星は遠くで輝いている(36)

 昨日と同じく、人間の限界に挑戦するような訓練を行うものだと幸善は覚悟していたが、幸善の限界に遠く及ばないタイミングで、不意にダーカーが訓練室を後にすることになった。

 何やら、ダーカー宛に何かしらの連絡があったようで、その確認のために訓練室を後にしたようだ。


 その間、幸善と御柱は休憩を言い渡され、訓練室の隣にある休憩のための小部屋に詰め込まれたのだが、そこで幸善は久しく忘れていた息苦しさを思い出すことになった。


 御柱よりもダーカーの方が奇隠での立場は上である。幸善と比べて生まれ育った地が違うという点も、本来なら大きな壁となるかもしれないものだ。


 しかし、御柱よりもダーカーの方が二人っきりでいてもリラックスすることができたと幸善は感じていた。御柱との二人っきりの空間はやはり、どこか息苦しいものに感じやすい。


 その思いから逃れるように、小部屋に置かれていた水を飲みながら、部屋の片隅に座っていると、同じように水を飲んでいた御柱が幸善を見てきた。


「昨晩、No.10と二人だったのか?」


 御柱は幸善がダーカーの部屋に泊まることになった経緯を知っている。その質問に驚きながらも、幸善は頷きで答えた。


「何か話したか?」

「まあ、少し…」


 ダーカーと話したことを思い出してみるが、その中身はダーカーのプライベートに迫る内容であり、それを御柱に話してもいいものかと幸善は躊躇うものだった。


 その考えを表情から察したのか、御柱は内容について詳細を問う質問はしてこなかったが、代わりに少し限定的な質問をしてきた。


「本部に行った後のことは何か聞いたか?」

「いえ、特には」


 そう答えてから、幸善はダーカーに提示された可能性のことを思い出した。未だに幸善の中で折り合いのついていない、蟠りとして残っている可能性だ。


 それを思い出し、幸善は何となく、御柱の顔を見ていた。相手が誰であれ、少し話して意見を聞きたい気持ちに幸善はなっていた。


「ただ一つだけ…」


 そう切り出し、幸善は提示された可能性の話を御柱にした。

 それを黙って最後まで聞いた御柱は軽く頷き始める。


「確かに、ないとは言い切れない話だ。病気が遺伝するように、何かしらの要素が子に遺伝して、お前に発現している可能性は十分にあり得る」

「それって俺の親が妖怪とか、そういう話ですか?」

「いや、この場合はそこまで近しい話とは限らない」

「と言うと?」

「例えば、何世代も前の先祖が妖怪の被害を受け、体内に妖気が混入した状態で子を孕んだとする。その妖気が血と一緒に受け継がれ、最終的に子孫であるお前の中で形作った。その可能性も否定できない」


 親よりも遥か前に存在していた人々の可能性。その新たに提示された可能性を聞き、幸善は納得していた。

 幸善は盲目的に家族のことを考えていたが、そこだけに集約された可能性ではないのかと当たり前のことを理解する。


「もちろん、お前の親に何かがあった可能性もあるかもしれないが、お前はこれまでの生活の中で、親に何か悪い影を見たことがあるのか?」

「いえ、何も」

「なら、それを信じるべきだ。下手な疑いは心を擦り減らすだけで意味がない。親が親である事実は変わらない」


 意外にも優しい言葉を言ってくる御柱の姿に、幸善は少し間抜けに口を開けて驚いていた。その可能性も十分にあり得るから、帰ったら奇隠で調査すると言い出し、Q支部に監禁される両親の姿まで想像したのに、その可能性はなさそうだ。


 ただし、御柱も全てを楽なものとは考えなかったようで、一つだけ気になることを言ってきた。


「ただ唯一、可能性として高いところがある」

「何ですか?」

「お前の妹だ。世代として考えると同世代であるお前とお前の妹に大きな違いがあるとは考えづらい。お前に起きて、お前の妹に起きない可能性よりも、両方に起きる可能性の方が高い」

「それって…」

「お前の妹は妖怪の声が聞こえたりしないか?」


 御柱の質問に幸善はこれまでのことを思い出した。ノワールが家にやってきてから、既にそれなりの時間が経っているのだが、一度もノワールが喋ると言って、千明が慌て出したことはないはずだ。


 幸善がゆっくりとかぶりを振ると、御柱は小さく溜め息をついて、「そうか」と声を出した。


「それならいいんだが、耳持ちというのが人型の標的になっている以上、少し気になってな」


 確かにそう言われたら、幸善は千明のことが少し気になり始めていた。

 流石に考え過ぎだろうとは思うが、もしも千明が幸善と同じように耳持ちであるのなら、その存在は人型の目的になりかねない。


「は~い。お待たせ」


 そこで唐突にダーカーが部屋の中に入ってきた。その登場に幸善と御柱は目を丸くして、ダーカーの顔を見る。


「本部から連絡があったよ。向こうの準備が整ったみたいだから、こちらも準備を進めようか」

「え?訓練は?」

「昨日の時点で二人共合格だよ。さっきまでのは暇潰し」


 そう言ってから小さく笑い出すダーカーの姿に、幸善と御柱は顔を見合わせてから溜め息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る