帰る彼と話したい(13)

 植物の川の中で溺れながら、ディールはそれらの植物が網のように繋がっていたことを思い出していた。植物の川にどれだけ拳を振るっても、最初から存在しなかったように、衝撃はどこかに消えてしまうが、それらが繋がっていると考えたら、他にも手段がある。


 ディールは植物の川の底まで沈みながら、近くを流れる植物の一本を掴んだ。基本的に力任せでしか解決できないディールだが、その力任せは殴ることだけを指しているわけではない。


 こういうものもある、とディールは掴んだ植物を一気に背後まで振り抜いた。植物の川の中で回転し、掴んだ植物を新体操のリボンのように振るっていく。


 その動きに合わせて、植物の川は流れを変えた。ディールの動きに引き摺られるように、その場に渦を作り始めて、ディールの周囲からゆっくりと植物達が消えていく。


 そして、ディールの足がクレーターとなった地面についた瞬間、ディールは手に持っていた植物を大きく振り上げ、その動きに合わせて、植物の川が網のように繋がったまま、上空に高く掲げられた。


 植物の川から抜け出し、さっきまで川となっていた植物を高く掲げ、最初にディールが目にしたものはクレーターから離れようとしていたクリスの後ろ姿だった。

 何が起きたかまでは分かっていないようだが、自身に大きな影が差して、何かが背後で起きたことは気づいたらしい。立ち去ろうとする歩みを止めて、ゆっくりとこちらを振り返ろうとしていた。


 その姿を確認するなり、ディールは植物を手に持ったまま、クレーターから飛び出すように跳躍し、クリスの頭上で植物の網を構えた。


「逃がすかよぉ」


 その呟きと同時にディールは植物の網を振り下ろし、その中にクリスが飲み込まれた。


 瞬間、手に持っていた植物が四散して、ディールは振り下ろした体勢のまま、こちらを困惑した表情で見やるクリスを睨みつける。


「何と何に壁があるってぇ?」


 そう言いながら、ディールは舞い散る植物の隙間を抜けて、クリスとの距離を詰めた。肉体しか武器のないディールと、植物を利用して立ち回るクリスを比べて、接近した時にどちらが有利になるかは言うまでもない。


 これまでクリスが植物を用いて、ディールとの接近を阻んでいたことからも、踏み込まれた時にクリスが不利になることは目に見えて分かることだ。

 懐まで接近し、ディールが拳を構えた時点で、クリスの敗北は喫した、と言えた。


 次の瞬間、ディールが拳を振り抜き、クリスの身体に触れた。クリスの柔い身体でディールの拳が受け止められるはずもなく、ディールの拳はクリスの腹にぶつかった直後、薄い板でも殴ったように簡単に身体を貫通した。


 どてっぱらに拳大の穴が開いて、人が無事に生きられるはずもない。勝負は完全に決した。ディールはそう思い、拳を引き抜こうとした。


 しかし、その寸前、クリスの腹を貫通したディールの腕はクリスの手によって掴まれた。


「ああぁ!?」


 ディールは思わずクリスの顔に視線を移し、そこで不敵に笑うクリスと目が合う。良く見れば、クリスの身体を貫通したはずの腕だが、そこには一切の血液が付着していない。クリスの腹の穴からも、一切の血液が垂れていない。


「何だぁ、こいつはぁ?」

「これがね。仙術を使えるということなの」


 ディールの腕を掴んだクリスの手から、毛が生えるように植物の根が伸びて、ディールの腕を突き破ってきた。ディールの腕で植物が生育を始め、ゆっくりと茎を伸ばしていく。


「吹き飛べぇ!」


 ディールがもう片方の拳を構えて、自身の腕に植物を植えつけるクリスを吹き飛ばそうとした。


 しかし、クリスを殴っても拳に手応えはなく、殴られて身体が吹き飛んだはずのクリスからは、肉片や血液の代わりに花びらが舞い落ちていく。


「意味がないから諦めなさい」


 そう言われて、素直に諦められるわけもなく、ディールは再度拳を振るい、クリスの身体を引き裂くように足も振り上げた。


 それでも、クリスの身体を確かに捉えた感触はなく、クリスは身体から花びらを散らせるだけ散らして、ディールから離れていった。

 残された物はディールが最初に振るった腕から生えた植物だけだ。それは今も生育を続け、ゆっくりと花を咲かせようとしている。


「邪魔だぁ!」


 ディールはその生えた植物を掴み、一気に引き抜こうとしたが、それを見たクリスは表情に少し動揺を浮かべ、その動きを止めようとした。


「ああ、ちょっと。やめた方がいいわよ」

「黙れぇ」


 クリスの言葉を聞くこともなく、ディールは一気に植物を引き抜く。


 その瞬間、植物の生えていた場所から一気に血液と仙気が漏れ出し、ディールは軽い眩暈に襲われた。思わず倒れそうになって、ディールはその場に膝をつく。


「あーあ、ほら、言ったのに」


 そう言いながら、クリスはほくそ笑んでいた。その笑みを見たディールは苛立ち、腕に力を込めることで、無理矢理に腕の出血を止める。


「これくらいハンデだぁ。もうそろそろ、遊びは終わらせるぅ」


 腕の出血を止め、ゆっくりと立ち上がりながら、ディールはそう呟いた。その言葉にクリスは笑いを堪え切れなかったようで、声を出して笑いながら、立ち上がったばかりのディールを見やる。


「負け惜しみを」

「抜かせぇ」


 ディールはクリスを真正面から睨みつけながら、唐突に頭を下げて、地面に手をついた。


 その次の瞬間、ディールはティッシュ箱でも開けるように、足元のコンクリートに指を突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る