虎の目が光を失う(11)

 それまでの流れから一転、先に動き出したのは厄野と加原の方だった。さっきまでは恋路かザ・タイガーが先に動き出し、厄野と加原はそれに対応するだけで攻撃に出ることはなかった。そもそも、目的が時間稼ぎである以上、それが動きとしては正しいからだ。


 しかし、目的に変化が生まれ、それを実行するためには自分達から仕掛けるしかない。そう思った厄野と加原が動き出す姿を見て、恋路は二人が何かを考えていると悟ったようだ。二人に警戒の目を向けながら、身構えている。


 合流した厄野と加原とは違って、恋路とザ・タイガーは離れた位置に立っていた。中心に厄野と加原を置いて、等間隔に離れた位置で向かい合っている。恐らく、二人を絶対に逃がさないという気持ちから生まれたのだろう。


 自分達の情報を奇隠に持ち帰られることもそうだが、それ以上に仙人である二人の身体を必要なものと考えているようだ。何としてでも生け捕りにしたいことが攻撃の少なさからも想像できる。


 もちろん、最悪の場合は始末して、次の獲物を探せばいいと思っているだろうが、チャンスは常に転がっているわけではない。ここで相応の全力は見せてくると容易に想像がつく。


 それを全力で利用させてもらう。そう思いながら、加原は片手の中に仙気を集めた。加原の手の中で仙気がハンドボール大の形を作り出す。


 それを加原は恋路に向かって投げつけた。身構えていた恋路はその仙気に反応するように身体を動かしている。

 避けるか、打ち落とすか、そのどちらでも加原からしたら問題はなかった。どちらにしても結果は変わらない。


 実際、恋路が足を振り上げた直後、加原の投げた仙気は威力を失ったように急降下し、地面にぶつかった。


 その瞬間、仙気は周囲に炸裂し、辺りに土煙が広がった。


 仙気自体で恋路にダメージを与えることは難しいが、恋路以外の物にダメージを与えることは可能だ。加原の仙気は着実に地面を破壊し、恋路の視界を完全に奪っていた。


「目隠しか?」


 恋路が呟く中、厄野と加原が土煙の中に突っ込んだ。ザ・タイガーは見えない空間で、二人を追えるほどに賢いとは思えない。それはここまでの動きから分かることだ。


 それなら、恋路の動きを封じればいい。土煙の中を直進しながら、加原は恋路を目指した。


 しかし、土煙を抜ける直前、加原の眼前で煙が大きく揺れた。風が吹いたような反応だが、風が吹いたのなら、土煙全体が晴れるはずだ。そうではないということは、そこで何かが動いたことになる。


 それが何であるのか思考するよりも先に、加原の目の前に赤い髪が現れた。


「悪いが目隠しは意味がない。見えているんだよ」


 恋路が拳を構えて、加原に向かって振り下ろした。加原は咄嗟に仙気を動かして、自身の腕に集めてみるが、恋路の拳は速く、何より重い。咄嗟の防御で間に合うはずもなく、加原の腕は襲ってきた衝撃に大きく弾かれた。


 残ったものは大きな痺れと、それ以上に致命的な大きな隙だけだ。再度、恋路が拳を構える姿が目に入り、加原は息を呑んだ。


 瞬間、加原は弾かれた腕の反動そのままに、大きく足を上げた。爪先には仙気を仕込み、そこから飛び出した仙気は刃物のような性質が与えられていた。触れれば肉程度は容易に切れる代物だ。


 それを恋路は軽く上体を逸らして躱した。


「見えている」


 体勢からして、拳は加原から遠くなった。もう一度、拳が加原に向かってくることはない。


 もしも、恋路が万全の状態だったら、最初の一撃から二撃目までのスパンが短く、加原が防御のために動く隙は生まれなかったかもしれないが、恋路は片腕を失っているが故に一度殴ってから、再び拳を構えるまでに時間が生まれてしまった。

 それが幸いだった。加原は安堵しながら、痺れる腕を庇うように恋路から離れようと思った。


 その瞬間、恋路が上体を逸らした体勢のまま、地面と平行になるように回転して、加原の頭を蹴り飛ばした。万全とは言えない体勢の上に、まだ身体のバランスも慣れていないはずだ。蹴りの威力は普段よりも弱く、恋路自身満足はしていないだろう。


 それでも、加原の身体は吹き飛び、その衝撃は周囲に広がっていた土煙を晴らすほどだった。


 加原は二、三メートル吹き飛んでから、転がった地面で顔を押さえて、声を押し殺しながら悶える。辛うじて意識は保っているが、意識ごと吹き飛んでいてもおかしくない一撃だった。

 まさか、これだけの攻撃をしてくるとは思っていなかった。加原は驚きながらも、自身の役目が無事に完遂できたと思った。


 少なくとも、今回の作戦を成功させるために必要な役割は終わった。それを示すように、加原を見下ろす恋路の背後で、厄野が恋路に少しずつ迫っていた。

 厄野を視界に入れている加原でさえ、意識的に見ないと気づかないほどに、今の厄野は存在感が消えている。この状態なら、恋路の懐まで接近することができる。

 厄野もそれを確信するほどの距離と言えるだろう。恋路にもう少しで触れられるという場所に厄野が立った時のことだ。


 恋路の頭が静かに回転し、鋭い眼光が厄野を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る