星は遠くで輝いている(35)

 昨晩の騒動の全てが嘘のように、翌日の施設内は穏やかなものだった。

 もちろん、ダーカーが人型と戦った廊下や幸善に与えられていた部屋など、戦闘の痕跡が残っている場所は多くあるが、それらも長年あったもののように、施設の人々は気にすることなく、その場所を歩いていた。


 それらの反応に幸善は驚いていたが、ダーカーは何てことはないと、飄々とした様子で言っていた。


「あくまでここは入口だからね。この程度の傷は起きても問題ないという判定だよ」

「だけど、中に侵入されたことに間違いはないですよね」

「本部に行ってないから、まだ問題じゃないよ。本部にも入られちゃうと…そうだね。怒られるかな?」

「いや、その程度じゃないでしょう」


 ただ単純に宇宙に置きたいから、という理由で本部を宇宙に置くことはないだろう。それだけ人型を警戒しての行動だと考えるのが妥当だ。

 その本部に人型を入り込ませたとなれば、時代によっては打ち首になってもおかしくないことのはずだ。


 それを怒られるだけで片づけるとは、ダーカーはどれだけ図太い人物なのだろうかと幸善は思ったが、そう思ったのにも明白な理由があったらしい。


「まあ、一体くらい人型が本部に行っても、何かできることはないから大丈夫だよ。その一体が愚者ザ・フールなら別だけどね」

「何かしらの警備システムがあるんですか?」

「そう言ってもいいかもしれないね。最強の警備システムがあるんだよ、本部には」

「それって、急に行った俺が引っかかったりしませんか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと相手は判別するシステムだから。君が敵意を見せない限りは攻撃されないよ」

「え?何?システムって機械ですよね?」


 ダーカーの言い方が気になって、幸善が当たり前のことを確認するように聞いてみると、当たり前のことは当たり前ではなかったようで、ダーカーはかぶりを振った。


「ううん。違うよ」

「え?じゃあ、何か生物がいるんですか?」

「生物って言い方もできるね。聞いたことない?本部の最強警備システムの名前」

「いや、ちょっと思い当たる節がないです」

って言うんだけどね」


 当たり前のように告げたダーカーの言葉を聞き、幸善はしばらく目をぱちくりさせていた。何を言っているのか分かるのだが、何を言っているか分からない。そのような矛盾の孕んだ気持ちになって、幸善はダーカーの顔を見つめてしまう。

 その様子にダーカーが心底楽しそうに、腹を抱えて笑い出した。


「システムっていうか、奇隠のトップですよね?何システム扱いしているんですか?」

「いや、君がシステムって言うから、ちょっと乗っかっただけだよ。要するに三頭仙がいる限りは問題ないってことだよ。三頭仙と一対一で戦える人型なんて、片手で余るほどしかいないからね」


 幸善は右手で指折り数えて驚いた。


 三頭仙と言えば、仙術を使える仙人の代表格で、幸善やキッドを除けば、それだけしかいない唯一の存在だったはずだ。そこに幸善は仙術の使用の点で並んでいるが、これまでに戦ってきた人型は全て苦戦しているか、負けているか、共闘しているか、少なくとも、一対一で完封できる相手はいなかった。


「それだけの力があるなら、どうして三頭仙は本部に?最前線に行けばいいのに」

「さあね。その辺りの詳細は本部に行ってから聞いてよ。もしくは本部に行けば聞けるのかもしれないね」

「どういうことですか?」

「世の中にはね。話せることと話せないことがあって、その中にも相手によっては話せることと、場所によっては話せることもあるんだよ」

「つまり、俺には話せないってことですか?」

「いいや、後者の方さ」


 幸善は周囲を見回し、そこを歩く様々な人達を見ていた。


 この施設は本部の入口であるが、その存在は他にない唯一のものではない。ここの代わりは世界に二つあって、ここが破壊されても、そちらが役割を負うだけのはずだ。


 その空間では話せないこととなると、それはそれだけ奇隠の中心に近い話ということだ。


 それを聞いたことで幸善は当たり前のことだが、今更ながらに本部に行くという事実を実感し、少し緊張してきていた。


「さて、ついた」


 ダーカーがそう言い、幸善は訓練室の前に到着する。そこには既に御柱が待っていて、これから昨日と同じ本部に行くための訓練をする予定だ。


「君はいろいろと考えることが多いと思うけどさ。取り敢えず、今からは集中してもらうよ。向こうに送った君が真面に動けないと、俺が怒られちゃうから」


 再び茶目っ気たっぷりにそう言ったダーカーだったが、幸善はその言葉の裏に隠れている厳しさを既に知っているので、苦笑を返すことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る