虎の目が光を失う(12)

 舞う土煙に紛れて、厄野は気配を消した。加えて加原が注目を浴びれば、恋路とザ・タイガーの意識の中から厄野が完全に消え、厄野は認識の外側に出られる。


 そこからの厄野は自由だ。何なら加原を見捨てて逃げることもできるが、逃げることが今の目的ではない。厄野は恋路の接近し、厄野を認識していない恋路に触れようとした。


 だが、その目論見を看破するように、恋路の頭が厄野を追うように回転した。鋭い眼光で睨まれて、厄野はカエルのように動けなくなる。


「だから、見えていると言っている」


 恋路がそう口にして、その位置から急角度で足を伸ばしてきた。爪先を突き出すような蹴りだ。剣を突き出すように足は厄野の頭を狙って伸びて、厄野の頭に切り傷を作った。


 幸いだったのが、恋路の睨みに怯んだ厄野が足を止めていたことだ。それによって恋路の射程圏内に完全に踏み込む前に攻撃が来たようで、恋路の攻撃は少し体勢を崩した厄野を掠るように通過するだけだった。

 厄野は腰を抜かしたように、その場に転んでしまい、恋路を見上げるだけで動けなくなる。


「攻撃ではなく、目くらましに力を使った段階で、何かを考えていることは分かった。後は見るまでもない。一度、味わっていたからな。そいつは警戒するに値するものだった」


 不敵に笑いながら、恋路は足を振り上げた。そのまま恋路の足は直下して、厄野を強く踏みつけようとする。


 その直前、厄野の首元に仙気が伸びてきて、そこに吸いつくようにくっついた。そのまま厄野の身体は仙気に引き摺られるように移動し、寸前まで厄野が座り込んでいた場所を通過するように恋路の足が地面に落ちる。


 厄野の身体は仙気に引き摺られるまま、その仙気を伸ばした加原の近くに落ちつき、加原が即座にその身体を立てるように首根っこを引っ張った。


「立て、厄野!こいつは分が悪い!引くぞ!」

「逃がすな、TYPE-4」


 加原がその場を離れようと、厄野の身体を引っ張った直後、加原と厄野を止めるように、その場にザ・タイガーが姿を現した。身体には氷をまとっていて、その堅固な氷と一緒に拳が一気に振り下ろされる。


 それを視界に捉えた直後、加原は咄嗟に仙気を飛ばした。仙気はザ・タイガーの拳にぶつかって、そこで爆発を起こす。それで氷が砕けることはなかったが、ザ・タイガーの拳を動かすことには成功していた。

 加原と厄野の前にザ・タイガーの拳が落ちて、厄野を引っ張っていた加原は足を止める。


「良くやった」


 その瞬間、二人の背後で恋路の声がした。咄嗟に加原は厄野を放り投げて、手と手の間に仙気を伝わせる。


 直後、接近してきた恋路の足が振り上げられ、加原は伝わせた仙気で受け止めるために手を構えた。

 恋路の足が加原の仙気にぶつかり、その衝撃に引っ張られながらも、加原は何とか恋路の足を止める。その背後では放り投げられた厄野が着地して、何とか起き上がろうとしていた。


「厄野!行け!」

「行かせるかよ」


 加原は恋路の足に仙気を絡ませて、恋路から自由を奪おうとするが、その状態になっても、恋路は身体を器用に回転させて、もう片方の足を振り上げてきた。加原は自身の仙気が恋路の身体を固定してしまっているとその動きで気づき、咄嗟に仙気を消したことで恋路は地面に落下する。


 それでも、拘束時間としては短い方で、恋路はすぐに片腕で自身の身体を支えながら、加原に蹴りを噛ましてきた。一発、二発と踊るように足を振り上げ、振り下ろして、逃げる加原を襲っていく。


 加原は何とか、その足を躱すことができていたが、それも手の中に仙気を作り出し、間に足を逸らせることで対応する時間を生み出しているだけで、逃げるだけの余裕はなかった。


「先輩!」


 厄野が叫ぶ声が聞こえ、加原は振り返る余裕こそないが、厄野に向かって叫び声を上げた。


「いいから今は逃げろ!二人共ここでやられることだけは避けたいんだ!」

「TYPE-4。絶対に逃がすな」


 逃げるように叫ぶ加原の一方、厄野を絶対に逃がさないように、恋路がザ・タイガーに指示を飛ばして、ザ・タイガーは動き出した。氷を周囲の展開し、それも自身の身体の一部のように動かしながら、ザ・タイガーが厄野に攻撃を振り下ろしてくる。


 それを厄野は何とか躱しながら、ザ・タイガーから距離を取ろうとした。逃げることなら容易だが、加原を置いて逃げてもいいものなのか。その迷いが見える足取りで、厄野は加原に目を向ける。


 その厄野の様子を見ながら、加原が手にまとっていた仙気を恋路に放り投げた。恋路の身体にぶつかって、仙気は小さな爆発を起こす。

 その間に加原は恋路に背を向けて、厄野のいる場所まで移動しようとしたが、その直前、目の前で起きた爆発を切り裂くように風が吹いた。


 そこから、恋路が一気に飛び出していた。その速度は凄まじく、咄嗟に止めようとした加原の脇をするりと通り抜けて、厄野の前まで移動する。


「逃がすかよ」


 そこで怯える厄野を前にして、恋路はそう呟いた。


 瞬間、恋路の足が振り上げられ、突き出すように伸びた爪先が厄野の身体に突き刺さった。

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