憧れよりも恋を重視する(23)

 突然の来襲に混沌としてしまったが、その中でも冷静さを崩すことはなかった。正確に言ってしまえば、冷静さを崩しかけていたのだが、ちょっとした疑問が冷静さを取り戻させ、現状を見通すことができたと言えるだろう。


 冷静になってみると現状から疑問が生じる。その疑問を静かに口に出した。


「何でここに集まったんだっけ?」


 相亀の静かな呟きに反応し、水月と穂村が相亀を見た。二人は相亀に誘われた形で、相亀が分からないと言うなら二人にも分からない。

 というか、どうして呼ばれたのかと相亀が疑問に思えば、二人は呼ばれた理由がなくなることになる。


 何とも無責任な、と水月は心の中で思ったのだろう。鋭い視線が相亀に刺さり、相亀は静かに視線を逸らした。


 その先にいた久世と目が合い、久世は爽やかな笑顔で手を振ってくる。何のファンサービスだと言いかけたが、それを口にする前に椋居の声が割って入った。


「弦次の友達と逢うためだよ。最近、元気がなさそうだったから」

「いや、元気がない理由は…」

「そうそう。ゲンちゃん、親友がいなくなって寂しいみたいだから」

「いや、誰だよ、親友って」


 相亀が当然の疑問を覚えていると、椋居と羽計の証言を聞いた東雲が驚いた目で、相亀を見てきた。


「相亀君、幸善君のことをそう思ってたの?」

「いや、思ってないから。変な勘違いするなよ?」

「そうか。君も置いていかれて寂しかったんだね。それなら、一緒に寂しさを癒やそうか。君には僕達がいるよ」

「いや、本当にお前らは何だよ?人の話を聞く耳がないのか?」


 幸善がいなくなったことで寂しさを覚えている仲間と判断され、東雲や久世に不必要な優しさを向けられた相亀は困惑した。それだけでなく、手まで握ろうとしてくる東雲からは逃げる必要もある。


「どういう話?私だけ分からないのだけど?」


 不思議そうに首を傾げる希理加に、羽計が小声で何かの説明を始めた。その仕草だけで嫌な予感に襲われるのだが、大抵、そういう予感は外れないものだ。


 特に相亀が嫌な予感を察知した時は大体不可避の悲劇に襲われる。これは相亀悲劇の法則として、近々学会で発表される予定だ。その時には相亀の名と、研究者の椋居の名が歴史に刻まれることになる。


 もちろん、全て冗談だ。


「友達がいなくなって寂しかったんだね。ほら、甘えていいから」


 そう言いながら、少し悲しげな表情をした希理加が相亀に抱きついてきた。抱きつかれた相亀は全身の血液が集結したのかと思うほどに顔を赤くし、止まることなく動き続ける口から、声にならない声を上げ続けている。


 ああ、このままだと相亀が死ぬな、とその場にいるほとんどの人間が察した瞬間、相亀を助けるように穂村が二人の間に割って入った。


「ですから!本人が困っているので離れてくださいって!」


 穂村の手によって相亀から引き剥がされた希理加が小さく微笑む。


「ああ、そうね。ごめんなさいね」


 その腕に抱かれ、今にも死にそうだった相亀はふらふらと離れ、久世の腕の中に倒れ込んでいた。一方的に揶揄うのなら未だしも、相亀を介抱するような状況になって、久世は迷惑そうに顔を歪めているが、相亀は半ば意識を失いかけているので、それを放り出すわけにもいかないようだ。


「ちょっと寝かせておけば治るよ」


 椋居のアドバイスを受け、久世は相亀をゆっくりと傍に寝かせることにした。取り敢えず、これで復活することを待とうと、久世や椋居の意見が一致する。


 その中でも穂村は希理加を半ば睨むように見ていた。飼い主を守ろうとする忠犬と、自由気ままな野良猫を彷彿とさせる二人の立ち姿に、水月と東雲が苦笑して顔を見合わせる。

 何となく、何が起きているのかは察したが、二人共どのように指摘したらいいのか分からなくなっている状態だ。


 そこでその場を仲裁するためではないと思うが、羽計の部屋の扉がノックされた。その音に反応し、羽計が扉を開くと、そこには羽村が立っていた。


「お嬢様。申し訳ありませんが、こちらに奥様がおいでになりませんでしたか?」

「ママ。テンさんが呼んでるよ」

「あら、どうしたの?」

「ちょっとご用件が。大丈夫でしょうか?」

「ええ、今行くわね」


 羽村と簡単にやり取りしてから、希理加はくるりと振り返って、穂村に軽く手を振ってくる。


「では、私は行くから頑張ってね」

「頑張って…?」


 穂村はその言葉の意味が分からなかったようだが、希理加は気にすることなく、羽村と一緒に部屋を去ってしまう。


「何だか、台風みたいな人だったね」

「あの羽村さんも大変そうだね」


 同情したように苦笑しながら水月が呟くと、羽計は首を傾げて呟いた。


「いや、どうだろうね。テンさんって、働かなくてもいいくらいお金はあるはずだから、好きで働いていると思うよ」

「え?そうなの?」

「うん。何か息子さんが政府の偉い人だって話してたし」

「ちなみにそういう人が働く羽計さんの家は何をしている家なの?」

「何だろうね~」


 無邪気な笑顔で答える羽計に、水月と東雲は鏡のように揃った苦笑を浮かべた。

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