五月蝿く聞くより目を光らす(15)
ハエ人間の姿が視界に入った直後、相亀の中で膨らんだものは死に対する恐怖ではなく、ノワールを巻き込んではいけないという危機感だった。ハエ人間の動きは目に見えなかったが、本能的に攻撃が来ることは理解し、相亀はノワールを庇うようにハエ人間とノワールの間に身体を入れようとした。
その動きが結果的に相亀の意図せぬ形でハエ人間の身体に触れるきっかけとなった。ハエ人間に背を向けるように動いた瞬間、相亀の肩がハエ人間の身体にぶつかり、ハエ人間の体勢が僅かに崩れた。
その直後、相亀の背中にハエ人間の足がぶつかる。鈍い痛みが背中全体に広がり、相亀は苦悶の声を漏らしながら、その衝撃で公園の中を吹き飛んだ。
肩に乗せていたノワールを守るように、抱きかかえながら転がること数回。ようやく地面に寝転ぶ形で停止した相亀は、ゆっくりと顔を下ろし、腕の中のノワールを見た。
「大丈夫か……?」
呼吸が少し苦しく、声を出すことも辛かったが、何とか声を出すことに成功すると、ノワールが慌てた顔で、ワンワンと鳴き始める。何を言っているのか分からないが、迫力だけは凄まじい。
ハエ人間の攻撃は相亀に直撃したが、幸いなことに急所は避けていた。本当なら頭でも狙っていたのかもしれないが、僅かに体勢が崩れたことで狙いがずれたようだ。
ラッキーだった。噛み締めるように思いながら、相亀はゆっくりと立ち上がる。
まだ戦えないほどの痛みではない。十分に動けるなら、チャンスはまだ残っている。
そう思ったのだが、再びノワールに合図を頼もうと肩に乗せる直前、ノワールが相亀の腕から飛び出すように、相亀の胸にぶつかってきた。
「うおっ!?何だ……!?」
急に伸しかかったノワールの重さに押され、思わず尻餅をついてしまった相亀が、驚きを口にしようとした瞬間、相亀の立っていた場所にハエ人間が現れ、相亀の立っていた空を狙って拳を振るった。
拳が空を切る鋭い音が聞こえ、相亀が唖然とした直後、再びハエ人間が姿を消す。
「今の攻撃を教えようとしたのか?もしそうだとして、他に方法が……」
ノワールに確認の言葉を投げかけながら、相亀はちょっとした文句を言おうとしたが、ノワールは相亀を一切見ていなかった。
辺りをひたすらにきょろきょろと見回り、まるでハエ人間の出現に怯えているようだが、ノワールはハエ人間の動きを鼻で追えるはずだ。そのように警戒するはずがない。
そう思ったところで、相亀はノワールの鼻が一切動いていないことに気づく。
それにさっきの攻撃の際、ノワールが発した声を思い出し、相亀はまさかと表情を変えた。
「匂いで追えなくなったのか?」
相亀の質問を聞いたノワールが肯定するように、相亀の耳元で静かにワンと吠え、その声に相亀が驚いた直後、土煙と一緒にハエ人間が姿を現す。
(この煙が原因か!?)
そう思いながら、相亀は咄嗟に腕を構え、ハエ人間の攻撃を受け止めた。元から防御はできていたので、事前に来る方向が分かっていないと分かれば、それに対応すること自体はできる。
だが、事前に来る方向が分かっていないと、攻撃のための準備ができない。有効的な打撃を与える手段がなくなり、一方的に殴り倒されることになる。
ノワールの鼻による追跡ができなくなったら、攻撃のチャンスがなくなったに等しい。最初はそう考えた相亀だったが、すぐに別の可能性が頭の中に思い浮かび、辺りを見回した。
土煙が匂いを消す原因となっているのなら、ハエ人間は移動中も土煙を出し続けていることになる。
それなら、その土煙を追うことで、ハエ人間の軌道が分かるのではないか。
そう考えた相亀が周囲で膨らみ続ける土煙を視線で追い始めた。その土煙の先にハエ人間がいるはずだ。
そう思った瞬間、相亀の眼前にハエ人間が現れた。
あ、と思った時には遅く、相亀は咄嗟に腕を上げて防御しようとしたが、ハエ人間の蹴りを完璧に受け止めるには準備が不十分で、相亀の身体は吹き飛んでいた。
(無理だった――!)
吹き飛びながら、相亀は流石に無謀だったと思い知った。
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