憧れよりも恋を重視する(5)
幸善がアメリカに渡ったことは相亀にとって朗報だった―――ほんの数時間前までは――
早朝、相亀不在のまま、相亀同行の約束が決まってしまい、それを断る材料を持ち得なかった相亀は断ることもできないまま、放課後を迎えていた。
どうしてこうなった、と頭を抱えてみるが、全てが定まった今となってはどうしようもないことだ。相亀は覚悟を決めて、死地に飛び込むことしかできない。
しかし、相亀は何度想像しても、椋居や羽計だけでなく、久世までいるという現場に飛び込む様子が思い浮かばない。
原因は分かっている。多大なるストレスに脳が強制的にイメージを構築しないようにしているからだ。想像したら死ぬぞ、と脳が気づいている。
なら、そんな状況になりたくないと思うのだが、断る理由の思い浮かばない相亀に断ることはできない。
それは真面目だからとかではなく、真面な理由の一つを用意しないと、椋居達が納得しないからだ。行きたくないと寝ていても、家まで押しかけた椋居達に、布団ごと連れ去られる様子しか思い浮かばない。
最後の助けとして、呼ぶように言われた水月が断ってくれることを望んでいたが、水月は簡単に了承した上に、その水月の連絡を受けた穂村も乗り気だったようだ。
もうこうなったら死ぬしかないと思うのだが、その覚悟が定まらないまま、相亀はラウド・ディールとの約束があることから、Q支部の廊下を歩いていた。
まさか、ディールとの特訓以上に生死に関わると感じることがあるとは相亀も思っていなかった。
いっそのこと、今日の特訓でディールの拳に潰された方が楽なのではないかと本気で考えそうになるほどには追いつめられている。
そうして、酷く考え込んでいた相亀はしばらく気づかなかったが、向こうは相亀の存在に気づいていたようで、何度も声をかけていたようだ。その前まで歩いたところで、相亀はそこに人が立っていることや、その人が相亀を見ていることに気づいた。
「大丈夫?暗い顔をしているけど?」
「ああ、お前らは…」
そう言ってから少し考え、相亀は
「こんなところで何してるんだ?」
「仕事を受けたところだよ。これから二人で向かうところさ」
「二人?
「傘井隊に来た仕事は二件だったからね。
その話を聞き、相亀は葉様が水月と一緒に特訓していることを思い出した。あれは実戦を想定した一種のリハビリも兼ねているはずだ。
そちら側に注力して、その他の仕事は他の三人がこなしているということか。相亀も似たような状況というか、傘井隊と比べたら、更に動きのない状況なので、そこに対して言えることはない。
そう思っていたら、佐崎が顔を近づけてきた。
「そういえば聞いたよ」
「何だ?お前もか?」
また幸善が本部に向かった話で揶揄われるのかと相亀は顔を引き攣らせたが、佐崎はきょとんとしているばかりだった。
それにそれは杞憂だったようだ。
「他にも言われたの?人型の件」
「人型?」
「そう。涼介と一緒に戦ったんでしょう?」
「ああ…」
相亀は幸善や葉様と一緒に共闘したことを思い出し、佐崎が話題として出したことに納得した。確かに同じ隊に所属する仙人が人型と戦ったと聞けば、それは気になるところだろう。
「まあ、あれは成り行きだな。たまたまだよ、たまたま」
「だけど、凄いよね。三人で人型を倒すなんて」
「いや、最後はディールさんも来てたし、それにあれはちょっと違うと思う。その後のことも聞いたけど、やっぱり、あの二体は人型として何か特殊だったって言ってたしな。一体で二つの妖術を使う人型は聞いたことがなかったし、その姿とか、最期の状況とか、あれは良く分かってないことが多過ぎる。多分、頼堂も葉様も手柄だとか思ってないよ」
自滅。あの時のあの戦いに対する相亀の感想がそれだった。相手が勝手に自滅しただけで、自分達は結局、時間稼ぎしかできなかった。それもディールが来なければ、最悪の場合、死んでいたかもしれない不十分な時間稼ぎだ。
それを誇りに思えるほど、相亀は能天気ではない。
「だけど、涼介も戦えるくらいには回復しているんだなってことが実感できて良かったよ。最近は本当に逢えていないからさ。正直、仕事を手伝って欲しい気持ちもあるんだけどね」
「仕事か…」
そう言ってから、相亀はさっきまで考えていた土曜日の約束のことを思い出した。そこに水月が参加するということは、水月は
「ああ…もしかしたら、土曜日は葉様も空いているかもしれないな。水月がその日はいないはずだから、秋奈さんが休みと言い出す可能性は高い」
「土曜日?そうなんだ」
「ああ、だから、その日なら逢えるかもな」
「なら、その日にたんまりと仕事を用意しておかないとね」
笑顔で言う佐崎を見て、相亀は表情を引き攣らせた。秋奈との特訓が休みなら、その日は仕事をたんまりとこなせるだろうということらしい。
それを笑顔で言っていると考えたら、もしかしたら、葉様よりも佐崎の方が危険なのかもしれないと相亀は思ってしまっていた。
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