希望の星は大海に落ちる(5)

 戦闘を行ったことは確かだが、判明している事実は意外と少ない。男を特定する固有名称も分かっていなければ、その妖術の詳細を幸善は把握していない。


 ただダーカーとの戦いを見学したことで、一つだけ覚えていることはあった。情報はいくらあっても困らないと思い、ポールと一緒に廊下に飛び出した幸善は、真っ先にその情報を口にした。


「確か、あいつは不死身だったと思います」

「ああ、なら勝てないね」


 思案する時間を生むことなく、ポールは最速で諦めの言葉を口にした。その潔さに幸善はあんぐりと開いた口を閉じられなくなる。


「い、いや、勝てないね、じゃないですよ!」

「なら聞くけど、不死身に勝てる?不死身だよ?」

「確かに不死身と言いましたけど、それは言葉の綾で、分裂するんですよ。身体が分かれれば分かれるほどに、自分自身を増やしていくんです。仮に一体を完全に消滅させても……」

「他の個体が生きているから、あの人型は死んでいない、と……確かに不死身だね」


 ポールは目の前の人型を観察し、納得したように何度も頷いていた。冷静に分析する口調だが、さっきまで肉塊だった人型は、人型という名称に相応しい姿に変わり、形成された目で幸善とポールを見てきている。とてもじゃないが、時間があると思える光景ではない。


「どうしますか?」


 ダーカーの時は肉塊を完全に消滅させるために、クッキングタイムが必要だった。従来の人型なら、絶対に作らない時間だが、目の前の人型には有効だった。


 その経験がある以上、幸善には目の前の人型を相手にできるビジョンが湧かなかった。クッキングタイムが必要な人型など、真面な仙人の多くが対応に困るはずだ。仙人よりも料理人に任せた方が早期に解決する可能性があるくらいだ。


 それをどうするのかと考え半分、ポールの出方を窺うこと半分の状態で、幸善は目の前の人型を見ていた。

 それと同じように人型に視線を向け、その緩慢な動きをゆっくりと観察していたポールが、唐突に振り返って幸善を見やった。


「これはちょうどいいね」

「ちょうどいい?」


 首を傾げる幸善の前で、ポールは何かに示すように手を叩き、幸善の前で人型を指差した。その指に誘われ、幸善が人型を見た瞬間、人型の身体が波打って、特徴的な長い腕が鞭のように振られる。


「あっ、攻撃が……!?」


 咄嗟に幸善は声を出そうとしたが、幸善の反応に対してポールは暢気なものだった。


「さっきの用事の続きだけど、ちょうどこれから見せるから、良く見ていてよ」


 そう言い終わった瞬間には、人型の振るった腕が伸び、ポールの身体を貫通し、廊下の壁に突き刺さっている。スプラッター映画顔負けの光景だが、それとは違う点が一つだけあり、驚く幸善の前でポールは倒れることもなければ、突き刺さった腹部から血を噴き出すこともなかった。


 その光景に理解が追いつかず、目を真ん丸く見開いた幸善の前で、ポールの身体がゆっくりと揺らめいて、人型の身体に吸い込まれるように消えた。


 その直後、人型は全身を硬直させ、僅かに身体を振動させたかと思うと、その場にへたり込んで、さっきまでの肉塊の姿に戻ってしまう。


「はい。こんな感じ」


 気づいた時には、幸善の脇に再びポールが立ち、さっきもそうしたように手を叩いて、へたり込んだ肉塊を指差した。


「何を……したんですか?」

「君も使っているだろう?だよ」


 そう呟いた瞬間、まっすぐに伸ばされたポールの指先から電撃が走り、へたり込んだ肉塊にまっすぐ飛んでいった。電撃は肉塊にぶつかると、香ばしい匂いが漂うほどに、肉塊を火に通した状態に変えた。


 その電撃は確かに幸善の風のように、仙技とは少し違う力に見え、仙術と言われたら納得できるものだった。


 しかし、その前に起きた現象は、幸善の知っている仙術と大きく違っていた。


「今の電気も、その前の奴も仙術だった言うんですか?」

「そうだよ。どちらも私の仙術だ。一般的には雷の仙術って言われているね」


 確かに今の電撃は雷という印象に近かったが、その前に起きた現象が未だに幸善の中で消化できていなかった。

 思い返せば、肉塊の反応は感電したようにも見える反応だったが、それにしても、幸善の知っている仙術とは現象が違っていた。


「仙術って身体を変えることもできるんですか?」


 最初の現象はそう考えるしかない。そう思った幸善の質問にポールは首を傾げ、十分に悩んでから、かぶりを振った。


「その質問は少し違うかな」

「え?ということは、さっきのは仙術ではないんですか?」

「そうじゃなくて、逆なんだよ。仙術の本質は寧ろ、の方にあるんだよ」


 仙術の本質は変化にある。ポールの意味ありげな発言に対して、大変申し訳ないのだが、幸善は全く意味が分かっていなかった。急に本質とか言われても、そもそも本質ではない部分がどこなのか理解できていない。端から端まで食べられると思って食べていたら、そこは骨だと言われた気分だ。


「その辺りの説明も詳しくするから、取り敢えず、場所を移動しようか」


 そう提案したポールは廊下を見回し始めたが、幸善は一つ気になっていることがあった。


「あの人型は放置ですか?」

「ああ、まあ、後で誰か回収してくれるでしょう」

「いや、あれはそうだとしても、他の場所にあの人型が分裂していないか、確認とかしなくてもいいんですか?」


 もしも、本部に侵入した段階で分裂していたら、今頃、他の場所はあの人型が蹂躙している可能性がある。

 そう危惧した幸善の言葉を、ポールは笑った。


「もしそうだとしても私達が動く必要はないよ。ここにはもう一人いるから、そっちが何とかしてくれるさ。相性もそちらの方がいいしね」


 もう一人。何を指してのもう一人なのかは、ポールが誰であるのか考えたら、すぐに分かった。


 分かった上で、幸善は本当に投げっ放しでいいのかと思ったが、ポールがいいと言う以上は口答えもできない。


 結局、幸善は人型の襲来という緊急事態を一瞬で消化し、理解の追いつかないまま、ポールの用事に突入することになったのだった。

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