憧れよりも恋を重視する(10)

「はい、到着」


 先頭を歩いていた椋居が立ち止まり、こちらを振り返りながら、そう言った。その後ろを歩いていた全員が同じように立ち止まり、椋居の声は聞こえていたはずなのに、全員が同じように聞き返す。


『到着?』

「うん。到着したよ」


 当たり前のように答える椋居を見て、相亀達は揃って視線を動かした。椋居の隣に見える表札は確かに『羽計』と書いてあるように見える。


 しかし、問題はその椋居の後ろに広がる大きな門だ。その奥に見える建物はとても家には見えない。


「これって大使館とかじゃないの?」


 久世の疑問の声を冗談と捉えたのか、椋居が軽く声を出して笑い始めた。確かに普段の久世なら冗談を言っていると思うかもしれないが、相亀達は誰もそれが冗談であるとは思わなかった上に、久世も冗談を言ったつもりはなかったはずだ。


 だって、そこに存在する大きな建物は実際に大使館に見えたのだから。それを家と言われる方が冗談と考える大きさだ。


 だが、軽く笑った椋居は当たり前のように否定してきた。


「こんなところに大使館なんてないよ」


 確かにそうなのかもしれない。椋居の言っていることは当たり前のことなのかもしれないが、今はそういう話ではないと相亀達は揃って思った。


 今、注目するべきところは大使館に見える建物の前で立ち止まり、そこで椋居が到着と言った事実と、その大使館に見える建物の前に『羽計』という表札が見て取れる点だ。


 それらは間違いなく、目の前の巨大な建物が羽計の家であることを示しているが、目の前の建物はとても家には見えない。豪邸と呼ぶにしても、限度があるというものだ。


「ちょっと待て。一度、確認のために聞くが、あの建物が羽計の家なのか?」

「当たり前のことを聞くなよ。そこに書いてあるだろうが」

「書いてあるから疑ってるんだよ」


 書いていなかったら端から信じていない。ただ鼻で笑い飛ばすだけだ。


 再び建物に視線を戻した相亀の周囲で、同じように建物を見ていた五人の目が相亀に動いた。その視線を敏感に捉えた相亀が背筋をピンと伸ばす。

 その途端、全員が一斉に相亀に近づいてきた。


「ちょっと相亀君?これはどういうこと?こんな豪邸なら、もうちょっと考えて持ってきたのに!」


 東雲が手に持っていた羽計への土産物らしき袋を見せながら、相亀に聞いてくるが、そもそも相亀も羽計の家がここまで大きいことは聞いていない。


 第一、羽計が金持ちであるという話も――と考えたところで相亀の頭の片隅に引っかかっていた記憶が引っ張られた。


「そういえば、完全に忘れていたけど、前に一度、そういう話が出たような気が…」


 どれくらいかという話こそなかったが、大まかな概要だけは聞いていた気がすると相亀が思い出し、相亀を見ていた全員の視線が鋭くなった。

 その様子を傍から眺めていた椋居が軽く笑い声を上げる。


「何だよ、その反応。ただ緋伊香の家に来ただけじゃないか」

「ちょっとお前は黙っててくれ」


 確かに状況を文字に表すと、羽計の家の前にやってきた、というだけのことなのだが、その家のサイズ感がイメージとこれほどまでに違うとなると、話が大きく変わってくる。


 これだけの大きさの家に入るには、事前に心の準備が必要だ。最初から知っていたら、来る前にそれを済ませてくるところだが、それを知らずに来た相亀達はまだ済んでいない。

 特に土産物を持ってきていた東雲と水月達はその時間が必要だろう。


「取り敢えず、どういう家か分からない以上、粗相のないように気をつけよう」


 相亀が全員の驚きと焦りを宥めながら、自分自身にも言い聞かせるようにそう言った。その言葉に全員が仕方ないと言わんばかりに頷いてから、再び羽計の家を見る。


「えーと…もういいの?」


 一人だけ様子の違う椋居が恐る恐るという雰囲気で、相亀達にそう聞いてきた。相亀達が揃って頷くと、椋居がインターフォンに近づいていく。


「もしも厳しい家だったらどうする?」


 冗談っぽく呟いた久世の言葉を聞き、相亀達の視線がゆっくりと久世に向く。


「それは冗談になっていない」


 相亀の想像以上に冷たい声に全員が頷き、久世は小さく消え入るような声で、「ごめんなさい」と呟いた。

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