憧れよりも恋を重視する(25)

 至近距離での葉様の一撃は回避できる速度ではなかった。狙うという繊細な動作の必要のない距離で、刀を振り抜くことに振り切った一撃だ。人の目には到底捉えられるものではなかった。


 だが、葉様の眼前にいる人物は人ではなかった。恋路泉太郎と名乗る人型で、葉様の見解ではその妖術の秘密が目にあることが分かっている。


 それは間違いではなかったようで、葉様の高速の一撃も恋路は背を逸らし、軽く身体を捻るだけで躱していた。葉様の刀は宙を切り、葉様は無防備に腹を晒す。

 恋路の狙いはそこにあったようだ。捻った状態で拳を構え、そこから身体が戻る勢いに合わせて、大きく握った拳を振り切ろうとする。


 それは無防備に晒された葉様の腹を的確に捉える――はずだった。


 しかし、葉様もそのような攻撃を予想していないわけがない。既に二度も攻撃を食らっている状態で、相手の攻撃を躱し、無防備になった身体に攻撃する。恋路のお決まりのパターンは理解していた。


 だからこそ、葉様は恋路を相手にする囮に自分自身を選んだ。


 葉様は振り上げた刀に仙気を集め、振り上げた先に固めておいた。秋奈から教わった仙気の維持の応用だ。空中に仙気の見えない壁が生まれ、振り上げた刀はそこにぶつかる。


 その直後、刀は空気中に弾かれたように落下を始めた。それは葉様の意思とは関係なく、恋路の頭上から恋路に襲いかかる。

 それを寸前で視界に捉え、恋路は振り抜こうとした拳を下げながら、背後に軽く跳んだ。葉様の刀は床に落ちて、そこで衝撃を音に変える。


「奇妙な動きをしたな」


 離れた場所に止まり、恋路が不敵に笑いながら呟いた。天井に目を向けているが、そこと床の間にある空間に見えない壁が生まれていることは分からないはずだ。


 恋路が避けたことに葉様は多少の苛立ちを募らせたが、そもそも当たるとは思っていなかった。もしもこれが当たるのなら、葉様は囮という立場に立候補していない。それで十分に倒せるはずだ。


(やはり、目だな)


 葉様は避けられたことから冷静に分析しつつ、恋路の背後に立つ佐崎と杉咲を見た。恋路も二人は意識しているようで、背後で刀を構える二人を警戒しながら、じっと葉様を見ていることが分かる。


(無駄に意識が高いな。妖怪風情が!)


 葉様が刀を構え、飛び出す動きに合わせて、佐崎と杉咲も動き出した。その全ての動きを察知したのか、恋路が葉様に向かって踏み込んでくる。その動きに葉様は強く苛立った。


 この状況で接近してくる理由は一つ。恋路の中で葉様が最も楽に対処できそうだと判断したということだ。


「ふざけるな!」


 葉様が苛立ちをそのまま放つように、恋路の頭上から刀を振り下ろした。真正面からの正直な攻撃だ。そんなものを恋路が食らうはずもない。

 恋路は葉様の刀の軌道に合わせて、簡単に体勢を変え、葉様が刀を振り下ろす様を眺めていた。


「やはり、怒りっぽいな。それは明らかな弱みだ。来世では直すと良い」


 そう言いながら、恋路が拳を構えるよりも前に、葉様の刀がさっきまで恋路の立っていた場所の手前で停止した。そこから、葉様は刀の向きを変え、その軌道を避けた恋路に向かって振り抜く。


「おい、マジか!?」


 その軌道の変化には流石に驚いたのか、恋路は目を丸くしながら、慌てて上体を逸らしていた。葉様の攻撃は当たらなかったが、その状態から攻撃をすることは距離的に難しい。


 恋路が攻撃のために体勢を整えようと思ったのか、上体を逸らしたまま両足を広げた瞬間、さっきまで恋路の背後にいた佐崎と杉咲が距離を詰めてきた。


「三人はちょっとしんどいな!」


 そう言いながら、恋路は拳を葉様ではなく地面に向け、無理矢理に自分の身体を背後に吹き飛ばす。そこで体勢を整え、目の前に三人揃った葉様達を睨みつけてきた。


「見た目や性格からして直線的な奴だと思っていたが、意外と攻撃は変則的だな」


 恋路は葉様の刀の軌道の秘密を探ろうとしているのか、空中に何度も目を向けているが、その秘密は簡単に分かるものではない。じっと睨みつける恋路に無駄だと思いながら、葉様は隣の佐崎と杉咲に目を向けた。


『今の要領で死角を作るから、二人はそこに移動してくれ』


 小声で葉様が二人に呟いた言葉が、そのまま恋路の口から聞こえ、葉様達は驚きの目を恋路に向けていた。


「なるほどな。そういうことか。大体、お前らの考えは分かったし、今の攻撃の秘密も分かった」

「分かっただと?何が分かったと言うんだ?」

「秘密は仙気だろう?仙気を放出、空中で凝固させ、そこに壁を作り、その刀を無理矢理止める。変則的な攻撃はできるが、見ようと思って見えないものでもないようだ」

「お前は何を言ってるんだ…?」


 そう言いながら、葉様はさっき冷静に自分で分析したことを思い出した。


 男の妖術の秘密は目にある。だが、それだけだと肉体的な動きの説明ができない。その部分の両方に説明のつく妖術の正体を葉様は思い浮かんでいなかった。


 しかし、それがもし考え過ぎだとしたら、葉様は既に答えを理解していることになる。


 葉様はその可能性に気づき、男にゆっくりと目を向けた。その視線に答えるように男は不敵に笑い、小さな声で呟いた。


「正解」


 目。瞳。男の妖術の全てはそこにある。肉体など関係ない。これまでの動きの全ては人型としてのポテンシャルだ。

 そう理解した葉様が刀を構える前で、恋路が拳を握った。


「さて、軽く本気で相手してやるよ。それに相応しい相手だって理解したからな」

「来るぞ!」


 葉様が咄嗟に叫んだ直後、恋路が踏み込み、杉咲の前に移動していた。

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