帰る彼と話したい(5)
溜め込んだストレスを発散する方法は人それぞれだ。食事に睡眠、運動など、その人にとって最適と言える手段を取らなければ、余計にストレスが溜まってしまう。
買う物は何でもいい。服でもアクセサリーでも、場合によっては美容家電でも、本人が必要と思い、買ったことで満足感を得られるのであれば、それで構わない。
クリスはショッピングモールを練り歩き、適当に目についた店に入って、そこで気の済むまでに買い物をする。それを繰り返し、クリスはシェリー・アドラーから貰った金を、どんどんと浪費していた。
後でアドラーやパンク・ド・キッドに怒られるかもしれないが、そんなことを気にしていたら、ストレスは膨らむばかりだ。
苛立ちを全て発散できるのなら、何百万と使っても、それを無駄とは呼ばない。クリスはそう信じて疑っていないので、どんどんと金を浪費しても、そこを気にすることは微塵もなかった。
それを繰り返し、買った物を宿泊するホテルに送ってもらうように手配してから、ショッピングモールを悠々自適に後にした、その直後のことだ。
「やっと見つけたぁ」
笑い声と共に声が聞こえ、歩き出そうとしていたクリスの足が止まる。
何を気にしたのかと言われたら、その言葉の内容よりも、聞こえた言葉自体だ。鈴木の始末をしても、まだ日本での仕事が残されているクリスは、日本を後にしていない。
ここで聞こえる言語の全ては日本語で、それをクリスが理解することは難しい。
そのはずだが、聞こえてきた声は間違いなく英語であり、その意味を全てはっきりと、クリスは理解することができた。
そのことを不思議に思っている間にも、その声は続いていく。
「顔が分かっても、場所が分からないんだぁ。探すのは苦労したぜぇ。だが、まあ、驚いたぁ。まさか、ここから離れてないなんてなぁ」
その声を聞きながら、クリスはゆっくりと振り返り、そこに立っている男の姿を見た。
趣味が悪いと言わざるを得ない格好に、サングラスの下から覗く鋭い眼光。何より、その顔は既に確認していたので、クリスも知っているものだった。
「なるほど。貴方が
そう呟いたクリスに向かって、ディールが満足そうに笑みを浮かべた。
「説明がいらないのは楽でいい。それなら、俺が来た目的は分かるだろぉ?」
ディールの問いを聞きながら、クリスは周囲に目を向けた。
日本という国ではクリスの姿は嫌でも浮く。周りの目を気にしたら、普通に生活することもできないと、周囲から向けられる視線を気にしていなかったのだが、いざ見てみると、既にその視線を送ってくる人も、周りからは消えていた。
そこにディールが現れ、クリスとディールしか立っていない状況が作られたとなると、この周りから人が消えた理由には奇隠が関係しているのだろう。
恐らく、この区域を立入禁止にしたとか、そういう理由だ。
「顔が分かっても、と言っていたけど、どういう意味かしら?」
クリスの質問にディールは堪え切れなかったように笑い声を上げてから、クリスに侮蔑の視線を向けてきた。
「教えるわけないだろうがぁ。馬鹿かぁ?」
ディールのその言い方に、クリスは顔を強張らせた。
クリスの顔が奇隠に把握されている可能性は、鈴木を始末する前に一人の仙人を逃がしてしまったことで存在していた。
それが今になって正しかったと証明され、少し苛立ちを募らせている中で、今のディールの一言だ。
さっき発散させたはずのストレスが再び溜まり、クリスの中で爆発しようとしていた。
「あら、そう。分かったわ。もう大丈夫。ところで、いくら序列持ちのNo.4だからといって、まさか、ここで私を一人で相手する気なの?」
クリスの質問にディールは笑い、クリスの言葉を否定するように指を左右に振った。
「違う違う。それはこっちの台詞だぁ。いくら仙術が使えるからって、俺を一人で相手するつもりかぁ?」
その言い方にクリスはついに限界を迎え、眉間に深く皺を寄せた。
「力しか能のない雑魚が言うじゃない?」
「小細工するしか能のない雑魚に言われる義理はないなぁ」
ディールの挑発に我慢の限界を迎えたクリスが手を動かし、アスファルトの下から巨大な植物を生やした。その植物を眺めながら、ディールは不敵に笑う。
「さて、雑草を刈るかぁ」
そう呟いたディールの前で、植物は大きな花を咲かせた。
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