許可も取らずに食って帰る(7)

 件の高校は今年で創立から六十六年を迎えるそうだが、校舎の印象はそれだけの歴史を感じさせるものではなかった。聞くところによると、五十周年の際に建て直しが行われたらしく、今の校舎自体の歴史は十六年ほどだそうだ。

 全校生徒は六百人ほどで、各学年、学科ごとに分かれ、一クラスは四十人弱。その中でも、畜産科に通う学生が件の家畜を飼育していたそうだ。


「最初に被害に遭ったのは一週間くらい前ですね」


 農業高校に到着し、有間達は早速、畜産科の教師の案内で、現場となった豚舎に向かっていた。


「毎朝当番制で生徒達が豚の様子を見に来るのですが、その時にはもう一匹が襲われた跡でした」

「前日までは何ともなかったんですよね?」

「はい。最後に鍵をかけたのは私なのですが、その時には一匹も欠けることなくいることを確認しましたから」


 最初は一匹だけだった被害も、その二日後には二匹に増え、更にその二日後には再び二匹が襲われたそうだ。


 そして、ついには先日、写真にあった豚の死体の山を発見し、豚舎で無事の豚が二匹だけになってしまったそうだ。


「鍵を最後にかけたって言ってたけど、鍵がかかってるなら、その中には誰も入れないんじゃないの?何で襲われてるの?」


 浅河がいつもの調子で質問すると、案内していた教師が少し不快そうに眉を顰めていた。有間が軽く振り返り、浅河に言葉遣いと注意すると、浅河は失念していたように口元に手を当てている。


「あ、ごめん……」


 有間に小さくそう謝罪してから、浅河は気持ちを切り替えるように咳をして、再度、同じ質問を投げかけることにした。


「鍵をかけたのなら、中には入れませんよね?どうやって、中に入ったとか分からないんですか?」

「それなら、分かっている。というよりも、あれで分からない方が異常だ」


 さっきの浅河への苛立ちを引き摺っているのかと思わんばかりに、ぶっきらぼうな口調で教師はそう言ったが、その投げやりな口調も目的の豚舎に到着したら、納得に変わっていた。


「大きい穴……」


 美藤が豚舎の脇に近づき、そこにかけられたブルーシートを捲り上げた。

 その下には豚舎の壁があるのだが、そこには人一人が簡単に通れる穴が開いており、そこから犯人が侵入したことは自明の理だった。


「この穴を放置してるんですか?」

「もちろん、してませんよ。修理に頼んで、修理が開始した日に、また壊されたんです。警察にも相談しましたが、設置した監視カメラは誤作動を起こすし、仕舞いには新たに人手を寄越すと言われ、今日に至った限りですよ」


 美藤や浅河、皐月の三名は見るからに女子高生だ。有間はとてもじゃないが、腕っぷしの強い人物には見えない。

 暴力的で破壊的であると分かっている犯人を相手に、この四人で何とかなるとは教師も到底思えないのだろう。その口調は投げやりで、とてもやさぐれたものだったが、それも致し方ないことのように思えた。


「ちなみに残った二匹の豚は?」

「まだ中にいますよ。急に動かせるものでもないんでね」

「そうですか。でしたら、中を調べてもよろしいですか?できれば、残った二匹の豚も見てみたいのですが」

「どうぞ。お任せするように言われていますので」


 そう言って、教師は豚舎の鍵を有間に渡してきた。自分は他にも仕事があるから、ずっと構っていられないと直接的には言っていないが、そういう意味の言葉を残し、豚舎のある場所から立ち去ってしまう。


「信用ゼロだね」

「まあ、普通はそうでしょう。仙人とか妖怪とか説明されても分からないだろうし、そもそもされないだろうしね。それよりも沙雪ちゃん。この犯人って妖怪なんだよね?」


 豚舎の扉を開ける有間に質問し、浅河は豚舎にかけられたブルーシートを見た。


「あれって、並の妖怪じゃないよね?」

「まあ、豚を襲うくらいだからね。普通じゃないと思うよ」

「どういう妖怪かも分かってないの?」

「検出された妖気をデータベースと照らし合わせたけど、奇隠が把握している妖怪にはいなかったって。だから、姿も形も分かってないの」


 浅河が不安そうな表情を浮かべる中、それとは対照的に気にする様子のない、美藤と皐月が有間の開いた扉を大きく開いた。


「お邪魔します!」


 美藤が元気良く声をかけ、皐月と一緒に豚舎の中に入っていく。


「取り敢えず、その特定から進めよう」


 振り返った有間にそう言われ、浅河は納得したように頷いてから、美藤や皐月に続く形で豚舎に入っていった。

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