしても待たないといけないのか)
幸善は現状の圧倒的不利さに頭を抱え、諦めるように目を瞑った。
こうしている間にも、自分のことはどのように伝わっているのだろうかと幸善は妄想する。奇隠はともかく、家族には本当のことを言っているのだろうかと考えてみるが、本当のことを言わないでいてくれた方がありがたいと幸善的には思う。いらぬ心配をかけたくない上に、下手に巻き込みたくない。その気持ちは変わらない。
学校のクラスメイト達はどうだろうか。
そういうことを考えれば考えるほどに、早くキッドに動いて欲しい気持ちが高まっていく。無理に動いても事態が解決するかは分からない。焦っても仕方ないことは頭で理解できるのだが、否応なしに掻き立ててくる気持ちもあるものだ。
不意に島の天井へと続く壁の映像を思い出し、幸善はゆっくりと意識を手放していく。あの壁を壊しても良かったかもしれない。そう本気で思い、そのことに気づく前に幸善は眠りに落ちた。
そして、迎えた翌朝のこと。幸善の期待は意外にも早く、現実のものとなって現れることになった。
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