憧れよりも恋を重視する(7)

 人生の中で何度か抱えることになる憂鬱だが、その中でも特上のものに襲われ、相亀は苦しんでいた。


 これに匹敵する憂鬱はこれまでに二度しか味わったことがない。一度目は母親が亡くなった時で、二度目は幸善が仙人になることを決めた時だ。

 それ以来の憂鬱に相亀の足は重く、即座に反転して進路を変えようかと何度も考えるほどだった。


 その理由は今日が土曜日であると説明しただけで分かってくれることだろう。


 この状況に陥ったのも、全て幸善と出逢ったことが原因だと考え、相亀は今すぐに幸善が帰ってきて、この状況をまとめ上げることを願うが、仮に幸善が帰ってきたとしても、あの幸善なら笑って眺めるくらいで、相亀の望んでいることをしてくれるとは思えない。

 そのことに勝手に苛立ちを覚えながら、相亀はこれから向かう場所を思い出していた。


 まずは待ち合わせ場所だ。全員が共通して分かる場所ということで、駅前を待ち合わせ場所に定めたのだが、そこはまだいい。


 問題はそこで揃った後に向かう場所で、その場所がどこにあるのか知っているのは、待ち合わせ場所に顔を出す人の中では椋居だけなのだが、その場所がどこにあるかどうかは関係なく、相亀はそこに行きたくないと考えていた。


 それもそうだろう。仮に妖怪の巣があったとして、そこにどれだけ妖怪がいるか分からないという話を聞いた上で、一人で飛び込めと言われているような状況なのだ。嫌に決まっている。


 そう思うのだが、相亀が嫌だと言えば言うほどに場所は確定的になる矛盾も孕んでいる。それはこのメンバーが揃ってしまった段階――もっと正確に言うと、椋居が絡んでいる段階で仕方ないことだ。

 そこに久世という飛び道具も含まれれば、その傾向は更に高くなる。相亀に口を出す権利は与えられていないのも同然だ。


 嫌だ。本当に行きたくない。これなら、ディールとの特訓を地獄の二十四時間繰り広げている方がまだマシだ。

 そう思い、相亀は一瞬、本当にQ支部に向かおうかとも考えた。


 ディールとの特訓は事前に日時を決めることがほとんどない。基本的に相亀から声をかけ、ディールがそれに乗ったら、特訓が開始するという形が非常に多い。


 それは仙人の仕事という不確定要素があるからだと相亀は考えているが、実際のところは事前に決めることを面倒だとディールが考えているからの可能性もある。


 そこのところを深く追及できるほどに相亀は心臓が強くないので、その部分は謎として放置するしかないのだが、今からでもディールが特訓を受けてくれる状態なら、ディールとの特訓に予定を変更できるはずだ。


 その考えで頭を一杯にした直後、その考えを読み切っていたようにスマホが鳴り、相亀は全身を大きく震わせた。スマホを見てみると、そこには椋居の名前が表示されている。


「もしもし…?」

「弦次か?もうお前以外揃っているんだが、どうしたんだ?遅れるなんて珍しいな」


 そう言われ、時間を確認してみると、確かに約束の時間から少しだけ遅れていた。それは本当に誤差の範囲なのだが、普段の相亀は椋居との約束で遅れたことがないので、そのことを不思議に思っているようだ。

 相亀はその返答を少し迷ったが、結局、「すぐに行く」と答えて通話を切った。


 それから、相亀はしばらく項垂れる。行くと言ったからには行くべきだ。それは分かっていることだ。

 大きく息を吐き、大きく息を吸ってから、相亀は再び歩き出し、すぐそこのところに迫っていた駅前に到着した。


 そこには椋居が言っていたように、待ち合わせをした全員が揃っている。東雲に我妻、久世、水月と穂村に椋居の六人だ。唯一、逢う約束をした人物の中で、羽計だけがそこにいないのだが、それは事前に分かっていたことなので、特に疑問に思うこともない。


 到着した相亀に気づいた椋居が笑顔を浮かべ、相亀に向かって手を振ってきた。


「よし、ちゃんと来たな」

「当たり前だろうが」

「そうか?結構、俺は五分五分だと思ってたぞ?」


 椋居の指摘に相亀はゆっくりと顔を逸らした。実際、もう少しで約束を破棄して、Q支部に向かうところだったのだから何も言えない。


「相亀君、今日は誘ってくれてありがとうね」


 相亀に気づいた水月が声をかけてきた。相亀が何とも言えない顔で、何とも煮え切れない返答をしていると、その後ろにいる穂村が相亀の顔をじっと見てきていることに気づく。


「どうした?」


 その視線を不思議に思い、相亀がそう聞いてみると、穂村は途端にかぶりを振り、「何でもないよ」と言ってきた。良く分からないが、何でもないと言うからには何でもないのだろうと相亀は納得する。

 その様子を見ていた椋居が小さく笑い、東雲達に声をかけていた。


「じゃあ、全員揃ったから、そろそろ出発しようか。案内は俺がするよ」

「なあ、本当に行くんだよな?」


 相亀が最後の確認をするように聞くと、当たり前と言わんばかりに椋居が頷く。


「もう待ってるからね。行かないなんてないよ」


 その最後の希望を絶つ一言にガックリと項垂れた相亀を無視して、椋居は他の五人と一緒に歩き出す。


 目的地はこの場に唯一いない羽計の待つ場所。

 羽計の自宅だった。

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